窓越しに見える世界と
「お母さん、とっても綺麗」
「ありがとう。………でもね、お母さん、緊張で胸が弾け飛びそう」
「そんなことになったら、このパーティの出席者全員に恐ろしいトラウマを植え付けることになっちゃって、政治的の問題になりかねないから、止めてね」
母じゃなくて招待客の方を案じる辺り、パトリシアは通常運営のようです。
私と比べても更に華やかな装いになっているというのに、その肝の据わりようは一体誰に似たのか。
あ、アリシア様ですね。
桃色の豊かな髪をハーフアップで纏めている我が娘は、どこかの妖精かと見まごうほどに可愛い。何回でもいえる。本当に可愛い。
髪の色が映えるようにするためか、彼女の纏うドレスは浅葱色をほんの少し薄くした綺麗な青。年齢を考慮して長袖のドレスになってはいるけれど、その腕の部分がレース状で手元に向かって広がっている造りになっているから、幼さの中に色気もあるという完璧な布陣。
もちろん指揮を執ったのはご令嬢クラリスである。
最後の仕上げとして、頭の上に繊細で小振りながらもその輝く宝石達のお蔭で輝きを損なわないティアラを乗せた時は、母として感無量に咽び泣きそうになった。
自身の化粧を終えた後だったので、クラリスの無言の圧力で強制終了させられたけど。
そんな私も、すべての用意が終わり、ようやく全身鏡の前に立つことが出来た時は、息を呑んで自分の姿に魅入ってしまった。
「凄い。………綺麗」
もしかしたら、私とパトリシアを同系色で合わせてくれたのかもしれない。
試着をした時と同じ藍色よりも更に深い青―――紺青色とでもいうのだろうか―――の私のドレスは、王女の乳母という役職を考慮したためか腰より下の部分が少し抑え気味なイブニングドレスだった。
クラリス達は、色々注文をつけていたようだったけれど、どうしても譲れない箇所はきちんと考慮してもらったので、結局ハイネックの七分丈に収まった。
それもちろん、私の傷を隠すためのものである。
ドレスに着替える前に、パトリシアに痛み止めを打ってもらったので、多分問題はないだろう。
どうしてもハイネックと身体を覆う事だけは譲れなかった私を見て、クラリス達は訝しそうにしていたけれど、丁度よく現れたパトリシアの機転で、傷の事は明かさず納得させられた。
別に傷の事を隠すつもりはなかったのだけれど、このことを聞いた彼らが自分達を追い詰めるだろうという事は容易に想像がつくから、可能な限りは黙っておく事にしたのだ。
私達のアイデアの間を取って、ドレスは二層に重ねられたもの。下に身体をきっちり覆うドレスを纏い、その上にボタニカル柄のレースのドレスを着る。レースのドレスの方が少し丈が長いので、さり気なく見える感じがお洒落なのだ。
肩の辺りで揺れる黒いボブの髪は、耳の後ろで一つに纏めて、最後に一輪の花を添えてもらった。
「わたくしの全勢力を注ぎこみましたもの。当然ですわ」
隣で、クラリス様がご満悦そうに笑っている。
本当に、このパーティのため常にクラリスが隣に居たような気がするよ。
そんな彼女はバラ色の真っ赤なマーメイドドレスドレスだ。肩を思いっきり外気に晒しているというのに、何故か厭らしいを感じさせることなく着こなしている。正直公爵令嬢というよりも一国の王妃と言った方があってるのではないかと思うほど堂々とした佇まいだ。
金髪の髪に添えてあるドレスと同じ色の薔薇の花がこれまたいい味を出している。
「今回のパーティは久々に行われる盛大なもの。粗相のないよう、パトリシア様と王の傍を離れずに。前に出る必要はありません。皆様、メイの立ち位置は了承してあります。パトリシア様の乳母として参加するという旨を忘れずに」
「はい!」
「………返事だけは、よろしい」
「大丈夫よ、クラリス様。わたしが居るんだから」
パトリシアの笑顔が、いつもより数千倍輝いている。クラリスも珍しくその可愛らしさに頬を染めていた。
なんて頼もしい娘でしょう。
パーティと言っても、私の想像するような事は何一つ起こらなかった。
例えば、どこぞの令嬢が濡れ衣をかけられて強打されるだとか、どこかのお偉いさんのぼんぼんが婚約破棄を叫ぶだとか、令嬢同士の醜いキャットファイトなんていうのも見かけることもなかった。
なんか拍子抜けしてしまう。
