赤髪令嬢の真の思惑
彼女にとって、彼は永遠の王子様だった。
自分の持つ赤毛のせいでからかわれ続けてきたエカテリーナは、自分の髪を見ても笑わずに居てくれた初めての少年に、一瞬で恋に落ちた。
人に強さを与える炎の色だと褒められて、夢中になった。
たった一回の邂逅だったそれは、十何年経っても彼女の恋心を弱くさせることはなかく、王子様である彼と釣り合うように、身も心も磨いたつもりだった。
花をも恥じる美しい姫と領内で褒め称えられた。
物語りの中に居る姫のように、皆から愛され守られ、そしていつか王子が迎えに来てくれるのだと信じて疑わなかった。
途中で王族がすべて処刑されたと知らされ、肝が冷えた時もあったけれど、彼だけは生き延び、再び王として国に返り咲いたと聞かされた時は、運命とさえ思えたのだ。
貴族として生き延びた自分と、王として戻ってきた彼。
父に呼び出され、婚約者の話を聞かされた時、天にも昇る思いだった。
「エカテリーナ、お前の望み通り、ジルベルト陛下との婚約が決まりそうだ。ここまで漕ぎつけた父に感謝しろ」
「お父様!!」
まさに物語りの姫のように、自分に訪れる幸せに酔いしれていた彼女はその時の父の表情を見ていなかった。
その、蛇のような恐ろしいほど醜い顔に。
「………なんとしても陛下の寵愛を得ろ。父のために、な」
「はい!」
父の本当の思惑も知らぬまま、彼女は憧れの人を再会する。
婚約者候補として城に迎え入れられ、ジルベルトと再び対面した時、彼女が王妃として彼の隣に立つ己の姿をはっきりと確認した。
はずだったのだ。
自分が主人公であるはずの物語りに、居てはならない人間が入ってきたことに、エカテリーナはすぐに気が付いた。
「メイ様!」
ここ数日聞き慣れた名前に、反射的に視線を向ける。
そこには、ジルベルトが姉と慕うメイド長と、同じくジルベルトと苦楽を共にした幼馴染の令嬢が居り、そんな彼女達に挟まれるように立つ黒髪の女性の姿があった。
楽しそうに語らう彼らの場所に、エカテリーナの入る隙はありそうにない。
そこに居るべきは、自分のはずなのに、何故、知らぬ女が横取りしているのか。
ジルベルトと生涯を共にするということは、ジルベルトの側近達とも一緒に過ごすということ。つまり、彼女らはあの女ではなく、自分と仲良くしなければいけないのだ。
未来の王妃になるであろう自分に取り入ることなく、何故地位も何もないあの女と笑い合うのか、エカテリーナには理解できなかった。
しかし、こんな風に考える自分は決して外に出してはいけない。
だから、部屋の中で一滴の涙を零し呟いて見せた。
「ワタクシは、歓迎されていないのかしら」
と。
そうすれば、自分を盲目に崇め称える侍女達が行動を起こすだろう。
次の日には、彼女達からの抗議が行われたようだ。
王直々に、散歩のお誘いが来た。
とうに冬を迎えた城の庭園は冬支度のために整えられていて、決して美しいとはいえなかった。それどころか、どこか寂しさや侘しさを覚えさせる光景。
けれどエカテリーナにとってはそんな事などどうでもよく、ただ隣にジルベルトがいるだけで十分だった。
「ジルベルト様、ワタクシ、刺繍が得意なんです。今、心を込めてあなたに渡すハンカチーフを作っているんですよ」
「………そうか」
言葉を交わせている。
自分と彼だけの世界。
ふと、ジルベルトの視線がどこか遠くを見ている事に気が付いた。
視線を追いかけて見つけたのは、黒髪の女性。
「ジルベルト、様?」
視線に含まれた狂おしいほどの愛情に、気づかないわけがなかった。
それは、ジルベルトを想いながら鏡の前に立つ己を見返すものと、まったく同じだったから。
「なんだ」
はっとしたように自分を見つめる彼の視線は、何もない氷の結晶のよう。
『あの人は、私の物語りに居てはいけない人。いいえ、ワタクシとジルベルト様の恋の邪魔をする悪役ですから、きちんと退場してもらわないと』
だからエカテリーナは物語りの主人公として、悪役であるメイという人物を排除することに決めた。
