己で守ると誓ったモノ
娘の愚かな行動の数々を餌に交渉を持ち掛け、後一歩で厄介な勢力を崩せるかと思ったところで、城からの便りを足に括り付けた鷹がその報せを持ってきた。
なにやら嫌な予感がしたジルベルトは、話し中である事を忘れ、すぐに窓辺に寄るとその足に付けられた手紙を手に取った。
その手紙を読むや否や、ジルベルトは素早くセリムを振り向く。
何も言わずとも主の次の行動を読むことの出来る優秀な側近は、苦笑いを浮かべた。
「いいよ、行ってきな。ここまで来たら、後は僕だけで大丈夫」
「すまん!」
そうして、二人の騎士を従えたジルベルトは、己に出来うるすべての力を出し切る勢いで城に向かって馬を走らせた。
城に戻ってきた彼は呼吸がままならず苦しみを訴える自分の心の臓の叫びを無視して性急に足を進める。途中、馬を全力で走らせた事もあって、両足が鉛のように重くなった瞬間もあったものの、誰にもそれを悟らせることなく道を急いだ。
王の急な帰還に驚きを隠せずに居る騎士達を横目に、ジルベルトは急ぐ。
王座の間の扉の前に辿りつけば、城の直属の者ではない騎士達が扉の前に並んでおり、王の顔を見るや否や、面白いほどに狼狽に表情を見せた。
「どけ」
王の射殺さんばかりの視線と、魔王並みの低い威圧感のある声に、騎士達は無言で降伏するしかなかった。
すぐに扉は開かれた。
見えたのは、大臣の恐怖に彩られた顔と、エカテリーナがしゃがみ込んでいる姿。その傍には騎士の背中がある。
大臣を見据える顔は逸らさず、横目で素早く状況把握を試みる。
自分の大事な側近達や幼馴染、妹は何故か騎士達にその身を取り押さえられており、瞬時に王は悟った。
大体の事情はあの手紙に記されていた。
差出人はクラウディとエメ。
芽衣子の身に何かが起こったのだと報せが届いたと同時に、彼らはジルベルトに報せを送っていたのである。
今までの令嬢の芽衣子を目の敵にした行動と、大臣の立ち位置を考えれば、おのずとその真意は見えてくるというもの。
「これは、どういうことだ」
大臣をひたと見据えたその姿は、この国に再び舞い戻った時のあの阿修羅の姿を彷彿をさせるモノ。
「お、王。こ、これはです、ね」
先ほどまで余裕綽々で事を進めていた大臣は、自分なんかよりもよほど年若いはずの王を目の前にした今、その姿を先ほどとは打って変わってまるで悪さのばれた子供のようなバツの悪い表情に変え、言葉を紡ごうとしていた。
「ジルベルト様!!」
すべてのやり取りを遮るようにエカテリーナ嬢が、涙を浮かべながらジルベルトの元へ走り寄る。
「わたくし、わたくし………殺されそうに、なったんですっ。あぁ、なんて恐ろしかったことかっ!」
己の腕にしがみ付き、弱弱しい表情で見上げてくるエカテリーナの茶色の瞳が、涙で覆われていく。その光の反射によって、それはガラスケースに入れられた結晶のような危うささえ訴えてくる。
「あの方が………メイ様がっ、わたくしに毒をっ!」
必死に言い募るエカテリーナだったが、ジルベルトはそれを冷めた瞳で見下ろしていた。
愛らしい人だと評される麗しの令嬢を目の前にしても、何も心に響かない。これが、愛情の違いというやつか。
ジルベルトは無表情の裏で驚いていた。
芽衣子は前に言っていた。
人生とは、積み重ねだと。
あの時こうしてればよかった、あぁしていればよかった、なんて、結局起こった後でしか知りえない。
一生そんな思いをしないで生きていける人間も確かにこの世にいるのだろう。
だけど、悲しいかな。自分はそんなに運の良い星の元には生まれてこなかったらしい。
ならば、こうして芽衣子を陥れようとしたエカテリーナ姫をこの城に呼んだ自分を恨むより、彼女によってもたらされたこの機会を己の償いのために使うことにしよう。
