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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
革命編
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覚悟を決めます



 これでよかったのだろうか。

 私は、正しい選択をしているんだろうか。


 そんな思考に溺れていた。





 パトリシアとの最後ともいえる馬車での旅だというのに、私達の間に会話はない。

 私は私で自分の中の疑問と想いに身を沈めていたし、そのせいでいつも以上に難しい顔をして向かいに座っている娘にも気づく事が出来ないでいた。


 昼前に城を出た馬車は昼食のために一度通りすがりの町に止まる。


 この国での王族の立ち位置から、パトリシアの輿入れについてはあまり表だって知られてはいない。


 そのため、この街に止まったのは私とパトリシアの馬車のみで、お付きの侍女達やクラリス、セリムを乗せた他の数台の馬車は、それぞれ違う場所で昼食を取る事になっていた。

 特に今はまだ王都からそんなに離れていないということもあり、革命軍の進撃を恐れ、皆が細心の注意を払っている。

 現場は常になくピリピリしていた。

 

 だからだろう。

 私の思考がいつになく後ろ向きであるのも。


「お母さん、これ」

 昼食を食べ終え、馬車に戻れば、思いつめた顔のパトリシアから一枚の手紙を手渡された。

「これは?」


 反射的に受け取った真っ白なそれは、赤い蝋で閉じられている。

 その上のマークは、見間違えでなければ王家のマークである。


「ある人から、預かってきたの。………もしも、すべてを知る覚悟があれば、開けるようにって」 

 パトリシアの硬い表情から、中身があまり良い内容ではないことは窺えた。


 覚悟とは、どういうことだろう。


 ヨハンの問いかけといい、エリオットの言葉といい、エメの意味深な表情といい。



 何かが、周りで起こっている気がしてならない。

 私の預かり知れぬところで、何か見逃してはいけない出来事が。




 気持ちだけが置いてけぼりになった私を乗せたまま、馬車は進む。

 

 心地よい規則正しい揺れに身を任せながらも、その視線は目の前の手紙から逸らせない。

 知らなければいけない何かが書いてあるのだろうけど、これを開ければ後戻りはできないのだと脳裏のどこかが警告を鳴らす。


 パトリシアの視線を感じるけれど、それに応えられる余裕が今の私にはなかった。


 

 気が付けば日は落ち、地面や木々、世界のすべてが夕日の朱に染めあがる。


「お母さん」

「………なに?」

 私の思いつめた表情を考慮して声を出さずに居てくれたパトリシアが、長い沈黙破った。それは絞り出したかのような、か細いモノで、聞き流そうと思えばできた。 

 しかし、囁きに似たその声が妙に大きく響き渡ったような気がして私は顔をあげたのだ。


 思いつめたような娘の視線に射抜かれる。


「お母さんが、ずっとわたしに言ってくれてた言葉があったの、覚えてる?」

「?」

 パトリシアの言葉の意図が分からず首を傾げれば、カラカラに乾いた喉から懸命に押し出されるようにして私に届けられた言葉があった。


「………絶対に幸せになろうって、お母さんずっとわたしに言ってくれてた。知らなかったと思うけどね、それは、わたしにとって、魔法の言葉だったの」

「パトリシア」

「お母さんのお蔭でわたし、幸せだった。与えられるはずのなかった母の愛を一心に受けて。アリシア様やクルト様に見守られて、村の皆に可愛がられて、わたし本当に幸せだったのよ。呪いの姫なんて言葉が、耳に入らないくらいにね」

「知って、たの」

「うん。やっぱり、お城には一杯色んな人が居るし」

 そう言うパトリシアは、思ったより平気そうな顔をしている。


 その事に、そっと胸を撫で下ろした。


「ねぇ、お母さん。わたしね、誰よりもお母さんに幸せになってほしいの。でも、最近いつも暗い顔して、考え事ばかり。………お母さんが幸せになるには、後、何が足りない?」

「っ!」


 まるで今この瞬間にパトリシアがその質問をするのが運命だったかのような。


 質問を投げかけられたことで、半ば無意識の内に私の手が封を切ることは、必然であったかのような。



 何かに導かれるような流れにまかせ、私はその手紙を読み上げた。




「………これ、」

 決して長くはない手紙。そこには、簡潔にこれからこの国で何か起こるかが示唆されていた。


 ジルが心を殺すことになった経緯と第一王子の横暴。

 蓄積された国民の恨みといまだ冷めやらぬ革命の火の粉。

 そして、ジルが最後に決めた己の役目と隣国との取引。


 数時間前まで城で彼と顔を会わせていた身としては、到底信じられないことばかりが書かれてあるそれは、よくよく考えてみればすべての辻褄が合う。


 一気に情報が頭の中に流れ込んできてしまったせいで、心が追いつかない。


 気が付けば、馬車から見える外の景色は夜の帳に遮られ、満足に外を見ることも出来ない。


 今日の宿がある町に予定通り辿り着き、馬車は止まる。

 心配そうに見つめてくるパトリシアに先導されるままに、私達に与えられた部屋に足を踏み入れた。


 まるで雲の上を歩いているような、感覚のない足取りで、ベッドに腰を落ち着けた。


 夜ご飯なんて、食べられる気分じゃない。


 ジルの最期の役目は、最後の王としてすべての責務を負い、王族の滅亡と自らの首を差し出す代わりに革命の炎を消し去る事。

 隣国の取り引きのおかげで、国は滅びても、この地と民は生き延びることができるのだと。


 国を守る事より、民や土地を守る事にしたその意味は。

 彼がやろうとしている事は、つまり。


「ジルが、死ぬの?」

 あの誰よりも優しい、不器用な人が、この世から、居なくなるというのか。



 

