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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
革命編
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とある侍女の追憶(第三者視点)


 エメは、ジルが生まれた時にはすでに、彼の傍に居た。


 彼女に親兄妹は居なかった。物心ついたころから、彼女は一人だった。


 だから、突然目の前に現れた桃色の髪を靡かせた女性を、女神だと思ったとしても、それは仕方がないことだっただろう。

 名前の無かった彼女に、エメ、という名を授けたのは、ジルベルトの母リアーナ。


 リアーナに出会った時、彼女はすでに臨月で、それからすぐにジルベルトが生まれた。


 赤子の暖かさも、慈しむ母の姿も見たことが無かったエメにとって、それは自分が侵してはいけない領域だと思った。

 そうして距離置こうとしたエメを優しく迎え入れてくれたリアーナと、何も分からないながら自分に手を伸ばしてくる赤子に、齢七歳にして、彼女はすべてを捧げると決めたのだ。


 

 リアーナの不安定な立場を感じ取ったエメは、幼い自分の身体と心に喝を入れながら侍女としての技術を磨いた。

 自分の主が心を病み弱っていくのをどうすることも出来ずに見守りながら、自分にできる精一杯で、親子の世話をした。 

 そうすれば彼女はいつの間にか城の中でも指折りの技術を持つ侍女に成長していた。


 第二子の懐妊を聞かされた時、エメはリアーナに泣き縋って子供を手放すように進言した。でなければ、自身が儚くなってしまうと。


 しかし桃色の女神は、それを良しとはしなかった。


 弱っていたはずのその顔に、母の力強さを見た瞬間、彼女は思った。自分にできるのは、ただ彼女を支えるだけだと。


 王女パトリシアを出産して、リアーナは天へ還ってしまった。

 女神が本当の女神となってしまったのだ。


 寵愛していた側妃を亡くした王の嘆きは凄まじかったが、それをエメは自業自得だと覚めた目で眺めていた。


 上でどういった遣り取りがったのか、詳しい事は何も分からない。

 突然、赤子であったパトリシアは姿を消した。


 幽閉されたのだ。

 侍女の立場を駆使して手に入れた噂の中には、幼い王女に纏わる恐ろしい呪いの話もあった。馬鹿馬鹿しすぎる。あんな幼く弱い立場の子に何ができるというのか。


 王女を返す様に上に進言したエメに、王は取引を持ち掛けた。

 このままジルベルトの傍に居るか、それともこの城を去るか。


 王の言葉は絶対だった。

 その証拠に、パトリシアの身柄について再三進言していたこの国でも特に長い歴史を誇るエハテー公爵は、王に最後まで従わなかったことが災いして王都から追放されてしまったばかりだったのだ。


 エメにとって、ジルベルトがすべてだったから、彼女に残された選択肢は一つしかなかった。悲鳴を上げる胸を殺し、兄であるジルベルトの傍に居ると誓った。

 今まで幾度も兄妹や貴族に妨げられる彼を見てきたのだ、守ってきたのだ。リアーナに誓って。


 それほど、エメにとってジルベルトは唯一無二の存在であった。

 


 だから、芽衣子という人物が現れ、再び兄妹の絆を結び付けた時、心の底から安堵した。

 芽衣子とパトリシアと共に居られる間だけは、ジルベルトはただの少年で居られた。彼女が与えたくても与えられなかった平穏がそこにはあった。



 しかしそれも束の間の事。



 

 革命が起き、再び彼らはバラバラになる。


 芽衣子とパトリシアを戦火から守るため、混乱に陥るであろう城から逃がした数日後、芽衣子の遺髪だと彼が差し出してきた物を見て、全員が息を呑んだ。


 彼は泣き腫らした表情で、護衛が戻ってきた事、何者かによって芽衣子が殺され、パトリシアが誘拐されたことを知らされた。


 泣き崩れるクラリスと、無言で肩を震わせるセリム、そして目を片手で覆って動かなくなったクラウディ。

 彼らを眺めながら、エメも自分の瞳の奥が熱くなっていくのを感じていた。


 その熱が涙となって競り上がり、外へと零れ落ちる直前、彼女は一種の違和感を主から感じ取った。


 しかし、その違和感の正体が分からぬまま、彼らは革命の戦火から逃れるために逃げ惑う事になる。


 ヨハンの命を受けた神殿の関係者が彼らを匿わなければ、きっと命はなかっただろうと思うほどに、状況は混沌としていた。

 王族が見せしめのため処刑されていく状況に生じて、彼らは隣国であり、今最も勢力を伸ばしているティノールへと落ち延びた。

 王族であるヨハンもまた、国には居らず生き延びたと聞いた。




 

