6話
「…彼、本気みたいよ。それに、王城でも噂になってるんだって」
あの夜会から一週間後。
私はベアのもとを訪れていた。
あの後のことを報告するためだ。
そして、報告し終えた後の彼女の返事はそれだった。
「…王城で噂になってるの?」
「そりゃあなるよ。魔術騎士団副団長が毎日同じ時間に使い魔に何かを持たせて飛ばしてるのよ?行先はどこだとか、相手は誰だとか。彼の使い魔って大きいらしいからこっそり飛ばせなくて、どうしても人目につくらしいから」
らしい、が多いのはベアの婚約者からの伝聞だから。
ベアの婚約者は彼女と同じ侯爵家の跡取り息子で、今は文官として王都にいる。
「もっとも、その相手が貴女だっていうのももう噂になってるよ。なにせ夜会で彼、やらかしてくれたもんね」
「そう…だったわね」
そうだ。
すぐに別室に移動したものの、シルヴァンスは私の前で膝を突いたのだ。
それだけでも大騒ぎなのにその後の彼の行動。
結びつけない方がおかしい。
「…で、貴女はどうする気なの?」
「どうするって…?」
「本当に彼と婚約をやり直す気なのってこと。というか、今のままだと誰もファリーナの相手をしてくれないよ?」
「………」
「元々彼とは婚約者だったわけだし、解消したのに…いえ、解消したからこそ貴女と彼が未だに何かやりとりがある状態じゃ、誰も貴女に声をかけてこないよ。相手が悪すぎるの。それこそ王族か公爵家でもなければ、ね」
ベアの言葉に、私は今更ながらに状況が私の想像を遥かに超えたものになっていることを理解した。
もう新しい結婚相手探しどころではない。
彼に突きつけた条件が私を縛っている。
そこまで噂になっている以上、勝手に条件を反古にすればそれは私のみならずキルシデント家の評判にすら関わる。
いや、父上や兄様は何も言わないがもう既になっているのかもしれない。
二人は私がシルヴァンスとの婚約について口にしなくなったあたりからあえて彼の話題を出さないようにしていた。
だからこそ、彼が魔術騎士団副団長になったことすら知らなかったわけだけど。
…そのやさしさが、今は辛い。
「…ファリーナ、大丈夫?…大分、顔色悪いよ」
「大…丈夫」
全然大丈夫じゃない。
でも、それを親友の前で出すわけにはいかない。
私は、ふと思いついた疑問を口にした。
「…このことって、王族の方々はもうご存知なのかしら?」
「……多分、把握してるんじゃないかな。魔術騎士団って王族の護衛を任務にしてるから、本人のみならず家族親類まで潔白が証明されていないと選ばれないって聞くし。護衛に関する情報は機密事項だから」
「家族親類……」
それは、かつて婚約者だった私も含まれていたのだろうか?
「それだけに、魔術騎士団は王族からの信も厚いって聞くし」
王族からも信頼される魔術騎士団。その副団長との婚約を解消した私を、王族の方々はどう見ただろうか?
そこから先は覚えていなかった。
気づけばいつの間にか自分の部屋に居て、ただ窓から外を眺めていただけだったらしい。
その夜の夕食も、普段の半分ものどを通らず、家族に心配されながら部屋に戻り、そしてこれまた気づけば朝を迎えていた。
どうすればいいのだろうか?
……確認しなくちゃならない。
私の、そしてキルシデント家の評判を。
それ次第では私の身の振り方を決めなくてはならない。
じゃあ誰に聞く?
父上や兄様?