 元婚約者の彼の背中が目を閉じた先に浮かび上がり、遠ざかっていく。

 今でもその背中を思い起こすだけで心の奥にどす黒い嫌な感情が広がっていくのがわかった。悲しいけれど、悔しくもある、負の気持ち。


 なんで、どうして、私の何が悪かったの。彼の背中に爪と突き立て叫びたい、そんな淀んだ感情。




 そうして次に浮かんだのはジルの背中。どす黒い気持ちがすっと凪いでいくのがわかった。苦しまないでほしい。笑っていてほしい。そう、無条件に願ってしまう背中だ。


 白髪の彼が、ふと肩越しにちらりとこちらを見た気がした。

 けれど彼の蒼い瞳を確認する間もなく、その姿に取り落とした鏡のような罅が入り、そうしてあっけなく砕け散った。




「ジルに会えなくなる、なんて。………そんなの、いや」

 ようやく絞り出せたのは、そんなちっぽけな言葉。

 だけど、今の私を奮い立たせるには十分に威力があったと思う。


 私は立ち上がる。と同時、心の中で昔のぐだぐだ悩み続けていた自分に罵声を浴びせかけた。


 何が、ジルに釣り合わないだ。何が、この心を打ち明けた所で何にもならないだ。


 心はこんなにも彼を求めていたじゃないか。

 結局私は自分が可愛くて、これ以上自分を傷つきたくないからと、ただ言い訳を重ねただけ。


 その間にも、彼は迫りくる自分の死と向き合い続けていたというのに。

 


 幾ら精神年齢を重ねてきた所で、大事な人を思いやれないのなら、そんなの意味なんてないじゃない。


 身体は大人、中身はもっともっと大人な私の底力、見せてやろうじゃないか。



「幸せになるの。私も、みんなも。全員が幸せにならないと誰も幸せになんかなれない」


 そのためにはジルを助けなくちゃ。


 突然立ち上がり声高々に訳の分からない事を宣言したにも関わらず、パトリシアは驚く事なく笑った。

「お母さんなら、そう言うと思ったわ」

 パトリシアが私の腕を取って歩き出す。


 部屋を抜けた私達は、従業員用であるだろう階段と裏道を使い、誰にも気づかれないように宿の裏にある馬小屋に辿り着いた。


 不思議な事に、その道すがら誰にも出会う事がなかった。


 向かった先に立っていたのは、馬の手綱を握ったまま真剣な顔をしているブライアン。どこまで話を聞いているかは分からないけれど、その表情は困惑と不安に揺れていた。


 まるで私に答えを知っていたかのような用意の良さに、改めて娘の優秀さを思い知る。


「ほんと、私には勿体ない子だわ」

 そう言って、泣きそうな顔で笑う娘を抱きしめる。


 パトリシアの中では、私がジルを選ぶということは、彼女との別れを決定付けることになっているのだろう。

 でもそれはパトリシアの考えで、私には関係ないことだ。


 思い出したのだ、とても大事なことを。


 日本で絶望の淵に居た私は、何の因果かこの世界にやって来た。

 そうして決心したのは、この新しい世界ですべてをやり直して、昔の自分がハンカチを噛み締め羨ましがるような、そんな幸せな自分になること。


 そのためには努力を惜しまないと、そう誓ったのに。

 いつの間にこんなに単純な事を忘れてしまっていたのだろう。


 私が幸せでいるためには、ジルとパトリシアのどちらにも笑っていてもらわなくては困る。


 今の私なら、少しぐらい欲張りを言っても罰は当たらないだろう。そう言い切れるくらいには、沢山の辛い事大変な事を乗り越えてきたつもりだ。


 薄らと透明な膜を帯びるその青の瞳を真っ直ぐに見つめて言いきった。


「パトリシア、私、帰ってくるから。あなたの元に。ジルと一緒に。これが最後なんかじゃないよ。だから、エリオットと一緒に、待っていて」

「お母さん」

「だから笑っていて、お願いよ」

 くしゃっとした見慣れた笑みが目の前に広がった。その拍子に目尻の雫が一つ、頬を滑り落ちていった。


 娘の涙の後をさっと拭うと、私はブライアンに手を引っ張ってもらって馬に跨る。


 少し距離はあるけれど、明日の朝までには城に戻れるように全力を尽くすと誓ってくれた。

 彼曰く、何が起こっているか分からないけれど、私を城に戻すことが今一番大事な事だと己の本能が伝えているらしい。

 なんとも言えない彼らしい答えに笑いが溢れた。


 馬が走り出す直前、パトリシアが爪先立ちに身体を思いきり伸ばして私の右手に両手を添えた。


「十年間横取りしてしまっていたお兄様の幸福の種、今、お返ししましたよ」


 その姿が世闇に消えて見えなくなるまで、パトリシアは大きく手を振っていた。






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