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4話

「1000日って……」


ベアの信じられないといった声が小さく呟かれる。

期間にして3年未満。

もちろん、ただそれだけが条件じゃない。


「手紙にも条件があります。

一つ、必ず自筆であること。代筆など許しません。

一つ、内容は被らないこと。同じ手紙を送られたところで読む時間の無駄ですからね。

一つ、便せん2枚程度であること。字を大きくしたり、空欄を作って嵩増しは論外です。

以上、何かご質問はありますか?」


かなり…というよりまず無理な条件だ。

毎日違う内容で、便箋2枚程度はもはや苦行というレベルだ。


できるわけがない。


救いの手を差し伸べたようで、その実絶望に、絶対に婚約する気がないという意思を示す。


さぁどうする?それでもこの条件を呑むのか?


私の出した条件に顔を俯かせたシルヴァンス。

その肩は震えている。


(…まずいかも。ちょっとやりすぎたかな)


あまりの悪条件さにシルヴァンスが逆切れしてしまうのではないかという懸念が今更ながらによぎる。

が、その懸念は顔を上げた彼の発した言葉で霧散することになる。


「ありがとう、ファリーナ!」

「………はっ?」


満面の笑みで礼の言葉を述べた彼に、私は一瞬で頭が真っ白になった。


「こんな俺に、そんな条件で許してくれるなんて……なんて、なんて優しいんだファリーナは!」

「……………」


はて、私の一体どこに優しさがあったというのだろうか。

隣のベアを見ても私と同じく唖然としている。

つまり私のみならずベアにも理解できないくらい彼の言動は意味不明なのだ。


「今日、君に会うことを決めたのは決して間違いじゃなかったんだ。君のくれたそのノルマ、完璧にこなし、今度こそ君を婚約者として迎え入れることを誓おう」

「あ、ええ………そう、ね…」



……その後、意気揚々と部屋を出ていくシルヴァンスを見送った私たちは、会場に戻る気力もなく、それぞれの屋敷に帰ることにした。



***



翌朝。


何とも言えない目覚めを迎えた私はベッドの中で寝返りをうった。


「何だったのかしら…あれ……」


『あれ』とはもちろんシルヴァンスのことだ。

昨晩は早めに帰宅した私に、どうしたのかと父や母や尋ねてきたものの、まさか夜会であったことをそのまま話せるわけもなく、気分が悪くなっただけと告げて早々に床に就いた。


起きたことを告げると侍女が部屋に入ってくる。

その手には一通の手紙があった。


「お嬢様。その……」


その手紙を渡すべきかどうか迷っているようだ。

まさか、もう?という驚愕の感情を内心に留めつつ、素知らぬ顔で問いかける。


「誰からの手紙かしら?」


私からの問いかけに、侍女は観念したように口を開いた。


「……シルヴァンス様より、手紙でございます」



***



朝食後、手紙を開いた。

本気で1000日やるつもりなのかとうすら寒いものを感じつつ手紙を開けば。そこに書かれていたのは今日屋敷を訪れるという先触れなだけだった。

曰く、いくつか確認したいことがあるから直接会って話がしたいという。

その際に一通目となる手紙も渡すとのこと。


肩透かしを食らった反面、彼の本気さも垣間見えて今更ながらにとんでもない条件を出してしまったのだと後悔した。

こんな気分になるなら条件など出さずそのまま拒否すればよかったのに。

じゃあ今から無かったことにすればいいのかと言えば、それをするのは流石に人としてどうかと思われる。


(いや、大丈夫だ私。1000日も続くわけない。せいぜい一月。それまで耐えればいいだけのこと)


自分の出した条件を思い出す。

そうだ、あんな条件で手紙を出し続けられるわけがない。

それにこちらが何かする必要も無い。

ただ手紙が来なくなった時点で全て終わるのだ。

それまで待つだけでいい。


私は侍女にシルヴァンスの来訪を告げ、準備をさせる。

驚き、何か言いたげだったが気づかないフリ。

さて、何を確認したいのだろうかと頭の端で思いつつ、彼の来訪を待った。



***



シルヴァンスが訪れると、挨拶もそこそこに中庭に移動した。

応接室ではなく中庭なのは彼の希望だったからだ。


幸い家族は出掛けており、屋敷には使用人しかいない。

婚約解消したはずの彼が何故屋敷にいるのか、昨日の顛末についてまだ誰にも説明していない。

それだけに彼を見る目には険があり、私はそれを宥めて席に着いた。


侍女が紅茶を注いだカップを置き、私の背後に控えた。

一口紅茶を口にしたところで彼が口を開いた。


「改めて、今日の訪問を受け入れてくれたことを感謝する」

「いいえ。魔術騎士団副団長様の来訪ですもの、歓迎すべきことですわ」


淡々と、元婚約者に対する嫌味でもなく、魔術騎士団副団長に媚びへつらうようなものでもなく、立場こそ口にしても声音には一切の感情を含ませない。

その私の意図など、簡単に読み取るだろう。彼は苦笑しつつも、懐に手を伸ばした。


「じゃあまずは、はい。最初の一通を」


その手から差し出されたのは手紙。

今度こそ私の条件を満たすための一通。


「では、確かに受け取りました」


そんな私たちのやり取りを不思議そうに眺める侍女。


「それと、君に渡しておきたいものがあるんだ」


そう言ってシルヴァンスはテーブルに腕輪を置いた。

腕輪部分は美しい装飾が施され、色合いから銀製と思われる。

そして指先程度のサイズの宝石が付けられていた。


今更物で媚びるつもり?


