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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
革命編
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旅立ちの時です


「お母さん、大丈夫?」

「え?」

 声を掛けられぱっと顔を上げれば、眼前一杯に広がるパトリシアの眉を下げた思案気な顔。

「朝から、心ここにあらず、って感じ」


 少し早めの朝食の席で、私と彼女は隣同士で座っている。


 あまりにも鮮明に覚えている昨夜の夢を思い出していたのをしっかり指摘されてしまい、恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じて、思わず顔を伏せる。


 ベッドに腰を下ろし私を見つめてくるジルがあまりにも綺麗で、自分の抱えている彼への思いが不相応過ぎたのだ。今まさに雄叫びを上げながら床をゴロゴロ転げまわりたい気分だった。


 それでも思い出すのは、彼の切なさを含んだ儚い笑顔で。


 まさか今私が頭の中に浮かべている人物が、自分の夢に出てきたあなたの兄だなんて言えるわけがない。


 絶対に。


 頬の熱が少し引いたのを確認して苦笑いを浮かべながら顔を上げた。

「た、多分緊張してるのかなー。今日城を発つから、ね?」

「うーん」

 今一納得していない様子のパトリシアだが、これ以上追及したところで私が何もいわないと分かったのか、急に口を噤んだ。


 これ幸いと私は言葉を続ける。


「それで、予定は?」

「エリオットは先に早馬で国に戻るって。隣国までは少しかかるから、わたし達はその後にのんびりと行くんだって」

「のんびりって………どれくらい?」

「隣国までは、一週間とちょっとぐらい」

「遠いっ!」

「そりゃあこの国の王都から隣国の王都だもん。遠いに決まってるわ」


 どうやらこの世界の地理に対する認識が甘かったようだ。

 驚いて声に出せば、さも当然と言わんばかりに娘が目を瞬かせていた。


「パトリシア、メイ様。食事中に失礼します」

 エリオットがそんな前置きと共に部屋に入ってくる。


「僕は少しやるべきことがありますので、ここで失礼いたします。お二人共、どうかご無事の旅を」

 出会った時と同じようにきっちりとした服装にきっちりとした体勢でエリオットが一礼をすれば、かなり様になる。


 未来の夫であるというのに、隣でパトリシアが少し頬を蒸気させているものだからくすりと笑いが零れた。


 そうすれば自分の顔の赤さに気が付いたのか彼女が恥ずかしそうに顔を伏せる。

 エリオットはそんなパトリシアを、それこそ見ているこっちが口の中に袋一杯の砂糖がぶち込まれたかのような気分になるほど甘い甘い表情で見つめている。


 良いぞ良いぞ。これぞ青春。若いな二人共。


「ありがとう。エリオットも気をつけてね。また後で」

「………メイ様」

 先ほどの甘い雰囲気が一変して、エリオットは含みのある表情で私を見つめてきた。魚の骨がつっかえて出したくても出せない、でもそれを人に悟られないよう我慢してる感じ。


「私がこんな事を言った所で、どうしようもないのは分かっているのですが、それでも、貴女方が幸せになれることを、心の底から願って止みません。どうか」

「エリオット?」


 要領を得ない言葉達に首を傾げていたのは私だけではないらしい。

 パトリシアが不思議そうに声をかけると、エリオットがはっとしたように表情をかけた。


「すみません。少し、動転してしまったようです。それでは、私はここで」

 失笑にも似た顔でそう言うと、エリオットは優雅に一礼してその場を去っていく。


 残された私達は、顔を見合わせハテナのマークを脳裏に浮かべることしかできずに居た。





 

「じゃあ、最後に、ヨハンお兄様に呼ばれているから行ってくるわ!」

 朝食後、パトリシアはピンクの髪を揺らして駆けて行った。


 最後の機会だ。


 兄妹水入らずにさせてあげようと手を振ってその後ろ姿を見送る。



 最後に自分の荷物を纏めて、輿入れの準備をしてくれている騎士の人に手渡せば、後は手持ち無沙汰になる。


 今回パトリシアの嫁入りの護衛隊をまとめ上げるのはもちろんブライアン。

 最近まったく会わなくなったなぁと思っていたけれど、彼は彼で忙しくしていたようだ。


 まだ雪が溶けきって居ないというのに早められた輿入れに、みんな慌ただしそうにしている。特にお嬢様毒殺未遂の一件で、一気に城内の人数が減ったようで、一人一人の仕事量が増えたらしい。一緒に支度をしていた皆さんが噂話をしていた。


 邪魔をしてはいけないので、ひっそりと静かに城の中を探索することにする。


 クラリスが私にくれた一週間という期間は、だいぶ心に余裕をくれたようで、前ほど自分を追い詰めずに済んでいる。


 それが果たして良い事なのか、今の私には皆目見当がつかないけれど。


 パトリシアもジルも、どちらも私には大事な人。

 どちらかなんて、選べない。


 でも、今の状況は、どちらか一つを選べと容赦なく私に刃を突き付けてくる。

 

 廊下を横切り、階段を抜け、やって来たのは城の屋上。

 西洋の城の写真を見れば一際目を引くであろうあの尖がりの部分である。

 

