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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
革命編
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報われない想いの数々(第三者視点)

革命編からの話のタイトルを変えました。


 寝入ってしまった部屋の主を起こさぬよう細心の注意を払って静かに部屋から出てきた己の主に駆け寄って、エメは尋ねた。


「メイ様は?」

 ジルは静かにするように指示を出すとゆっくり首を振った。

「寝ている。………夢だと、思っているようだ」

「良いのですか」

 そう言って、エメははたと思い当たり、人知れず苦笑を漏らした。


 最近の自分は何度この言葉を繰り返しているのだろうかと。


「あぁ、そちらの方が、都合がいい」

 言いたい事すべてを呑み込んで主の言葉を聞いた紫と蓮の花を携えた彼女は、黙って唇を引き結ぶ。


 どれだけ自分が言い募っても己の意志を変えない主が憎らしくて、その不器用な生き方が愛おしくて、そして彼の存在が哀しい。


 そんなエメの気持ちを知ってか知らずか、ジルはエメを見つめて笑った。


「エメ、ありがとう。こんな俺の頼みを聞いてくれて」

「本当です。これっきりですからね、女人の部屋に夜中に忍び込むなんて」

 付き人の茶化す様な言い方に苦笑を漏らして彼は頷いた。

「あぁ、これが本当に最後の最後だ」


 一波乱を起こしてくれた令嬢が居なくなったことで平和を取り戻した今、芽衣子の部屋の前に護衛の騎士は居ない。

 真っ暗な廊下に、二つのひっそりとした息遣いだけが聞こえる。


「王?」

 急に黙り込んだジルを心配して見上げてくるエメに視線を向けて、彼はそっと彼女の頭に手を置いた。


 いつの間に、こんなに差が付いたのだろうか。

 あまりも沢山の事がありすぎて、ジルはいつ自分の身長がエメを越したのかさえ思い出せなかった。 


 自分は常に黒い空間に立っていて、その黒に塗りつぶされないように懸命に生きてきた。黒に染まった足元から影が這い上がってきて彼の喉元を締め付けるのだ。

 何故生きているのかと責め立てるように。絶望で心は死に、誰よりも自分を憎みながら。


 時々現れる黒以外の景色といえば、自分の居ない平和な世界で大事な人達が笑い合う光景だけ。

 それだけを支えに、彼はここまで来た。


 もう、後戻りをするつもりはない



 暗闇の中に浮かぶ蓮の花に笑いかけた。

「お前には、最後まで迷惑をかけるな。だが、俺は、お前の幸せも願っているよ。………姉さん」

「………っ!」

 乗せられていた温もりが消え、ジルの遠ざかっていく足音だけが聞こえる。


 呼び止めようとして、けれどかける言葉が見つからず、エメは目の前で祈るように手を結び額に擦りつけたままその場に崩れ落ちた。


 ジルは知らないだろう。

 芽衣子の部屋から出てきてからずっと、彼がどれだけ穏やかな顔をしていたか。


 到底、数日の間にその命を散らす人とは思えないほど澄み切った瞳と笑顔で居たのかを。




 どれぐらいそうしていたのだろうか。


「エメ」

「!」

 暗がりの中で必死に声を殺して泣いていたエメの肩に手が乗せられたかと思えば、思案気な声が降ってきた。


 はっと見上げて目に入ったのは金色の髪。

 彼女が、一番会いたくなかった人物だ。


「………セリム」


 ジル同様弟のように息子のように世話を焼き可愛がってきた男の子。


 いつからか尊敬以外の感情を彼から感じるようになって、エメはそっと距離を取るようになった。

 混乱の中で唯一といっていい気の置ける関係だった彼女を、きっと幼い彼は恋慕と勘違いしたのだとそう結論付けて、エメはセリムに目を覚ましてほしいと願った。


 それなのに、彼はこうして今も変わらない熱い視線を自分に向けてくる。


 要らないのだ。

 そんなもの。

 彼が大事にしてきたジルベルトを見殺しにするしかできない、無力な自分には。

 

「大丈夫?」

「えぇ、少し、考え事を」

「いつまでそうやって誤魔化すの?」

 セリムの翠の瞳が鬱陶しいほどに真っ直ぐで、彼女は瞳を合わせられない。


 ジルだけでなく、エメもまた、その心を薄暗いもので覆っていた。

 そんな彼女に、セリムという存在は眩しすぎる。


「このままだと風邪引くよ?」

 目の前で誰かが座り込む気配がし、次いで両肩に手を置かれ強制的に身体をそちらに向けさせられる。

 瞳一杯に移り込んできた青年が居た。


「………」

 エメは思わず目を瞬かせる。


 彼がこんなに大きくなっていたことに、気が付かなかった。

 掴んでくる両手の力強さや大きさは自分よりも何倍も強く大きく、目の前にぼんやりと見える胸元もまた自分を覆い隠してしまうほど。

 そうして思ったのは、どれだけ長い事セリムという存在を認識していなかったかということだった。


 きっとそんなエメの心を正しく理解したのだろう。


 金髪の青年は、泣く一歩手前で堪えているかのような歪んだ表情でエメを見つめつつ、こんなにも情けない表情の自分を曝け出さずに済む暗闇に感謝しながら首を傾げた。


「アナタが女性には優しくするように言ったからそうした。アナタと共にジルベルトを支えたいから宰相として頑張ってきた。………僕はもう、アナタが思うような子供じゃない」

 エメの息を詰める。

「セリム、様」

「今更、取り繕ってもだめだよ」


 己と同様に頑なに言い募る青年を前に、エメはようやく取り乱していた心に冷静さを取り戻す。

「何度も言っている通りです。貴方は分かっていない。一番近くにいたわたくしへの信愛の情をただ勘違いしているだけなのです」

「十年も、勘違いしてるって?………馬鹿にしないで」


 ゆらりとだが変わったセリムの声音と彼の纏う雰囲気に、自分が地雷を踏んだ事を確信したエメは会話に気を取られ力の無くなった両腕から素早く己の身体を抜き取るとさっと立ち上がった。


「エメ!」

「セリム様。お願いですから、わたくしの事は、もう」


 放って置いてください。

 声にならない一言を残して、彼女は走り去っていった。


 残されたセリムは、その手に残る愛おしい人のぬくもりを握りしめてその場に膝を付いたまま項垂れた。


 

 誰一人、その想いを告げられないまま、夜は静かに更け行く。






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