 それからしばらくしてのことだった。ジルベルトが王として国に戻ると言い出したのは。


「な、馬鹿を言うな!」

 家族の無事を確認するために国に戻ろうとしていたクラウディ、クラリス、そしてセリムの三人はもちろん止めた。


 ジルベルトは殺されるはずだった王族の一人だ。

 戻れば殺されるのは目に見えている。


「ティノールの力を借りる」

「なっ」

「俺が王となり国を治めることを条件に、協力してくれるとのことだ」

「そんなうまい話があるわけないだろ!」

 少し前まではジルベルトの後ろを付いて回っていた少年は、この混乱の中で少しずつ強くなっていた。

 臆することなく反対意見の声を張り上げる。


 ジルベルトが睨み付けるように彼を見ても、一瞬後ろへ下がろうとした己の足を叱咤してその場に留まれるほどには、セリムは成長していた。

 何度も生と死を掻い潜ってきた経験のお蔭でもあった。


 しかしそれは、ジルベルトも同じこと。


「もうすでに話は進めている。戻ることはできない」

 強引に話を終わらせ、ジルベルトはその場を立ち去った。


 残されたのは彼の傍に居ることを許されたまだ経験の浅い若者達。皆一斉に押し黙ったまま一様に俯いて唇を噛み締める。


 王子が経験してきたこれまでの事を思い起こすと、何も言えなくなかった。

 昔の面影が無くなり、心を閉ざしてしまった彼は疲れきっていた。

 その証拠に、最近は艶やかだった黒髪に白色が混じり始めていたのだから。



 

 数年の年月を経て隣国の後ろ盾を得た彼は、武力をもって革命の炎の燃え盛る国の頂点に返り咲くこととなった。

 



 城の一室にて静かに外を見つめるジルベルトの背後に付き従うように立つエメは、注意深くその姿を観察する。

 その青の瞳に穏やかな色はすでになく、凍った水だと誰かが評していた。何か、大事なモノを殺してしまったかのように。

 

 そこで、エメは唐突に分かった。

 前々から感じていた、違和感の正体に。


「ジルベルト様、わたくしの顔を、見てください」

「………なんだ、エメ、黙って立ってるかと思えば」

「わたくしの目を見てくださいませ」

「なんのつもりだ」

「いいですから!!」

 頑なに自分を見ようとしない彼の頬を掴み、強引に目を合わせた。

「「………」」

 しばし無言で睨み合う。


「なにを、企んでおいでですか」

 無言で耐えようとするジルベルトを見据えて、エメは言う。

「あなたは、わたくしのすべてです。誤魔化せるとでも、お思いでしたか」


 ようやく、ジルベルトが息をついた。まるで、降参だと白い旗を上げるかのような勢いで吐きだされた溜息に、嫌な予感を覚える。


「なぁ、エメ」

 自分の頬を掴んでいたエメの手をやんわりと外し、ジルベルトは再び窓の外へ視線を移す。


 革命の傷跡は深く、この国のすべてが荒れていた。昔と同じような景色を見るには、何年もの月日を必要とするだろう。


「俺は、この国が憎い。革命を引き起こしたこの国のすべてが。こんな国を作った王族が。………兄上がな笑いながら言っていたよ。俺の傷つく顔が見たいがために、メイコはな、殺されたんだ。パトリシアが居なくなったのも奴の計画の一つ。俺のせいで、二人は犠牲になった」

「!」

「俺は、俺が一番憎い」


 久方ぶりに、無の上に表情が乗る。それは、怒り。

 彼はすでに、己の死を見据えていた。


「皮肉にも、最後に残ったの王族は俺だけ。俺が殺したいほど憎い王族は、自分だけ。可笑しな話だろう?俺とこの国に復讐するにはとっておきの状況だ。………エメ、お前には見届けてもらいたい。俺が居なくなった後のこの地を。だから、絶対に、俺の後を追うなんてことはしてくれるなよ」


 思いもしなかった告白に、エメは目を見開いた。この人は、何を言っているのだろう。

 何度も瞬かせて己の主を凝視していた彼女は、自分の立ち位置もすべて忘れ、その場に崩れ落ちるようにへたり込む。

 そして、必死に手を伸ばしてジルベルトの膝に縋った。


「ジルベルト様っ!それは、あんまりではありませんか!わたくしがあなた失くしてどう生きろと!」

「………俺のせいで誰かが死ぬのは、もうごめんだ」

「ジルベルト様っ」

「で、ではっ!セリム様やクラリス様は!?あなたを守ってきたクラウディはどうなさるのですかっ!」

声を荒げるエメに、しかしジルベルトは儚い笑みを返すしかない。

「お前たちの将来はすべて大丈夫だ。信頼している人にお願いしてある。心配することはなにもない」


 ジルベルトは、彼女が自分が死んだ後、後追い自殺をするだろうとわかっていたのだろう。

 クラウディは平民で家族が居る。セリムとクラリスは貴族として帰る場所がある。

 しかし、孤児だったエメはジルベルトの母に救われジルに仕える今、彼しか居場所がなかった。だから、知られれば止められると分かっていて機密裏に進めてきたこの計画を、今更だが彼女に明かしたのだ。


「頼む。これが、ジルベルトとしての、俺の、最後の願いだ」


 ジルベルトからの命を、エメは今まで一度も違えたことなどなかった。



 最期の命だと主は言った。

 けれど、それは、あまりにも酷過ぎる願いだった。








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