あるはずのない証拠の出処
私の上げた声とまるで示し合せたかのようなタイミングで、またしても扉が開かれる。
それは、エカテリーナ嬢の侍女メルシーと小柄な少女。服装からして、この城の侍女のようだ。
「お嬢様はなんとか一命を取り留めましたっ」
泣きそうなその様子いつもの強気な姿は見当たらず、ただ事ではないことが起きたことだけはわかった。
「そうか。それはよかった」
大臣もほっと息を漏らしている。
もちろん、変な容疑を掛けられている私達としてはまったくほっとできる要素はないので、眉を寄せた表情は緩めない。
「エカテリーナ嬢に何か?」
エメが恐る恐ると言った体で聞く。
そうするとメルシーがきっと顔をこちらに向けた。
「何が、ですって!それはそちらの女性に聞いてくださるのが一番よろしいのではないでしょうか!」
エメとクラウディが私を向くけど、首を振って見せた。
「いや、何がなにやら」
「白々しい!我がお嬢様は毒を飲み倒れられました!それは、今日のお昼時に起きたことです。あなた!あなたが、この子にお願いして茶器に触ったことは確認済みですよ!」
いやいやいや。
そもそもあのお嬢様のお茶の時間とか把握してないし。
しかもお昼時ということは、私はアリシア様達と居たのだ。アリバイはある。
「では、メイ様。お聞きしましょう、あなたはお昼時、どちらに?」
「………」
大臣の問いに、思わず視線を泳がせてしまった。
アリシア様とクルト様と居た。
でも、二人の事を言ってもいいのだろうか。
彼らは、誰にも会わないように行動しているようだった。私の無実が晴れても、もし二人が何かの罪に問われてしまったら。
「おやおや」
言葉に詰まった私を見下す蛇のような厭らしい目が笑った。
「言えないようですねぇ」
クラウディとエメは心配そうに私を見つめてくるだけだ。まぁ、容疑者候補である私が口を噤んでしまった今、それは仕方のないことなのだが。
「で、でも私はやってません!というか、毒なんて持ってませんし!」
そう。ただの城の客人である私が、どうやってそんなものを手に入れるというのか。アリバイというよりはむしろ、身の潔癖を主張した方が早い気がする。
それでも、大臣の薄ら笑いは消えることはなかった。
「それでは、確認しに行きましょうか。あなたの部屋へ」
「え?」
こうして、大臣を筆頭に、メルシーや侍女が続き、クラウディとエメに守られるように私も自分の部屋へと向かって歩いていた。
時々メルシーの射殺さんばかりの視線を感じるが無視を決め込む。
別館で行われているであろう会食のため、ほとんど人影はない。
本来ならエメもクラウディも持ち場を離れてはいけないはずなのに、どうしてかここに居る。それはとてもありがたいことだった。
きっと、クラリスやパトリシア、エリオットはこの事を知らないのだろう。
渡り廊下を渡れば、部屋はすぐそこだった。
部屋の扉の前で立ち止まった大臣は私を見る。
「開けてもよろしいですかな?罪を認めるなら今ですよ。自ら罪を認めれば、まだ寛大な処置で済ませましょう」
まるで誘導尋問のようなそれに腹が立った。
もちろん、まったく後ろ暗い思いのない私はしっかり正面から大臣を見据えて首を振る。
「私は何もしていないのに、何を認めろと?」
しばらくお互いの瞳を見据えていた私と彼であったが、先に逸らしたのは大臣の方だった。
部屋の扉を無遠慮にも大きく開け放つ。
そして後ろから付いてきていた騎士達を、顎をしゃくることで部屋の中へ誘導し、彼らは言われた通り部屋の中を探り始めた。
一応自分の部屋として生活していたのだから、この光景があまり気持ちのよいものではない。
知らず知らずの内に、眉を顰めてしまっていたようだ。
気が付けば眉間が酷く凝ったように引き攣る。
斜め前に佇むメルシーは厳しい目で私を見据えたまま逸らすことはないし、侍女の女の子は顔を真っ青にして気を保つのに必死のようだ。
エメは両の手で私の両肩を支えてくれていた。
クラウディは騎士達が可笑しな真似をしないよう共に部屋の中に居り、厳しい顔をしたまま部屋の中を見渡している。
「だ、大臣!これが!!」
クローゼットの中を物色していた一人の騎士が声を上げた。
その手の中にあるのは、まったく見覚えのない小さなガラスの小瓶。彼の手の中で紫の液体がユラユラ揺れている。
