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5話

シルヴァンスが王城へと戻っていったのち、私は自室に戻って早速手紙を開いた。

手紙の内容は10年前、お互いに初めて出逢った時の彼の心情を語っていた。


初めて出逢ったとき一目惚れしたこと。

互いに一目惚れで婚約を結べたことに狂喜乱舞したこと。

私に何不自由ない生活ができるよう、後継ぎではない自分には功績が必要だと王都に向かったこと。


風化しかけていたかつての記憶が朧気に蘇ってくる。

当時、まだ6歳だった私に対し彼は10歳だった。

今でこそ4つの差は大きくは感じないが、6歳からみれば10歳というものはずいぶんと大人びていた。


(一目惚れ……か)


今ではもうどこに一目惚れする要素があったのかわからない。

先ほどまで見ていた姿は、確かに端正な顔立ちで高い身長と隙のない立ち振る舞いに見惚れる令嬢がいても不思議ではない。

…もっとも、私にしてみれば『あの』シルヴァンスなので外見でどうこう思うこともないけれど。


「ふぅ…」


蘇った記憶は意識の片隅に置いて、手紙を封筒に戻した。

とりあえずと、今は机の引き出しに入れておいた。

とっておくべきかどうか迷ったが、これがただの連絡ならまだしも、私個人にあてた手紙だ。

いくらなんでもさっさと処分してしまうのは憚れる。


(条件が満たせなかったら……その時に、まとめて燃やしてしまいましょう)


燃える炎に、彼との全てのかかわりをくべればいい。

そして、私は新たな一歩を踏み出すのだ。



***



両親が帰宅し、私は事の顛末を話した。

両親共に呆れ、何をしているんだという目で私を見てくる。

しかし、魔術騎士団副団長に対して条件付きとはいえ婚約するという約束をしてしまった以上、それを反故にすることは許されない。

ただ、父はシルヴァンスが魔術騎士団副団長に就任していたことは知っていたが、まだ私を好いていたとは思わなかったらしい。


「…ただ、お前はどうする気だ?彼が条件を満たせば、再び婚約するのだぞ?」


父の言葉に私は首を横に振った。


「この条件を満たすことなんてできるはずがありません。父上、それは杞憂というものですわ」


その私の言葉に、今度は父が首を横に振った。


「そもそも、彼が魔術騎士団副団長になったのはファリーナ、お前のためだ。私はてっきり王都にいるうちに名声と富に取りつかれ、お前のことなどとうに忘れているものだと思っていたが、そうではなかったということなら、おそらく彼はやり遂げる。

考えてもみろ、魔術騎士団は天才と呼ばれるものでなければ就けないエリート中のエリートだ。10年前、何の才能の片鱗もなかった彼がそこまで至ったのは並みの努力ではない。その努力を支えたのがお前への好意であるならば、その程度の条件など軽くやり遂げる」

「…父上は、彼が…シルヴァンスが本気で私を好いている、と?」


それが私には信じられない。

10年…10年だ。

10年間、愛情のあの字も示さなかった彼が本気だなんて思えるわけがない。

そこでふと、私は別の可能性を思いつく。


「ファリーナ、信じられないかもしれないが」

「わかりましたわ、父上!」

「……何がだい?」

「シルヴァンスは私を好いてなどおりません。ですが、魔術騎士団副団長という立場から彼にはきっと言い寄る令嬢が多いのでしょう。それを追い払うための婚約なんですわ」


そう、そういうことだったのだ。

彼は名声と富に取りつかれ、今もきっと更なる高みを目指している。

だが、そこにはきっと彼に言い寄る邪魔な令嬢たちがいて、日々の業務もままならないのだ。

だが、それまでは一応婚約者としての私がいたからまともに取り合ってこなかった。

しかし、婚約解消した今、彼には令嬢が殺到しているのだ。

だから彼は慌てて私と再度婚約を結ぼうとした。


(うん、これなら辻褄が合うわ!昔読んだ恋愛小説にそんな話があったもの!