 この城は少し小高い場所にあるので、こうして更に高い所に居れば王都が一望出来た。

 といってもここ最近知った事なので、あまり堪能できないまま今日という日を迎えてしまったのはかなり残念である。


 下を見れば城内で忙しそうに行き交う人々。

 その向こう側に広がるのは城下町。 

 遠くにあるのであまり詳しい人の様子などは分からないけれど、あどこかひっそりとしているようにも感じる。というか、一国の城下町らしくはなかった。建物の間を息を顰めるように生きる人々の姿が脳裏に蘇った。実際に見てみないと分からないこともあるのだ。

 

 結局、城下町に出られたのはジルと行ったあの時だけで、後は外に出るのを禁止されていた。

 革命軍の進撃を警戒しての事だった。

 

 

「………?」

 凸凹の囲いに手を置いて静かに目の前に広がる景色を眺めていれば、ふと誰かの視線を感じた気がして振り返ってみた。もちろん誰もいるはずがない。人気のない屋上に一人でいるのだから当然だろう。


 うーん、と首を傾げながら振り返っていた顔を正面に向けたと同時に、まるで誰かに耳元で囁かれたかのように脳裏に直接響いた言葉があった。


 ―――あの子達のことを、どうか。


 風が吹いて、髪を揺らした。

 冬の寒さを色濃く残しているはずの風なのに、頬を掠めた風だけは確かに誰かのぬくもりを思い出させるような暖かいもの。まるで春の桃色を錯覚させるような。


「………」

 幾ら見渡しても、そこには私しか居ない。


 ひらりと身を翻して先ほどまでとは正反対に囲いに背を付け、人の気配を感じない屋上を見据えたまま私は拳を握った。


 残された謎がある。

 ヨハンの言葉に明確な答えを返す事が出来れば、自ずとその先の道が広がる気がするのだ。


 何故かはわからないけど。


 考え事をしていた私は、いつの間にか時間という概念をどこかに置き忘れて歩いていたらしい。

 それに気づいたのは、目尻を釣り上げたクラリスが入り口からやって来たからだ。


 やばい。

 彼女を視界に入れた瞬間出来た言葉はその一言。


「メーイーっ」

「ごめん!!」


 まるで地獄から戻ってきた亡霊のような底冷えのする声で名前を呼ばれれば、誰だって及び腰になるだろう。


 確かに私が悪いけど、怖いクラリスも悪いもんね。


 なんて決して口に出せない言い訳を呟きながらクラリスに引きずられてやって来たのは城の入り口。


 初めてこの城にやって来た時のように、地面に引かれた赤い絨毯に、それを囲むように並ぶ人々。違う所といえば、仰々しく止まっている豪華な馬車ぐらいだろうか。

 

 馬車のすぐ前に、見慣れた人々が立っていた。

 パトリシアとジルが顔を寄せ合い会話をしていて、そんなジルの後ろにエメが目を伏せて立っている。

 セリムとクラウディとブライアンが最終調整のため難し顔で顔を付きあわせていた。


「あ、お母さん」

「見つかったか」

 パトリシアとクラウディが顔を上げた。


 どうやら皆さん私待ちみたいだったようです。


「ごめんごめん」

 悪いなと思いながらにへらと笑ってその場を濁そうとすれば、呆れた視線だけが返ってきた。


 うん、私にはこれぐらいが丁度いいや。


 パトリシアがお嫁に行くという事は、この光景を見るのも最後ということ。

 少し切なくなったけれど、それは私個人の都合なので涙は流さない。


「お兄様、行って参ります」

 確かな強さをその瞳に宿し、パトリシアが兄を見上げて告げた。


 無表情の中に、優しい瞳を覗かせながらジルは妹を見つめる。


 たった一つの季節を共にしただけだったけれど、この兄妹には関係なかったようだ。確かな絆を二人の間に見つけた気がした。


 この選択は、彼らにどのような影響を及ぼすのだろう。


 ただ分かっているのは、この世界の情勢に疎いただの一般人である私に口を挟む権利はないということだけ。


「今までの苦労をかけてすまなかった。これからは、心穏やかに、隣国で過ごせ。………お前が妹である事を、誇りに思う」

「お兄様!!」

 パトリシアが込み上げる涙を隠す様に兄の腰にしがみ付けば、誰からともなく啜り泣く声が聞こえてきた。


 感動と寂しさを詰め込んだ光景なのだから仕方がない。

 そういう私も涙腺が崩壊しそうで慌てて袖の裾で目元を拭った。


 パトリシアが馬車に乗り込んだのを見届けて、人々が動き出す。 

 ただ隣国へ国の使者として付いていくクラリスとセリムは、挨拶もそこそこに一つ後ろの馬車に乗り込んだ。


 国の状況が状況なだけに、あまり盛大に見送る事が出来ないらしい。 


「えーと、ジル………」

 馬車に乗り込む前に何かを言わなければと、ジルの前に立つが、言葉が浮かばない。


 未だこの国に残るか隣国に行くか決心が付いていないのだからそれも仕様がない事。


「い、行ってきます………」

 自信のなさからしぼんでいく私の言葉を前に、ジルはそっと目を伏せた。

「………さらばだ」

 あまりにも素っ気ない言葉に、何故か傷つく自分が居て、それを認めたくなくて急いでパトリシアの馬車に乗り込んだ。

 

 馬車が動き出す。

 赤い絨毯の上に立つジルと、その後ろに立つクラウディとエメの姿が遠くなっていく。



 

 ふと視線を上げれば、城壁の端に人影が見えた。そこには、微笑みを浮かべたヨハンが立っていた。








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