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8話

「…………」

「…………」


頭を下げたままのシルヴァンス。その姿を前に何も言えず佇むだけの私。

何かを言いかけ、そのまま黙ってしまったのは何故なのか。

何故彼は足元が濡れているのか。


…何故今日はまだ手紙が届かないのか。


「……ファリーナ」


ようやくといった感じで私の名を呼んだシルヴァンスは、頭を上げないまま、そっと右手を差し出した。

その右手に乗っていたのは、腕輪。


(…あら?なんだか見覚えがあるような…)


キラリと光る腕輪。

一体どこで見ただろうか。

首を傾げた瞬間、思い出した。


「…先日、いただいた腕輪にそっくりですわね」


そう、ヒルスが目印とするために渡された腕輪にそっくりだ。

しかし、何故それをここで出したのだろうか。


「そっくりじゃありません……」

「えっ?」


そっくりじゃない?

しかし、どう見てもそっくりにしか見えない。


「これは……あなたに渡した腕輪です」

「………えっ?」


どういうことだろうか?

私に渡されたはずの腕輪が、何故今シルヴァンスの手の中に?


「す、少し待っててくださる?!」


返答も待たずに私は部屋へと戻る。

部屋に戻り、腕輪を置いたはずのテーブルを見る。


「…………無い」


テーブルの上を見ても、落ちたのかと下を見ても、机の引き出しを見ても見当たらない。

衣装ケースにも無い。

いつから無かった?

いや、昨日までは間違いなくあった。あったからこそ、ヒルスが来れたのだから。


(まさか泥棒が!?)


いや、そんなはずはない。

伯爵家である我が家にも警備員はいるし、泥棒が入ったという報告は聞いていない。

まして、さっき見た衣装ケースに入っていたアクセサリーは、どれも盗まれていなかった。


泥棒では……ない。


(仮にこの部屋から無くなったとして……シルヴァンスはどうやってその腕輪を見つけたの?)


簡単なことだ。

ヒルスは腕輪の魔力を目印にして飛ぶ。

じゃあどこで?

そこで思い出す。

シルヴァンスが濡れていたことを。


「っ!」


部屋を飛びだし、再びシルヴァンスのもとへと向かう。

今日は雨が降っていない。

なのにどうして靴やズボンが濡れているのか。


「シルヴァンスッ!はぁっ、はぁっ…!」


急いで往復したせいで息が上がる。

頭を下げていたシルヴァンスも今は顔を上げていたけれど、その表情は無く、けれど今にも泣きだしそうにも見えた。


「そのっ…、腕輪、はぁっ!…どこ、で…!」

「落ち着いてください。さぁ、まずは息を整えて…」

「いいからどこで!」


声が抑えられない。

一刻も早く、事実を確認しないといけない。


「……王都のわきを流れる、セルス川の中です」

「っ!」


川の中!

どうして私の机の上にあったはずのものが、そんなところにあったのか。

泥棒が入ったわけでもない。

仮に入って盗んだとしても、わざわざ捨てるとも思えない。


つまり、それは……


私は先ほどから様子のおかしい二人を見やる。

私の視線に気づいたのか、侍女はますます顔色を悪くし、手はきつく握りしめている。

執事は彫像のように固まったままだ。


(そういうことなのね……)