まぁ、あったとしても、ずっとジルやパトリシアの傍に控えていた私には関知されないような所で行われただろうけどね。
「ほい。お前、始まってからなんにも食べてなかったろ。少しは腹にいれとけ」
「あ、ありがとう」
私と一緒に彼らの傍に付き従っているのは、ジルの護衛を兼ねているクラウディである。
パーティということで、いつもと装いが少し違う。騎士の鎧は前に見たことがあるようなゴテゴテしたものではなく、すっきりとしたものだ。
黒の長ズボンは丈の長いブーツの中に押し込め、黒の上着は膝上までのもので、お腹の辺りをベルトで止めてあった。その上に更に黒いマント。
黒黒黒で見た目は重々しいが、胸から肩にかけて赤い装飾品が繋がれていて中々良いアクセントになっていた。
というか、非常にかっこいい。
いつもは無造作に束ねてある赤色に見える赤茶の髪は、後ろにしっかり撫でつけられておりその顔も余所行き風のようで最初会った時は笑ってしまった。
そんな彼の持ってきてくれた皿を手に、裏手にある椅子に座って食事を始める。
王女の乳母という微妙な立場の人間は私だけなので、傍に寄ってくる人も居ない。表舞台と衝立で仕切られた裏側はまるで同じ場所にあるとは思えないほど人気はなく暗かった。
エメは侍女長として今回の舞踏会の采配に大忙しだったし、セリムは先ほどから胡散臭い笑顔全開でお偉いさん達とのお話に夢中。クラリスも令嬢としての役目を果たすべく、貴族の人達とのあいさつで忙しそうだった。
ジルとパトリシアは言わすもがな。
このパーティの目玉なのだ。誰もかれもが彼らと喋ることを目的に来ているといっても過言ではない。
クラウディは目付け役兼護衛として彼らの傍に常に張り付いている必要がある。
ちなみに、ブライアンは今回だけ私の傍を離れ、元の仕事である城の警備を任されていた。他国からもお客様が来ているので、警備を増やした結果だ。
さてここで問題です。
岸芽衣子はここで一体何をしているんでしょうか。
正解は、「本人もわからない」でした。
なーんて、わけのわからない言葉達が脳内を行き交いながら、私は一人黙々と食事をする。
今はもう冬。
雪が降るのも時間の問題だ。むしろ遅いくらい。
丁度居るのが窓のすぐ傍だったので、隙間風が私の身体を撫でては去っていく。
「さむっ」
お洒落のためとはいえ、今私が着ているのはドレスだけ。
もちろん、防寒具なんてものは着ていないので、風は直で私を襲ってくる。
食事を早々に食べ終え、両手を交差させ腕を摩って暖を取った。
一応痛み止めは打ってきたけれど、寒いと所に長居しては効果も無くなる。急いで中に入らないと。
そう思って椅子から立ち上がった直後、窓から見えた光景に足を止めた。
この世界は中性ヨーロッパと似通っていて、もちろん電気なんてものはない。
その代わりに使われているのがランプだ。それもかなり強力なもので、下手すれば電気ほどの輝きを持つ物もあったり、色も固形燃料によって異なるのだ。
庭園にもそのランプは灯されていた。
私の記憶にある都会の風景とはかけ離れた静かな外。もちろん、村ほど真っ暗ではない。それは、各位置に灯されたランプのお蔭だ。
きっと今回のパーティように量は光の強さも少し特別使用にしてあるのだろう。
窓から見えたのは、真っ暗な闇にポツリポツリと浮かぶオレンジの光。
儚ささえ感じさせるそれに、引き寄せられるように窓際に手を置いて寄り添った。
正直、このままここに居ていいのかと思う時がある。
パトリシアは、いつまでも母が必要ような子じゃないし、乳母のような事を最近している気が全くしない。むしろ私がお世話されている気さえする。
この城に置いて、私は間違いなく場違いな人間だった。
窓に額を付ければ、小さくぶつかる音が鳴った。風が寒いので身を縮こませる。
そろそろ、自分の身の振り方、考えないとな。
ぼーとしていたから、人が近づいていたことに気が付かなかった。
「メイコ」
「!?」
名を呼ばれたばかりでなく、重みを肩に感じて思わず飛び上らんばかりに驚いてしまった。
先ほどまでの心其処にあらずといった姿勢をかなぐり捨てるように勢いよく後ろを振り返れば、私の驚きように驚いたのだろう。
目をまん丸くしてこちらを見つめてくるジルが居た。