そんな私の感情が表に出ていたのだろう、彼は慌てて手を振った。


「えと、そういう意図じゃないんだ。その……ファリーナ、世の中には郵便事故や、もしくは君が屋敷に不在の場合があるだろう。それで君の元へと手紙が届かなければ条件を満たせなくなる。そうだろう?」

「ええ、そうね」


郵便事故にしろ、私が不在の場合にしろ、『届かなかった』という事実だけが重要だ。

その理由…言い訳を聞く気はない。


「そのための腕輪です。これで君の元へ確実に手紙を届けられるようにする」


そのための腕輪?

腕輪で一体どうやって手紙を届けるというのだろう。


するとシルヴァンスは立ち上がり、少し離れた場所へと歩いて行った。


「私が魔術師だということは知っていますね?」


私はコクリとうなずく。

その答えに彼は微笑みを浮かべる。


「魔術師は魔術を使うほかに、もう一つ別の能力があります。それが…」


そう言うと右手を肩の高さまで上げる。

手のひらを上へと向けると、その先に小さく光が灯り、その光は一瞬にして大きくなり周囲を照らした。

そのまぶしさに目を瞑れば、次に大きく羽根をはばたかせる音が聞こえた。

目を開ければ、どこから来たのか、シルヴァンスの腕に捕まる鷹の姿があった。


「紹介するよ。私の使い魔の『ヒルス』だ」


その鷹は通常の鷹とは明らかにサイズが異なっていた。

シルヴァンスの腕に留まっているが、その背丈は1mくらいある。

翼を広げれば3mくらいになるのではないか。


使い魔とは魔術師が魔術のほかに使う能力の一つだ。

魔術師によって作られた擬似生命体で、それそのものが意思を持つ。

その知能はモチーフとなった動物よりも賢い。

使い魔の主な使い道は戦闘の補助、そして偵察だ。

特に今私の前にいる鷹の場合は、その鋭い鈎爪と嘴による牽制に、上空からの索敵能力に長けている。

そのため、王族の護衛を務める魔術騎士団は、鷹をモチーフとした使い魔を持つことを義務付けられている。

ちなみに使い魔は一人一体ではなく、複数もつことが可能である。

人によっては狼や馬の場合もあるとか。

ただし使い魔は出しているだけでその存在維持に魔力を消費するため、あまり長くは出していられない。


…その使い魔が目の前におり、それも鷹としては常軌を逸するサイズであるために私の顔は恐怖で強張る。


「大丈夫、怖くはないよ」


そう言うとシルヴァンスは腕から鷹…ヒルスを下ろした。

地面に降り立ったヒルスは暴れたり鳴くこともせず、ピシッと立ったままだ。

その頭をシルヴァンスが撫でれば、ヒルスは気持ちよさそうに目を細めて頭を垂れた。


「この子に手紙を届けてもらうよ。ヒルスはその腕輪についた石に込められた私の魔力を目標に飛ぶことができる。この子なら確実に君の元へ手紙を届けられるから」


この巨大な鷹が毎日この屋敷に…いえ、私の元へと来ると?

恐怖で身動きがとれない私に、彼は苦笑を浮かべる。


「大丈夫、決して君を傷つけることはしないから。撫でてごらん」


そしてヒルスはこちらに頭を向けた。

…『撫でろ』ということだろうか。

どうする私。まさか手紙を受け取るだけのはずなのに、何故こんな恐怖体験をしなければならないのか。

こんな思いをするくらいなら、こんな方法など断ればいいだけなのだ。


そう、断るのだ。

撫でることなどしないと。こんな手紙の届け方など認めないと。

そう思い口を開こうとしたところで、今まで頭を垂れていたヒルスが頭を上げ、その目とばっちり合う。


「………」

「………」


そのつぶらな瞳が、『撫でてくれないの?』と囁きかけてきているような、そんな感覚に襲われてしまう。


(やめて!そんな目で見られても…!)


さらに、くりんと小首をかしげるしぐさ。

その一連の動作に、まるで撫でないこちらが悪者であるかのような錯覚を覚えてしまう。


(…い、いいわ。やってやろうじゃない。女は度胸よ!)


席を立ち、一歩一歩ヒルスへと近づく。

未だ恐怖の抜けない身体は、ぎこちなく地面を踏むけれどそれでも確実に近づいていく。

そして、私の手が届く距離になったとき。ヒルスは再び頭を垂れる。

その間、シルヴァンスは言葉を発さず、ヒルスの翼に手を添えているだけだった。


震える手をそっとヒルスへと伸ばす。

指先がふれれば、伝わる滑らかな羽根の感触。

そのまま徐々に手のひら全体で触れ、羽根の向きにそって手を滑らせる。


(すごい……すごい滑らかなのにその下は柔らかで…)


ヒルスは身じろぎすることも無く、じっとしている。

一度できればあとはもう慣れたもので、何度も何度も頭を撫でていく。


「フフッ、慣れてくれたようでうれしいよ。ファリーナ」

「え、ええ、当然ですわ!」


もうおしまいと手を引っ込め、席に戻った。

再び目が合ったヒルスはじーっとこちらを見ている。

すると突然ヒルスの身体が光に包まれ、そのまま消失してしまった。

唖然としていると、シルヴァンスがこちらに歩み寄ってくる。


「…妬けてしまうよ。そんなにヒルスとばかり見つめ合って」


はて、何を言っているのだろうか、この人は。

妬けてしまうとか、自分の使い魔に嫉妬したのか?


「とにかく、明日からはヒルスに手紙を届けさせるから、受け取ってほしい。いいかな?」

「ええ、わかったわ」


明日からはあの大鷹が毎日この屋敷…というか私の元へ訪れる。

そうなれば、さすがに家人にそのことについて説明せざるを得ない。

…婚約解消したのにも関わらず変な条件を出してしまったことについても。


父と母がどんな顔をするのか、今から憂鬱でしょうがない…


※修正

腕輪についての説明が抜けていたため

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