それとなく侍女達に芽衣子の存在を伝えると、彼女達は面白い位に憤り、すぐに協力してくれた。
微笑む自分の顔が、父のように歪んでいることに気づけないまま、エカテリーナは行動を始めた。
まずは、嫌がらせの贈り物。
しかしこれは、王女と隣国の王子によって止められる。
その後も色々と試したが、警戒されたため計画は呆気なく潰えることとなった。
次は廊下でぶつかり転ばされるというもの。
運よく公爵令嬢に出くわすものの、彼女は悪役の味方で取り繕う暇もない。
最後の手として、大勢の人が居る前で彼女の非を喚いて見せれば、王の側近達からの冷たい視線を浴びせられた。
退場させられたのは、悪役ではなく、主人公の自分。
何かがおかしい。
どうして彼女が自分の居るべき場所に平然と居られるのか。
焦りを覚え始めたエカテリーナに、追い打ちをかけるような出来事が起こった。
ある日王に呼び出された。
久々に会える事に胸を高鳴らせ、自分を思う存分着飾って部屋へ向かった。
けれどそこに居たのは、冷え冷えとした視線を自分に向けてくる愛しい人だった。
わけがわからず首を傾げれば、その寒さはより一層冷やかなものに変わったようだ。
「俺が、何も知らないとでも思っていたか」
開口一番彼が言った言葉は、エカテリーナが想像していたものとはかけ離れたもので、ただ黙って瞬きを繰り返す。
「見くびられたモノだな。ここは、俺の城だ。お前がしていることは、筒抜けだ」
「………え」
エカテリーナに弁解を与える暇もなく、王は言葉を紡ぐ。
その隣に居るのは、同じく冷たい目をした側近達。
これは、彼女は望んだものでは、決して、ない。
「婚約者候補の分際で、メイコに行った横暴も数々。どう弁解する」
「あ、あれは………違います!」
「違う?どう、違うんだ」
「あれは侍女達が勝手に勘違いして、それで………」
「その侍女達の行動を止めることもしない己をどう説明する」
「あ、え、そ、れは」
しかし、守られることに慣れきっていたエカテリーナにその後続く言葉は見つけられない。
言葉に詰まり、俯く令嬢を見て、ジルベルトは冷たく笑う。
「お前は、まだ婚約者候補という立場。しかし、今までの行いを見ていれば、自ずと答えは見えてくる。なぁ、セリム」
王は隣に立つ宰相に話を振った。
「えぇ、そうですね。お父上には、こちらからお話を通しておきます」
「ま、待ってください!」
ようやく話の行き先に気づいたらしいエカテリーナが顔を青くして声を上げた。
このままでは、自分が悪役に仕立て上げられてしまう。それは、違う。違うのだ。自分はこの物語のお姫様で主人公で、ジルベルトは王子様で、メイコという女はそんな自分達の邪魔をする魔女。
そう、決まっているのだ。誰に言われずとも、エカテリーナには分かっていた。
けれど必死に弁解しようとする伯爵令嬢に冷たい一瞥を投げかけたジルベルトは、容赦なく彼女を退室させた。
部屋に戻り、すべての侍女を退出させたエカテリーナは、ベッドに座り一人呆然としていた。
このままでは、自分の願いどころか父親さえ失望させることになる。
「………」
ふと、あることを思い出しエカテリーナはベッドの隣に置いてあるランプテーブルの引き出しに手を伸ばした。
中にある細々としたものを取り除き、その奥底に見つけたのは、紫の液体が入った小さなガラスボトル。
何も書いていないそれは、城に来る際父親より渡されたもの。
中身は、毒だ。
どう使えばいいか、父は教えてはくれなかった。
けれど、今の彼女にはその方法が、まるで目の前に輝く一筋の道のようにはっきりと分かっていた。
何の運命の悪戯か、それを使う時はすぐに訪れた。
王と宰相、そして何人かの騎士を伴ってエカテリーナの父の元へ行ってしまった。
公爵令嬢と王女は、隣国の王子やその他の主だった者達と簡単な食事会を行っており、メイド長と総隊長は用意に忙しくしているようだ。
黒髪の女性が、二人の見知らぬ人間達と連日密会染みたことを行っていることも既に調査済み。
舞台は、整った。
あとは、この毒を呷るだけ。