「なっ!まさか!?」
クラウディが驚愕に目を見開き、すぐさま騎士の手から小瓶を引っ掴むと蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
彼の顔が蒼白を通り越して青に染まっていく。
それは、この先の展開を物語っているといっても過言ではない。
「おやおや」
どうやらこれが、大臣の口癖らしい。
「ほらごらんなさい!!この方は我がお嬢様が疎ましくなったのです!ですからお嬢様を亡き者にしようとっ!大臣殿、早くこの無礼者に刑を!」
メルシーがここぞとばかりに言大臣に詰め寄った。
大臣は左手を右肘に添え、右手で顎を支えながら思案気な顔付きになった。けれど私には、それがどうにも胡散臭く感じる。
まるで、結果は分かっているのに、演技をしている意地の悪い人間の顔つき。
「そうですねぇ。王の婚約者である令嬢を毒殺しようとした。それは、酷く重い罪になる。すぐさま処刑、にしても、文句はいえませんねぇ」
「ま、待て!これは何かの間違いだ!」
「そうです!メイ様がこんな事をなさる謂れがありません!!」
クラウディとエメは私の援護のために声を張り上げた。
なんかすごいカオスな事になってる。
そして当事者の私といえば、ひどく冷静に状況を見つめていた。
三度ならず四度までも、こんな風に事件に巻き込まれるとは思わなくて、なんだか現実味がないのだ。
「メイ様が、お昼時の自身の行動をお聞かせくださらないばかりか、部屋に毒まで所持していた。これ以上の証拠が要りますか?」
大臣は確実に私を標的にしている。
さぁ、どうやって身の潔癖を晴らそうか。このままでは私はまた死に向かって一直線に突き進まなくてはいけなくなる。
そろそろ私の強運を底を尽きるぞ。
しばし頭を巡らした。
「パトリシアとエリオットに話を聞けばわかります」
「なんですと?」
「あの二人なら、あの時間私が何をしていたか証明してくれるはずです。私は、二人の医者と共に居ましたから」
アリシア様とクルト様の存在を知らさなくても、こうすれば少しは信憑性が増すはずだ。
見れば、少し虚を突かれたように、一瞬だけ大臣の片眉が飛び上ったようだった。
「お二人に、ですか。しかし彼らは今忙しい。どうにも弁護をお願いできそうにありませんな」
「わたくしがお願いして参ります!」
エメが駈け出そうとすれば、騎士がすぐさま行く手を塞ぎ、大臣が首を振る。
「いえいえ、それには及びません。とりあえず、メイ様には牢に入っていただきましょう。毒殺未遂の容疑者だ」
「大臣。あんたにその権限はないはずだ」
「王や宰相が居ない今、この城の権限は大臣である私にある。総隊長、あなたよりも余程ね。あなた方は王の側近だが、王が居ない今その力はあまりにも無力。………仮初の権力をお忘れか」
「っ」
クラウディが苦しそうに唇を噛んだ。後ろに私とエメを庇ったまま、それでも、その目は真正面から大臣を見据えたまま逸らさない。
仮初の権力とは、どういうことだろう。
疑問が頭を過った。
でも今は、それどころではない。
「いいえ、大臣、何があろうとこの方を牢へ連れて行く事はあってはなりません。少しでもこの方に無体な事をなされば、すぐにわたくし達が動きましょう」
「これは侍女長殿、あなたも自分の立場というモノが」
「この城に置いて、権力だけが力だと過信されては困りますね。わたくし達が、本当に無力だとでも?王と共に再びこの城に返り咲いた我らを、見縊っては困ります」
ざわりとその場が不穏な空気に覆われた。
気が付けば全身に鳥肌が立つほどの異様な空気。
一歩踏み出し、クラウディと並び立ったエメの表情は見えないが、その声はどこか狂気じみた笑いさえ帯びているように聞こえる。
クラウディが一歩後ろに引いた所を見ると、私の予想はあまり外れてはいないようだ。
「で、では、仕方がない。とりあえずパトリシア殿下とエリオット王子にも話を聞く事に致しましょう。それまでは、メイ様にはこの部屋から出ることを禁じます」
それだけ言い終えると、大臣は走り去るようにその場を去っていった。
その後を、メルシーと侍女が追う。
あ、エメの恐ろしさに怖くなって逃げ出したな。
残されたのは私とクラウディ、エメと数名の見張りのために残った騎士達のみ。




