私は、このためにここに来たんだ
馬のために数度休憩を挟んだけれど、闇に包まれていた空が白く霞んできた頃には、城に辿り着く事が出来た。
「………なん、だ?」
正面の門までやって来たはいいけれど、何事かを感知したブライアンによって再び距離を取る事になる。
「どうしたの?」
肩越しに質問を投げかければ、静かにしているようにとだけ言われた。
どうやら、見つかってはいけない何かが起きているらしい。
お互い沈黙しつつ周りを窺っている間に、私達を乗せた馬が城の別の入り口に回り込む。
「城の警備が、あまりにも手薄過ぎる。わざとらしいぐらいに」
まるで誰かを誘い込もうとしているかのようだとブライアンは眉を顰めた。
手紙の内容の中で、民による二度目の革命の事を聞かされていた私は、思い当たる節があったので何も言わず目を伏せる。
本当にジルが、今日を自分の最期にしようとしているんだと思い知ったから。
幾つかに分かれた城の中で、私達が入り込んだのは王の間のある第一館。つまり、この城の建物の中でも人の出入りが一番激しい場所だ。
渡り廊下から建物の中に入り、絨毯の引かれた城内を進んでいく。
なのに、おかしいほどに人に出くわさなかった。
もしかしたら自分は遅すぎたのかと心配になり始めた頃、開いた扉と出くわした。
不自然なほどその部屋の扉だけ大きく開いているものだから、敵の罠かと私を後ろに庇いつつ、ブライアンが静かに扉の端から中を窺った。
大きな部屋であるにも関わらず、中に置いてある家具は、中央に置かれた長椅子ただ一つ。その椅子に、座っている人物がいた。
「………え、め」
静寂が横たわっている、という表現に相応しい状況の中で、ぽつりと呟いた私の声は、私達に背中を向けたままの彼女の耳にもしっかり届いたらしい。
「メイ様、お待ちしておりました」
すっと立ち上がった紫の彼女は、侍女長らしくまっすぐと背筋を伸ばし音をたてることなくこちらに歩み寄ってきた。
「ここにいらっしゃるという事は、手紙を、読まれたのですね」
その一言で、すべてを察することができた。
「エメは、知って、たの?」
ジルが死ぬと分かっていて、彼女は黙認していたのだろうか。
エメは誰よりもジルの事を考えていて、ジルは無条件にエメを信頼している。そんな彼らの関係性を見ている私には、到底エメがこの計画を承諾したとは思えなかった。
「はい。すべて、知っております」
そう言い切った彼女の蓮の瞳はぞっとするぐらい何も映していなかった。
「じゃあ、なんでっ」
心のままにエメに詰め寄ろうとした瞬間、ふと思い返す彼女の姿があった。
それは、私がこの城に連れてこられて、行き違いから私が処刑されかけた時の事。
私に気が付いたエメが、けれど最後の最後まで私の事は明かさず、ジルと面会させることで何かを試そうとしていた。
彼女は言っていたじゃないか。私に賭けたと。私の存在が、ジルにとってどんなモノかを見極めたいといって。
「だから、試したのね」
私の問いかけに答えるように、先ほどまで何の感情も浮かんでいなかったその瞳がゆらりと揺れる。
「ジルはすでに死ぬことを決めていた。あなたはすべてを知っていて、でもどうすることも出来なかった。私がまたこの城に現れた時、エメ、あなたは私にジルを託せるか確認したのよ。変わってしまったジルの気持ちを。もしもジルが私に気づいて何らかの反応を示せば、もしかしたらジルが思い留まってくれる未来が見えてくるかもしれないと願って」
瞳の奥のさざ波が大きさを増していくのを見つめながら私は言い募る。
「もしジルが私に気づかず私が死んだとしても、ジルが死ぬ未来は変わらないのなら、あなたにとって私という存在は、あってもなくても同じようなもの」
何も知らずにこの言葉だけを聞けば、どれだけ人を蔑ろにするような行動かと咎める者も出てくるだろう。
それでもエメはきっと同じことをしたはずだ。
いつだって彼女は、ジルのためだけに生きてきたのだから。ジルがこの計画を告げ、自分の無力を思い知った時、彼女もまた心を殺し鬼となったのだろう。
むしろ、彼女に申し訳ない気持ちで一杯になった。
私は、彼女の願いもすべて無視して、自分の事だけしか考えられずに居たのだ。周りを見ようともせず、守られた地位に甘んじてしまっていた。エメは、訴えたかったであろう悔しい気持ちもすべて押し殺し、私に優しくしてくれていたのに。
私の言葉を聞き終えたエメは、力尽きた様に膝から床に崩れ落ちる。
それでも、震える両手を伸ばし私の手を握ると懇願するように声を振り絞った。
「メイ様。わたくしには、もう、どうして良いのかわかりません。あの方に託された大事な主は、わたくしでは到底覆すことができないほどの闇を抱えておいでです。それを救えるのは、あの時、十年ぶりにジルベルト様から『無』以外の表情を引き出すことの出来た、貴女様だけなのですっ」
まるで、あの時、喉の置くを引き絞るように謝罪をしてきたジルを思い起こさせる姿に、胸が締め付けられた。
なんて哀しい想いを、彼らは長い間抱えていたのだろう。
力を込めて頷いて見せた。
エメが前に私に投げかけてきた答えを返そうと思う。
「エメ、私、あなた達にとっての、女神の遣わした天使になってみせるから」
このために、私はこの世界に来たのだと、今ならはっきりわかるんだ。




