白い世界に二人きり
ようやく王都にも雪が降った。
夜中の内に降り出したらしいそれは、朝には地面の色がまったく見えなくなる位には積った。
目が覚めてカーテンを開いて一番に目に飛び込んできたのは、辺り一面の白く染まったまっさらな風景。
村に住んでいる時はあまりにも多すぎる雪の量に閉口したものだが、今回は逆に懐かしさすら覚えていた。
村を離れてまだ数か月というのに、長い長い月日が経ったように感じる。
すぐに着替えを済ませしっかり防寒した私は、いつも共に朝食を摂るパトリシアに遅くなるので先に食べているようにという言付けを頼んだ後、意気込んで城の外に一歩を踏み出した。
村は酷い時では自分の腰ぐらいまで雪が積もる。
だから、この程度なんてことはない。
速度を弱めることなく、先を進んだ。
別に、行く当てがあったわけではなかった。思うように、感じるままに、歩いた。
防寒していない頬に当たる風が、突き刺す様な痛みを伴っていることに気がついても、無視を決め込んだ。
これくらいが、今の私には丁度いい。
まだ朝も早いため、周りに人は居ない。
辿り着いたのは、前にジル宛の手紙を預かった四阿。
そこには、先客がいた。
「メイコか」
もこもこのマントを身に纏ったジルはとても暖かそうだ。
私も負けず劣らずのもこもこ具合なんだけどね。
私に気が付いた彼は眉間に寄せていた皺をほんのり緩ませて、自分の座っていた場所を横に移動しスペースを作ることで無言で座るように催促してくる。
しょうがないなぁと笑って、私は大人しくそのスペースに収まった。
「雪、積ったねぇ」
「あぁ」
「今年はもう振らないかと思ったよ」
「そうだな」
「今年はいつもより暖かいよ」
「そうか?………王都はいつもこんな感じだ」
「じゃあ、私達の住んでいた村が寒いだけか」
大人な私達は、前回の二人きりのダンスやらパトリシアの輿入れの件などの事を一旦端に置き去りにすることで、普通の会話を楽しむ。
「春が、来たら………」
ジルが不意に言葉を紡ぎ、途中でそれは意味を失くし消えていった。
先ほどまで大人な私達、とか言ってた自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。なにが普通の会話だ。
めちゃくちゃ気まずいわ!
「あー、えーと!雪ホント積ったね!」
「あ、あぁ」
座っていた場所から飛び上がるように立ち上がると、四阿の屋根ギリギリの場所から外を眺めることにした。後ろから痛いほど視線を感じるけど、振り返ったら負けな気がする。
「この国の雪って、ふわふわしてるよね」
声を上げて意味のない言葉を並べてみたり、思い切って雪の中にズボズボと入っていったりもした。
普通の道と違い、この辺りは特に清掃もされていないので、降った時そのままの状態で雪の高さは私の膝ぐらいまである。
気まずい空気を払拭するべく必要以上にテンションを高くしている私を、ジルは後ろからどう見ているのだろうか。
けれど、途中からそれもどうでも良くなってきてしまった。
というのも、雪ダルマを作り始めてしまったからだ。こういう作業は、一度入り込むと中々抜け出すことが難しい。
雪の性質的に、固めることはそう難しいモノでもなかった。
ただ、手袋の繊維がビニール製ではないので慎重に事を進める必要があるのだ。冷たい冷たいと意味もなくはしゃぎながらまず胴体の制作を終える。
次に頭の部分に取り掛かるために、目の前の雪に手を突っ込んだ。
白状します。この時にはすでに、ジルの事は頭の中からすっ飛んでいました。
だから、頭の部分を丸めて胴体の上に乗せようと振り返ったすぐ傍に背の高い彼が居たものだから驚いて体勢を崩したりしたんだ。
「わっ!」
「メイコ!」
まぁ下は雪だしそこまで痛いことにはならないだろうと暢気に考えていたんだけど、相手はそうではなかったよう。
ジルが驚いたように私の名前を呼んだ。
そして、冬の外には似つかわしくない暖かな何かに包まれる。
「………」
「大丈夫か」
目を開いてすぐさま飛んできたのは、綺麗な顔。
上を見ればすぐに見つけた、眉を少し下げた彼の顔。
どうやら、横抱きの状態で受け止められたらしい。
右肩に回ったジルの骨ばった手は、簡単に肩全体を包み込めるくらい大きかったし、左肩に寄せられた胸板は厚着の上からでもその立派さを物語っていた。
瞳が合わさり、吐息が交わる。
雪の中だという今の状況だとか、空気の冷たさだとか、風の通る音や太陽の光の騒々しさだとか、そんな周りの色々なものすべてが遮断されてしまったように思えるほど、この時、私達はお互いの存在しか感じることが出来なかった。
「「………」」
もちろん、そんな時間が永遠に続くかといえばそうでもなく。
「っ!」
持ちっぱなしにしていた雪だるまの頭の部分を、目の前のジルに軽くぶつけることで、腕の中から抜け出した。
「やーいやーい」
私達には、ロマンスなんて似合わない。
「メイコ!お前っ」
ジルが手に掴んだ雪の粉を私に向かって投げつけてきた。
そこから始まる、小さな雪合戦。
静かなはずの周辺は、けれど静寂なんかより程遠い。
雪に反射する光はキラキラしていたし、風によって舞う雪はサラサラと音を立てて私達の間を駆け抜けていく。
居心地の良い空間だった。
だから、私は私で、ジルもジルで居られたのだろう。
私に雪玉をぶつけてくる彼は、確かにそこに笑みを浮かべて存在していた。
けれど。
周りには誰も居ないと思っていたのは、私の勘違いだった。
何故か私達は見落としていた。
遠くない場所に存在した、赤い色の存在に。




