時に秘め事は新たな悲しみを生むのだと
部屋に足を踏み入れ、背後で扉を閉めたのを確認した後、私はどっと押し寄せてきた身体の疲れに逆らえず、ソファーの上に身を投げるように座り込んだ。
「二人共、ありがとね。またあの牢屋に行かなくちゃいけない所だったわ」
地味に痛み出した腕をさり気ない動作でスカーフで巻きながら、あえてのほほんとした笑顔で会話を切り出してみる。
騎士達の無体な対応は、ようやく痛みが引いていた私の傷を刺激するには十分のものだった。なんといっても、つい先刻告げられたアリシア様の忠告をすべて無視した行動だったし、しょうがない。
「納得が行きません。何故メイ様を?」
エメは眉を顰めたままソファの前に立ったまま口を開けた。
クラウディもまた、その横に突っ立ったままままだ。
「俺達は、お前がやったとは思ってない。………メイ、昼間何をしてたか、正直に言ってくれないか」
昼間の説明をするということ。
そおれはつまり、私の傷の説明もしなければいけないということ。
外は夕焼けの光で染まり始めている。
クラウディとエメの必死さを押し込めたような瞳と、悲痛を帯びた表情が鮮やかな朱色に染まる。
「………」
音も無く溜息をついた。
潮時のようだ。
私はスカーフを取って、ドレスの袖を限界まで捲って見せた。
長袖のドレスではあったけれど、腕の傷がギリギリ見えるところまで見せられるくらいにはゆったりとしたつくりになっている。。
身を捩り、傷を空気中に晒した。
「そ、それは!」
今、傷は赤くなってしまっていることだろう。
ジンジンと疼く感じからするに、洋服で擦れてしまっているのだ。包帯をとってしまったのが、今日に限って仇になってしまったようである。
「あの日、私は確かに殺されかけたの。………後ろから、護衛の人達に斬られて」
「「!?」」
二人の表情がみるみる青くなっていった。
予想した通り、彼らはこの事を知らないようだった。
「これは、あの時の傷。腕から腰まで続く切り傷は、十年間痛み続けてね、中でも冬はかなりきついの。それでも、村に居た時は助けてくれたお医者様達のお蔭でなんとかなったのよ」
「で、は。今日、お会いしていたという、お医者様という、のは」
エメの蓮の瞳が、涙に覆われていく様を見せつけられた。
やっぱり、泣かせてしまったか。
袖を元に戻し、頷く。
「傷の事を心配したパトリシアが、探し出してくれたの。でも、城の人達には知られたくないみたいで、隠してた」
ごめんね、と頭を下げれば突然エメとクラウディが床に土下座をするような形で倒れ伏してしまった。
「え、えぇぇ!」
突然の行動に驚いてソファーから立ち上がり、彼らの傍に駆け寄った。
「ど、どうしたの、なんで土下座なんか」
同じように膝を付き彼らの表情を窺えば、大の大人二人が唇を食いしばって苦しそうな顔をしているではないか。
不覚にもぎょっと、目を見開く。
「どうしてメイ様がこんな事をっ」
さめざめと泣くエメの隣で、クラウディは呆然自失の状態だ。
「な、ぜ、教えて、くれなかった」
大人の男、クラウディの頬を、一筋の雫が伝う。
胸が張り裂けそうになった。
これ以上、みんなが己を責めないように、黙っておくことにした傷の事。けれど、言わない事がまた人を苦しめるのだと、彼らの表情が物語っていた。
脳裏にふと蘇ったのは、十年前に寝不足で倒れた時の事。
あの時も、みんなに余計な不安をかけてしまったっけ。
私、また同じことしてたね。
「………ご、めん。これ以上、みんなを、追い詰めたく、なくて。でも、間違ってた。いえば、よかったね」
痛いなら、痛いと。
苦しいなら、苦しいと。
この人達は、私の事を大事に思ってくれているのだから、きちんと伝えればよかったのだ。
「メイ様、もう隠し事はございませんか!!?」
エメが泣き顔をそのままに私に向かって身を乗り出してくる。
「う、うん。もう、ないと思う」
その勢いに少し身を引きながら答えれば、二人の顔から悲痛な表情が消え、変わりに強い瞳が蘇った。
「なら、メイの無実を証明するにはその医者たちを探せばいいわけだな」
すばやく状況を整理する辺り、彼もまたこの城を任された騎士なのだと納得させられた。
冷静さを幾分か取戻し、私はクラウディに頷き返す。
「うん。でも私は知らないから、パトリシアに聞かないと」
「もうそろそろ、会食は終わるはずですが………」」
エメが言葉を切った所で、何やら扉の向こうが騒々しくなったようだ。
「お母さん!!!」
「メイ!!!」
ナイスなタイミングで、娘と親友の登場。
後ろには、二人の女性の勢いにタジタジとなったであろう騎士達の姿もある。
エリオットもそんな二人の後ろから心配そうに顔を出してこちらを窺っていた。隣国からの客人である以上、下手に動かない方がいいと思っての行動だとすぐに分かった。
「あ、パトリシア、クラリス」
思わずいつもの調子で声をかければ、目をどこぞの鬼の如くキリっと吊り上げた二人が、ズカズカと部屋の中に乗り込んでいた。
床に膝を立てた状態で座り込んでいた私とクラウディ、エメは急いで立ち上がってそんな彼らを出迎えれば、二人の少女に胸倉を掴まれる勢いで責め立てられる。
「あ、じゃないわ、あ!じゃ!!!」
「どうして貴女はいつもいつもこんな事に巻き込まれていますの!?」
「えー、私のせい?」
そんな事言われても、私、本当に何にもしてないし。
エメが代表してこれまでの事を掻い摘んで説明する。
説明をすればするだけ周りの人間達の纏う温度が下がっていき、遂には氷点下に達したようでその寒さに身震いをしてしまった。
「パトリシア、アリシア様達がどこか、わかる?」
パトリシアの表情が、怒りの吊り目から一転、眉がハの字になった。
「………今日の診察の後に、この城を出るって、仰ってたの。伝達は送れても、今どこにいるかまでは」
「すぐには、呼び出せない、と」
エリオットが渋い顔をした。
「で、でも!わたしの証言があればなんとか」
パトリシアが声を上げるが、クラリスとクラウディが首を振った。
「毒そのものがメイの部屋から出てきてしまった以上、真犯人の供述なければ、立証は難しいですわ。パトリシアは、元よりメイの味方。嘘の発言で守ろうとしていると捉えられても仕方がないでしょう」
「そ、そんな………」
六人の人間が難しい顔で顔を突き合わせる。
「これは、ジルベルトに早くお帰り頂くしか」
「そう、ですわね。それまで、メイの傍に我々が居れば」
「その必要はありません」
開け放したままの扉の方から、まったく違う声が飛んできた。
そこには、大臣がいけ好かない薄ら笑いを浮かべて立っていた。
背後に、落ち着かない様子で身体を小さく左右に揺らしながらこちらを窺うように見つめてくるエカテリーナ嬢を引き連れて。
サブタイトルを考えるのが非常に大変です。。。汗