「ファリーナ…現実逃避はおよしなさい」


私の考えはあっさり母に一蹴されてしまった。


「とにかく、私の方からも彼に確認はしてみる。だが、本気だった場合は……覚悟しておくんだぞ」

「………はい」



***



翌日。

今日からあの大鷹『ヒルス』で手紙が運ばれてくる。


とはいえ、そういえばいつ頃届けるのかと聞いていなかったことを思い出し、どうしようかなと考える。

シルヴァンスによればこの腕輪の石の魔力でヒルスはここへと飛ぶことができる。

なら、この腕輪を持っていればどこにいてもヒルスは飛んでこれるということだ。

とはいえ、今日は特に出掛ける用事は無い。


(身に着ける必要はない……わよね)


ヒルスの姿を見つけやすいよう、窓際のほうに椅子を動かしてもらい、腕輪は近くのテーブルに置いた。

椅子に座り、刺繍のための布と糸を手に取った。


(何を作ろうかしらね)


手紙が来るまでの時間つぶしに刺繍でもと思ったが、特にモチーフは決めていなかった。

花は大方作り尽くしたし、それ以外の一般的なモチーフも作った。


何かないかなとゆっくり周囲を見渡していると、耳に羽ばたく音が聞こえてきた。


「もう来たのかしら?」


朝食を食べ終えてからまだ幾分も経過していない。

思ったより早めの到着に驚きつつも椅子から立ち上がり、窓から外を見る。


そこには今まさにバルコニーに降り立つヒルスの姿があった。

その首には手紙が入っているであろうポーチが下げられている。

一度慣れてしまえばどうということもなく、私はバルコニーに出た。


(どれどれ…)


ポーチへと手を伸ばし、中の便箋を手に取る。

私が便箋を受け取ったのを確認すると。ヒルスは再び大空へと舞い上がり、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。


椅子に座り、早速手紙を開く。

今日の手紙の内容は、彼が王都に向かい、そして魔術師養成学校に入学した時の話だ。

手紙曰く、才能も無ければ何の前知識も無かったシルヴァンスにとって魔術師養成学校は到底理解が及ばないものだったらしい。

魔術に不可欠な魔力を感じることすら他の生徒の倍以上の期間がかかり、そのせいで落ちこぼれと評されるようになったとのこと。


「……落ちこぼれ……ね」


エリート集団である魔術騎士団の副団長が実は落ちこぼれだったなど、何の冗談なのかと言いたい。

けれど現実はまさにそれで、それゆえに彼は私からの手紙に返事を書くことができなかったと、その時の心中を語っている。


好きな子に情けない姿を見せたくない、男の子の意地。


……確かにそういったものを、今なら理解することはできる。

けれど、だからといってじゃあ当時のことを許せるのかといえばその答えは『いいえ』だ。


「なによ。詫びようとでも言うの?許してほしいとでも?」


手紙を持つ手に力が入る。

そうして手紙を読み進め、少ししわがついた手紙をテーブルに放る。

文字を読むわけでもなく、手紙そのものをぼんやりと眺めれば、手に入った力が徐々に抜けてくる。


今はもうあの時ではない。

これは10年前の話。

つい、昨日と今日の手紙で当時の感覚に戻りかけたけども、とっくに終わったことなのだ。


「10年前…か」


彼が王都へと向かった日。

私はどうしていただろうか。

好きになった人と婚約し、なのにその彼は王都へと行ってしまった。

その理由が自分のためなのだと分かっていても寂しさは抑えきれず、手紙を書いた。

しかし手紙は返ってこなかった。

その寂しさをごまかす様に、建前上は彼と釣り合うようとのことで淑女教育を熱心に受けた。


「はぁ……」


一つ息を吐き、時間つぶしにと用意していた刺繍の道具を手に取る。

こういうときは何かに熱中しておくに限る。

なんとなく頭に浮かんだモチーフを作り始めた。


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