3話
一室を借り、正面にはシルヴァンス(?)、隣にはベアに座ってもらい、私は彼と対峙していた。
もはや婚約者でもない彼と部屋で二人きりになるなど許されないし、かといって一緒に来ている兄様に同席することはベアが断った。
「恐れながら、キルシデント次期伯爵が同席されればそれは家同士での話し合いになってしまいます。あの婚約があの二人双方の意思で始まったものならば、当人同士が、一人の人間同士で話をした方がよいでしょう。万が一のために、私が同席させていただきます」
ベアの申し出はありがたがった。
そもそも目の前の彼がシルヴァンスであるという確証が未だに無いし、かといって兄様が来ればおそらく兄VS彼の話し合いに終始するだろう。
改めて彼を見れば、確かに幼いころ…といっても10歳の頃…の面影はある、のかもしれない。
もはや10年も会っていない婚約者だ。その姿はとうに朧気になっている。
だから私には初対面の人間という印象しかない。
しいて言えばその青い瞳くらいだろうか。
いざ本人を前にしても、私の心は特に揺れ動く様子もない。
まさかここに現れたこと、そして魔術騎士団副団長になっていたこと、それには驚いたけど、元婚約者である彼に対して思うことはない。
10年もほったらかしにして、今更謝罪にきて何のつもりだろうか。
だけど、その前に私には確かめなくてはならないことがある。
「……あなたは、本当にシルヴァンスなの?」
そう問いかけた時のシルヴァンス(?)の顔は引きつり、ベアは「やっぱりね」といった感じでこちらをジト目で見ている。
「わから……ない、のか?」
「ええ、全然」
「そうか……」
項垂れるシルヴァンス(?)。
だが気を取り直したのか、顔を上げ、こちらを見る。
「私は、シルヴァンス・ハースター。ハースター家の次男で、今は魔術騎士団副団長を務めている。そして君の……元、婚約者だ」
「そう」
名乗りを聴いて、「本物なのか」と思いつつも、それ以上は特に何も出てこない。
10年ほったらかしにしてくれた当人を前に怒りすら湧かないとは、どうやら私は全くかつての婚約者様に何も感情が残っていないらしい。
「その………10年もの間、君に会わず、手紙や贈り物を送ってくれたのに何の返事もしなかったこと、本当にすまない」
「そう」
彼の謝罪に、私の口から出たのは全く感情のこもらない言葉。
だってもう彼と私は他人。元がなんであろうと今はもう関係ないのだから。
「それで…君に、頼みがあるんだ」
「はい?」
頼み?私に?はて、私に魔術騎士団副団長様が一体何の頼みがあるというのだろうか?
「もう一度、私と婚約してほしい」
「………」
何を言っているのだろうか、この目の前の人は。
今までほったらかしにしてくれたから婚約を解消したのにまた婚約してくれと?
途端に、さきほどまで波風一つ立っていなかった私の心に怒りというなの荒波が押し寄せてきた。
だが、ここで怒りを爆発させてはならない。
落ち着け私。
まさかこれまでずっと私をほったらかしにしてくれた魔術騎士団副団長様に、どんな思惑があるのか。それを見定めてからでも遅くはない。
「何故……と伺ってもいいかしら?」
「何故…だと?」
私の言葉に彼は目を剥いて問いを返した。
理由を聞くことがそんなにおかしいとでも?
「ファリーナ、君のことが好きだからだ」
その言葉に今度は私が目を剥いた。
どんな思惑があるのかと思えば私のことが好きだからだ、と?
なんて空々しい言葉なんだろう。
その言葉に怒りの荒波は収まり、逆に目の前の男が珍獣のような荒唐無稽な存在に見えてならない。
「だから、もう一度私と婚約してほしい」
…この時、私は少し気がふれていたのだと思う。
断ればよかった。他に言うこともなく、それで場を後にすればそれで終わったのに。
ただ、10年の月日をほったらかしにしてくれたこの男を、絶望の淵に追いやりたくなった。
だから、私の口から出た言葉は…
「ええ、よろしいですよ」
「ファリーナ!?」
私の言葉に今まで黙っていたベアの驚愕の声が上がる。
そのベアにはにっこりと笑顔を向け、再びシルヴァンスに向き直る。
「よかった、これで…」
「ですが条件があります」
安堵しかけたシルヴァンスに、私は次の言葉を紡いだ。
このまま婚約を結び直す?そんなわけがない。
「貴方は私を好きだとおっしゃいました。ですが、10年もの間私と会うことを拒絶していた貴方の言葉は到底信用できません」
「それは…」
「ですから。今から言う条件を達成できましたら、再び婚約を結びましょう」
条件。
その言葉に彼の顔は神妙な面持ちに変わる。
どんな条件が出されるのか、心配なのだろう。
私は口角を吊り上げ、薄目で彼を見ながら条件を突きつけた。
「明日より毎日、1000日もの間、私に手紙を送ってください。もしそれが達成できましたら、婚約いたしましょう」
※誤字修正
 