「悪いが」
ジルベルトは取りすがる姫から無言で自分の腕を引き抜く。
凍った瞳を受け止めた令嬢の顔が、恐怖に引き攣り始めたのを興味なさげに一瞥したジルベルトは、そのまま真っ直ぐに歩みを進める。
誰もが、王の行動に注目していた。
白髪の王はすぐにその身体を、腕を捻りあげられて痛みに朦朧とする芽衣子の前に滑り込ませると、芽衣子を拘束する騎士からその身体を奪い取った。
背中の服が肌蹴け、赤い蚯蚓腫れのようになった彼女の傷が見える。
「………っ」
誰にも知られぬほど小さく唇を噛み締めた王は、痛みで右も左も分からない状態の芽衣子に、纏っていたマントをその身体に巻きつけた。
それはまるでこの世のすべてのものから守ろうかとするかのような繊細な手つきであった。
壊れ物に触れるように、恐ろしいほど優しい手つきで彼女を横抱きに抱え上げた彼は言い放つ。
「この世のすべてを敵に回しても、俺は彼女を守ると誓った。誰であろうと何であろうと、メイコを傷つける者は俺が許さない。この人に刃を向けることは、この俺、ジルベルト=アシル・オージェに向けるモノと思え」
それは、とんでもないほど芽衣子を傷つけてしまった過去の自分に対しての言葉でもあった。
「で、ですがこの女は罪人です!!わたくしに毒を盛り、亡き者にしようとした!!」
王の迫力に呑み込まれ、一瞬にして静まり返ったその場で、それでも声を上げる者が居た。
赤毛の令嬢、エカテリーナその人である。
芽衣子をしっかり抱え上げたまま、ジルベルトは令嬢を睨み付ける。
「証拠は?」
「証拠はすでに彼女の部屋から発見されています!!」
「そ、それに彼女の無実を証明できる人間は居ないですぞ!」
令嬢の言葉に奮い立たされたのか、怯えるように身体を震わせていた大臣が再び口を挟む。
「それになにより!!」
後のないエカテリーナ嬢はもう形振り構うことなく、ただどうにか自分が有利に立つようにすべての情報を明け渡すように口を動かした。
「この娘は傷物です!このような者では、ジルベルト様の妃は務まるはずがありません!」
「………そんなもの、関係はない。誰も、この国の妃にはなりえない」
ジルベルトが不機嫌さを隠すこともなくエカテリーナの言葉をぶった切った。
「あーら、なーに?随分、面白いことになってるわねぇ」
王以外に自分達の邪魔をするものはいないだろうと判断し、強気にでたエカテリーナと大臣の予想は大きく裏切られることになる。
再度大きく開いた扉。
そして聞こえたのは、この緊迫した場にそぐわないどこかこの状況を面白がる高音だった。
一同がはっと振り返れば、黒髪の女性と大男と評されるに相応しい男が扉の開け放し立っていた。その男の片側には、いつの前にか姿を消していた先刻の城の侍女が居る。
泣き腫らしたその顔は、けれどつい先ほどまで見せていた怯えはなく、逆に強い意志が見えた。
「あ、あなた!!」
エカテリーナが叫んだ。その声には少しの恐れもかいまみえた。
まるで、自分にとって不都合な事が起こってしまったかのように。
しかし大臣はまた違った恐怖を味わっていた。
急に姿を現した黒髪の女性。
その瞳は真っ青な空を思わせる色。
王家の人間のみが、持つことを許された、色。
「メイは私達と共に居たわ。それこそ、昼間頃までね。私達二人がその証言者よ。………それとも、私の言葉が信用できないとでも?デュラン・ガーリア」
今度こそ、大臣は完全な敗北を認め床にくずおれた。
「………アリシア―ナ、殿下」
「ふふふ、なんて懐かしい響きかしら」
黒髪の女性―――二十年以上も前に城を去った時とまったく変わらぬその姿で、アリシアは優雅に笑って見せた。




