密かに伸ばされる策略の魔の手
アリシア様とクルト様の行う往診の日、私はこれまでの嫌がらせの件を二人に語ってみせた。
「貴族のお嬢様って、難しいんですね。色々」
最後を溜息で締めくくれば、包帯を外し終えたアリシア様が苦笑を漏らす。
「この国は特に、そうね。過保護なのよ、親が」
「クラリスで慣れていたから、逆に驚きですよ」
更に返せば、無言の笑いだけが返ってきた。
手にした包帯を器用にクルクル巻いていたアリシア様は、私の背中を凝視しつつ何度か頷くように頭を揺らす。
「少しは赤味も取れてきたわね。痛みはどう?」
「だいぶ無くなったと思います」
上着を着て、軽く肩を動かす。
腕も、思ったより上がるようになった。
「一応、薬で抑えてるけど、まだしばらく安静にしておいてね。変な方向に腕を動かしたり、急な動きは絶対にだめよ」
「はーい」
ほんと、アリシア様さまクルト様さまだ。
クルト様が最後の仕上げとでもいうように私の手と肘に自分の手を添えると、小刻みに動かし始めた。
彼は、日本の世界でいう理学療法士のように専門的なマッサージもしてくれるのである。
この体系でびっくりだよね。
けれどその手付きは驚くほど繊細で柔らかい。
二重でびっくりですよね。
頭の中では大変失礼な事を考えつつ、黙ってクルト様のされるがままになる。
腕の傷のせいで、酷い筋肉の凝りに悩まされている時、このマッサージはとっても気持ちがいい。軽く眠っちゃうくらいにはリラックスできるのだ。
そんなこんなで、今回も軽く眠りの森の道を熊さんに先導されるがままに歩き出していたようである。
軽く右肩を揺さぶられ、目を開ければクルト様のドアップ。
「わっ!」
少し悲しそうな顔をされてしまった。
違うよ、あなたの顔に驚いたわけじゃないよ。
「………終わった」
「ありがとうございます。クルト様。やっぱりとても気持ちがいいです」
軽い頷きだけが返ってきたけれど、その瞳は褒められて照れているのか暖かな光が燈っていた。
「アリシア様達は、お城にはいつまで?」
というか、どうやっていつも侵入しているのだろう。
城の警備、甘すぎない?
軽い疑問だけど、彼らの事はあまり突っ込まない方が良いと野生の本能が働いたので、開いた口をまた閉じる。
「これだけ長い間生きてると、色々あるのよ」
思った通り、軽く流されてしまいました。
丁寧にお礼を言って、私はアリシア様達とは別れた。
一昨日から、ジルとセリムくんは城を離れている。
なんでも、ずっと追っていた悪い奴を捕まえる絶好の機会を見つけたらしい。後数日は帰ってこられないと言っていた。
そして今日は、パトリシア、エリオット、そして公爵令嬢であるクラリスも含めたこの国の主だった人達の会食が行われる。エメもクラウディも用意に忙しそうだ。
私も誘われたけれど、輿入れの準備があるといって断った。
準備は終盤に差し掛かっていたので、忙しいのは本当。
衣装はほぼほぼ揃ったし、輿入れ道具は発注して後は到着するのを待つだけ。残っているのは細々としたもの。例えば、化粧道具だったり、鏡だったり。
それらも、侍女達と連日物に目を通しては白熱した会話を繰り広げているのだ。
けれど、今日は珍しくそういった用事もない、私が一人になれる日だった。
お昼間までアリシア様達と居たのだが、その後は自由。
なので、久々にこの間パトリシア達とティータイムを過ごした温室に向かう事にした。
それが大きな間違いだったと思い知るのは、温室で一人ゆったりと咲き誇る花々を眺めている時だった。
突然沢山の人間の足音が決して大きくはない温室に響き渡った。
「?」
膝を付き、低い位置に咲き誇る紫の花を見ていた私が暢気に首を傾げた時には、すでに五人ほどの騎士の人達に囲まれていた。
けれど一目で分かったことがある。
彼らは、城の騎士ではない。
エカテリーナ嬢が領地から連れてきた護衛騎士達だ。
彼らの纏う固い気配と剣呑な面差しから、あまり良い報せでない事は一目瞭然だ。
あ、なんかデジャヴ。
「ちょ!な、なに!?」
いきなり両腕を後ろで縛り上げられる。
私が咄嗟に上げた声を丸っと無視して彼らは動く。
「早くしろ」
騎士の人達は腕を縛られたことでうまくバランスを取れなくなった私の肩を小突きながら先に進むよう促してきた。
「………っ」
アリシア様の前回の忠告をまったく無視したこの行動は、折角良くなりかけていた私の身体を問答無用で痛みつけてくる。
唇を噛んで、やり過ごすしか方法はなかった。
そうして連れてこられたのは、見覚えのありすぎる扉の前。
開いた先に広がるのは赤い絨毯で、視界に入ってくるのは色とりどりのスタンドガラス。
けれど前回とは違い、王座の椅子には誰も座っていない。ただ、その前に初老の厳つい顔をした男性が立っているだけだ。
「連れてまいりました!」
騎士の一人がそう彼に声をかけると、立っていた私の肩を思いっきり前に突き飛ばす。
なんの支えもなく、私はまるで糸を切られたマリオネット人形のように無様に顔から絨毯に転がるしか出来なかった。
「ちょ、どういうこと」
腕を後ろで縛られているので、満足に身体は動かせない。どうにか顔を上げれば、先ほど見た初老の男性がすぐ傍に立って私を見下ろしていることに気がつく。
蛇のような、とても気持ちの悪い目と視線が合わさった。
ぞわりと、身体中の毛が逆立つ。
あ、これ、結構やばい奴。
「これはこれは」
男が何かを言おうと口を開いた直後、閉じられて王の間の扉が音を立てて開かれる。かなり勢いよく開いたそこから飛び込んできたのは、よほど焦っていたのか荒く肩で呼吸をするクラウディとエメ。
「大臣!これはどういうことだ!!」
「メイ様!?なんということを!」
私と同じように状況を理解できていないのだろう二人もまた、驚愕に目を見開いたままだが、それでもすぐに私に走り寄り抱き起してくてる。ついでに腕の縄を解いてくれた。
守るように背後に庇ってくれるクラウディと、私の肩を抱いて傍に寄り添ってくれるエメ。
少しだけ、ほっとした。
王の側近二人に真正面から睨まれているにも関わらず、大臣と呼ばれたその男性は顰め面を緩めることなく三人を見つめる。
「おや、お聞きしていないのですかな。彼女は、バルトラル伯爵令嬢を毒殺しようとした容疑をかけられている」
「ど、毒殺!?」
物騒な響きに、場違いにもほどがある素っ頓狂な悲鳴を上げた私の事をどうか許してください。