ダメ。あの二人では、仮に悪い評判が立っていれば絶対に言わない。
それに、他貴族ならともかく、王族にどう見られているかなどそう簡単に聞けるものではない。
…適任は、一人しかいない。
だが、彼に頼んでいい内容ではない。
彼の立場を利用し、そんなことを頼むなど恥知らずもいいところだ。
それでも、頼むしかない。
問題があったならば、短時間で収めれば被害は少なくなる。
…私一人という被害で。
行動は迅速に。
私はヒルスが来る前に、便箋に確認したい内容を記した。
私がシルヴァンスに条件を出したことを王族は把握しているのか。
把握している場合、そのことに王族はどう思っているのか。
他貴族からの評判は二の次だ。
何よりも王族から。
内容をまとめた手紙を、シルヴァンスの手紙を携えたヒルスに入れ替えるようにしてポーチに入れた。
使い魔は普通の動物よりも賢いから、きっと私が手紙を入れたことをシルヴァンスに伝えてくれるはず。
それを信じて私はヒルスを見送った。
受け取った手紙を開くことも無く、テーブルに置いたまま私は時間が過ぎるのを待った。
もう、手紙どうこうではなくなるかもしれない。
不安と後悔が混ぜ込んだ感情に泣きだしたくなるのをこらえるしかなかった。
ふと、羽根の羽ばたき音が聞こえた。
まだ昼にもならない時間。バルコニーには今日二度目のヒルスの姿があった。
「なんで……」
疑問に思いながらもバルコニーに出る。
その首にはポーチが下げられており、開けろというように首をしならせていた。
ポーチを開ければそこには一通の手紙。
差出人は間違いなくシルヴァンスだった。
今日の一通はもう既にある。
ならこの一通は?
もしやという思いに私はいてもたってもいられず、すぐに手紙を開封し、中身を読み始めた。
「………………………………………………」
手紙を読み終えた私は、今まで感じていた不安が一気に解消し、気が抜けてもたれかかるように椅子に倒れ込んだ。
「……信じて……いい…のよね…?」
誰ともなく呟いてしまう。
返事の手紙に書かれていたのは私の予想とは真逆の内容だった。
簡単に言えば、王族はこのことを把握している。
そのうえで、私を評価……というか面白がっているとか。
機密の塊である魔術騎士団に取り入ろうとするものが後を絶たない中、その絶好のチャンスを自らフイにした令嬢である私を称賛しているようで………全然うれしくないけど。
とはいえ、一先ず懸念は解消できた。
それが分かっただけでも十分だ。
「…お礼の手紙を書かなくちゃ」
新しい便箋を手に、私は書き始めた。
***
翌日。
朝、いつものように舞い降りたヒルスから手紙を受け取り、代わりにお礼の手紙をポーチへと入れた。
そして既に日課になりつつあるシルヴァンスの手紙を読み始める。
ただ今日の手紙は、これまでのシルヴァンスの過去を綴ったものではなく、昨日の私からの手紙を受け取ったあとのことについてだった。
王族が私に対して不満や不信感を抱いていないことは知ってはいたが、確実な言質をとるためにシルヴァンスは確認したそう。
その場では先日の手紙の内容が返され、手紙としてこちらに出したのだが、その後に殿下が直接シルヴァンスの元を訪れ、そのことについて話をしにきたそうだ。
曰く、豪胆なのか繊細なのかよく分からない、面白い令嬢だ、シルヴァンスにそんな条件を出した頭の中身が見てみたい、とか。
…いくら殿下に興味を持っていただいたといっても、内容が内容だけに全くうれしくない。
挙句、城に呼び出そうという話になったそうだが、それはシルヴァンスが全力拒否してくれたそうだ。
もっともその理由も殿下が色目を使って私のことを誘惑しそうだからとかなんとか…
(…シルヴァンス、どう考えれば殿下が私を誘惑するなんて思うのかしら…)
というか普通は私が殿下を誘惑するとか考えるんじゃないだろうか。
どうもシルヴァンスの中では私のことを過剰に美化しているような気がしてならない。
確認してみたい気もするが、怖いことになりそうなのでやめておこう。
(それにしても…)
殿下の願い(?)を却下できるあたり、シルヴァンスと殿下はただの護衛対象と護衛ではなさそうだ。
手紙の節々に殿下に対する愚痴…もとい悩みが記されている。
自由奔放、我儘、いたずら好き………はて、この手紙は一体なんの手紙なのか。
こうしてみると、殿下とシルヴァンスは友人とも呼べるのではないか。
そうして……改めてシルヴァンスが遠い人間になったことを実感する。
(ねぇ……シルヴァンス……本当に、私でいいの?)