「あなたたちの仕業ね」

「っ!!」


私の言葉に二人は身体を一瞬震わせた。

その反応が答えだった。

何故そんなことをしたのか。


あの腕輪が無ければ、ヒルスは私の下へと着かない。

それは手紙が届けられないこと、約束が破られることにつながる。

…私とシルヴァンスの婚約は無かったことになる。


けれど。


「お嬢様!」


侍女の悲痛な叫びが聞こえるが、無視する。


「ごめんなさい」


私はシルヴァンスに頭を下げた。

これは私の身内の不始末。

何故そんなことをしたのか、後で聞き出す必要はあるが、それがどんな理由であれ許されるものではない。

彼女らはキルシデント家に仕えるもの。

仕えるものが、主人の私物を勝手にどうこうしていい理由はない。

まして、それが贈り物であればなおさら。


「………いえ」


シルヴァンスも、それだけ発する。




「ふざけないで下さい!!」




その場の全員の視線が、侍女へと集中する。


「レイ、ア…?」


振り返れば、侍女…レイアは息を荒らげ、シルヴァンスを睨みつけていた。


「お嬢様が……お嬢様があなたがいなくなってからどれほど苦しんだか、あなたは知っているのですか!?何年も待ち続け、婚約という形でお嬢様を縛り続けたあなたが今更そのような…!」

「やめなさい!」

「いいえやめません!考えたことがありますか!?お嬢様があれほど嬉しそうにしていた幼い時から、あなたの反応が無いばかりにその表情に徐々に陰りが見えていくのが!」

「ッ!」


パァン!


甲高い音が場を支配する。

気づけば、レイアの頬を私の手が強く打ち付けていた。

続けて、支配を受け継いだのは静寂だった。


レイアは目を大きく見開いて放心した様子で、私は打ち付けた手を下ろすこともできず。

その見開いた目から、一筋の涙が流れた。


「お嬢様」


執事が、一歩前に出る。


「此度のことは、すべて私が発案したものでございます。責任は全て私に」


言い切ると同時に深々と下げられた頭。

レイアの言葉から、事が私を想ってのことだということは分かった。

けれど、だからこそ…


「…二人を下げなさい。処罰は追って伝えるわ」


二人が周りの使用人に連れられ、場に残ったのは私とシルヴァンスのみ。


……これは、どうしたらいいのかしら。


背を向けたままのシルヴァンスに、どうすればいいのか悩んでしまう。


「ファリーナ」


背中越しにシルヴァンスから声がかかる。

どう返事したらいいものかわからず、口ごもってしまう。


「君は……」

「………」

「約束、したことを…後悔しているか?」


後悔?

確かに後悔した。

出来るわけがないと思っていた。


…けれど彼はその約束を守り続けている。

愚直なまでに。

今日だってそうだ。

目印となる腕輪が捨てられたのに、それでもこうして直接訪ねてでも守ろうとしている。


普通なら、捨てられていたという事実だけで、心が折れてしまうはずだ。

しかし、彼は…シルヴァンスは普通じゃない。

天性の才も無く、努力だけでここまでのし上がってきた存在。

その心の強さ、そして………重さが、のしかかってくる。


「ねぇ……」

「……なんだい?」


質問の答えを返さない私の言葉にも、優しく返事をしてくれる。

その優しさが…辛い。


「何で……ここまでするの?」


分からない。彼の心が。

ただ好きだというだけでここまでできるだろうか?


「あなたのことを、愛しているから」

「…………ありえない」

「確かに、ね。何度もそう言われたよ。お前は普通じゃないって」


誰に言われたのだろうか?

いや、今はそういう問題じゃない。


「自分でもわからないよ、理由なんて。何度も考え直せって言われた。でも、私の答えは変わらない」

「自分でもわからないって……」

「わからないし、わかる必要も無いと思ってる」


わからないままに、それでもその感情に突き動かされる彼。

……なら、もう問答は不要だ。


そもそも言い出したのは私。

私から約束を反故にすることなんてできない。


私は振り返り、左手を差し出した。

その手に、シルヴァンスはゆっくりと腕輪を乗せた。

しかし、それに私は首を振る。


「乗せただけでは、また捨てられてしまうわ」


自嘲めいた笑みが浮かんでしまう。

私の意図を察してくれたシルヴァンスが苦笑を浮かべ、もう一度腕輪を手に取り、ゆっくりと私の左手に腕輪を通していく。

そして、腕輪を通した左手に、手紙が乗せられた。


「はい、今日の分」

「ええ、確かに受け取ったわ」



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