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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
出会い編
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こんにちは

 


 どうやら私は、私の衣食住を保障してもらう代わりに、この赤ちゃんの世話をすることになったらしい。


 あの後すぐにやってきた無表情で淡々と言葉を紡ぐ女性に、見よう見まねでミルクやらおしめ替えやらを教えてもらいながら、とりあえず自分の状況をそう分析した。


 すべてが初めての子育てに加え、言葉も分からず自分がどこにいるかも分からない状況の中でも、私は不思議と気丈にしてられたのは、きっとすぐに与えられた赤子、パトリシアちゃんの存在が大きい気がする。


 パトリシアちゃんは、生後一年といったところだろうか。言葉が分からないので、まったくもって予想がつかない。なので、前の世界で会った友人達の子供を分析した結果、自分でそう当たりをつけたのである。

 とても小さいその子は、私の腕半分ほどの大きさしかない。少しでもおかしなことをすれば、すぐに壊れそうだ。


 うっすら生えている彼女の髪の毛はピンク色の癖毛で、瞳は水色。氷の結晶をビー玉の中に埋め込んだような淡い水色だ。ずっとその瞳を見つめて居られる。


 彼女は何やらわけありなのか、とても大人しい子供だった。


 赤ちゃんといえば、泣いて、寝て、ミルクを飲むというイメージが強いのに、彼女はその中の「泣く」という行為を忘れてきたような感じだった。

 周りの空気を読むかのように手のかからないその子の瞳を見ていると、何故か焦燥感に襲われた。


 それに、彼女を見舞いに来る人は誰もいない。このくらいの歳ならば、母親とか父親とか、親戚とかが押し寄せてきてもおかしくはないのに。しかも、こんなに可愛らしい子供だ。周りも放っておかないだろうに。


 ていうか、私なら片時も離れたくない。


 そして私は思い当たった。何かがおかしいと。

 だけど、この部屋から出してもらえず、言葉も分からない私に事情が分かるはずもなかった。




 今日も今日とて、部屋の窓際の縁に座って、パトリシアちゃんにミルクを飲ませる。


 部屋の窓の縁は人が腰かけられるほどのスペースがあった。

 私はそこに、椅子にから拝借したクッションを置いて、そこで時間を過ごすことが多かった。


 何も分からないけれど、窓の外から見える庭園の景色で、時間や季節、気候だけは知ろうと思ったのだ。

 今日の天気は生憎の雨。今の季節はきっと夏。だって、見える花々がとても鮮やかな色をしているから。そして時間はきっとお昼を少し過ぎたぐらい。太陽が空の真ん中にあったし。


 そうやって、自分の中だけで世界を組み立てていく。


 外に気を取られていて、腕の赤子の事を疎かにしてしまっていたようだ。哺乳瓶が飲みにくい角度になっていたのようで、パトリシアちゃんが自分の手のひらを哺乳瓶に押し当てて抗議をしてきた。


「あぁごめんごめん」


 思わず笑い声を上げながら自分の失態を取り繕いつつ謝る。相手は赤ちゃんで、別にそこまではしなくていいのに。


 これがあれか、日本人の性ってやつか。


 哺乳瓶を更に上に傾ければ、満足そうに再び飲むことに集中を始めた。

 数日間彼女と過ごして、私の中に芽生えた想いがあった。


 一度目の人生を手放した私とよくわからないけど訳ありであろう彼女の、合言葉だ。

「………幸せに、なる、よ」


『こんにちは』

「ぎゃっ!」

 色気ゼロの悲鳴が、悲しいかな、私の口から迸った。


 それと同時に、文字通り飛び上る。幸いにも、パトリシアちゃんはミルクを飲み終えていたのでご機嫌の様子。


 突然の衝撃にも泣く事はなかった。


 しかし私は違う。いきなり至近距離から声を掛けられれば誰だって驚くだろう。


 見れば、見目麗しい男の子が私の座っている窓の縁に肘を付き、頭を両手の平で支えつつ可愛らしく私を見つめているではないか。実に無邪気な二つの瞳が私を射抜く。


 歳は、多分小学校高学年位かな。てっことは、大体十歳前後というところだろうか。


「えーと………誰?」


 言っても分からないのはわかっているので、ジェスチャーでのコミュニケーションを図ることにする。


 だけど、その前にすることが。


 とりあえず持っていた哺乳瓶を下に置いて、パトリシアちゃんを縦抱きにする。彼女の頭を私の肩に凭れかけさせた所で、背中を何度かテンポよく叩いた。しばらくして、小さくゲップをする音がした。

 彼女の出す音はとても小さい。だから、聞き取るには集中しないといけないんだ。


 それが終わって、ようやく目の前の初めての客人に焦点を当てることが出来た。


『ほんとに乳母なんだね』


 嬉しそうに何かを言われたがまったくもってわからん。


 私は自分を指さし、「芽衣子」と名乗る。そしてその指を今度は相手の少年に向けて、小さく首を傾げた。


 彼はまだ幼い少年だった。艶やかな黒髪は耳にかかるかかからないかほどのショートで、その瞳はちょっと濃い灰色。パッチリとした瞳は、美術部のお手本になるようなアーモンド形で、鼻筋もすっとしている。唇も薄く、なるほど、実に輝かしい将来を約束された容姿をしていてとても羨ましい。


「めぇこぉ?」

 やっぱりこのくだりは避けては通れないようだ。


 私は無意識に肩を落として笑ってしまった。


 でも、最近はパトリシアちゃんとしか会話をしてないので、丁度いい。きっちり私の名前を彼に刻むことにしよう。


「め、い、こ」

「めぇ、い、こぅ」

「め、い、こ」

「め、い、こぉ」」

 彼は実に真面目な生徒さんだった。

 飽きる様子もなく、何度も私の後に続く。根性もあるみたい。

「めいこ」

「メイコ」

 数回の後、少年は素晴らしい才能を発揮してくれた。


 きっと才能溢れているであろうヨハンですら言えなかった私の名前をきちんと発音してくれたのだ。


 ちょっと、というか、かなり嬉しい。


「芽衣子」

 再び、自分を指さし、目の前に座り少年を指さして、首を傾げてみる。


 さて、君は誰だい?


「ジル」

「じる………ジル」


 目の前の柔らかな表情をした少年を真っ直ぐに見つめて、気が付いたことがある。

 灰色だと思っていた彼の瞳は、とても不思議な深い青色だったのだ。まるで、宇宙にある惑星たちを閉じ込めたような未知なる色に、私の瞳は吸い寄せられていた。


 これが、私とジルの出会いだった。








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