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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
出会い編
3/77

分かりません


「ヨハン」

 困惑が支配する空気の中で、ようやく彼が口を開いた。

 その言葉が、私にも理解できる音を発したような気がして、俯ていた顔を上げる。


「ヨハン」

 また、同じ音が聞こえた。


 見れば、美しい人が自分を指さして、もう一度、「よはん」と続けた。


 なんとなく、外国で聞く名前のようにも聞こえる。とはいっても、彼らが話している言葉は、英語ですらないけど。


「えーと、それがあなたの名前?」

『?』


 私の言った言葉が理解できなかったんだろう。少し首を傾げた彼は、それから少しの間思案気な顔をしていたけど、その後ににへらと笑って見せた。


 なんとなく、気の抜ける笑顔だ。


 彼の長いローブから辛うじて見える白い指先が、今度は私の隣に立つ男性を差して、再度彼は口を開いた。


「てりー」

「てりー?」

「てりー」


 最初にヨハンと名乗った人が言葉を発して、首を傾げた私がそれを繰り返す。最後に、テリーという名前なのだろうその男性が自分を指さして名を名乗った。


 大の大人三人が顔を突き合わせて拙い言葉を紡ぐ。

 なんて異様な光景だ。って、私もその一部なんだけどさ。


 ヨハンが次はその指先を私に向けて、また首を傾げた。


 まるで幼子のようなその仕草に、美しいはずの彼が可愛らしく見えて、また心臓を射抜かれそうになってしまった。

 平ら顔族に囲まれて生きてきた私の言い分としては、もう、慣れてない、の一言に尽きる。


 でも、ここで会話の流れを途切れさせるような事はできない。

 私は自分の人差し指を自分の胸の辺りに向けて名を名乗った。


「芽衣子」

「めぇこぉ?」

「違う違う」


 このままじゃ間延びした間抜けな名前になってしまう。慌てて首を横に振って訂正する。今度はしっかり、一語一語噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 

「め、い、こ」

「めい、こぉ?」

「うん、惜しいね!!もうメイでいいよ!」

「メイ?」

「そうそう」

 一人突っ込みを披露して苦肉の策を告げた。


 正直、前の世界でも友達は家族には短いこの呼び方をされていたし、支障はない。

 芽衣子、なんて呼んでたのなんて、彼、ぐらいだ。

 嫌な事を思い出してしまったので、急いで頭を振って忘れる。


 もう、過去にしなきゃ、忘れなきゃ。


 自分の思考に埋もれていたので、頭上でヨハンとテリーが話し合っていた事にも気づけなかった。


『どうするんですか、彼女。神殿官長のせいですよ。まったく、趣味は趣味範囲内に留めておいてくれないと困ります』


 テリーが、眉を下げたまま、苦い顔で考え込んでいる私を見下ろしているのだけれど、生憎、頭の上まで目は付いていないので、私はそんな彼には気づけない。


 テリーの苦言を聞き流しつつ、ヨハンが私の手を取った。

『大丈夫。私に考えがある。メイ、付いておいで』


 急に手を取られて身体のバランスを崩しかけた。何をするんだ、と抗議の声を上げようと、張本人のヨハンを見れば、爽やかな笑顔が返ってきたので思わず笑い返してしまった。


 はっとして頭を振った。


 いかんいかん。


 自分に戒めの言葉を送っている間にも、ヨハンは私の手を握ったまま歩みを進める。手を引かれるがままに歩き出した。

 医務室を出て、赤いふかふかの絨毯が敷かれた細長い廊下をひたすら歩く。

 途中、数か所の渡り廊下のような場所を通りつつ幾つかの建物を進んでいけば、時々視界に映る数々の花が咲き誇る大きな庭園のような場所。


 少しだけ嫌な予感がしていた。

 あまりにも大きな建物だとか、行きかう人々が頭を下げてくるところだとか、歩いているのは廊下のはずなのに、視界の端に見える豪華な装飾品や立派な絵の数々だとか。


 そこは、一般人が手にするにはあまりにも違和感のある場所だった。

 この世界の水準基準がわからないのでなんとも言えないが、それでもここは豪華にもほどがある。


 説明を求めようとヨハンを見ても、彼はただ真っ直ぐに視線を前にやったまま私を見ることはない。


 これ、私の事忘れてない?


 そろそろ繋がれた手がしびれ始めてきた時、ようやく美しく偉い(と思ってる)人が止まってくれた。


 長い道のりに、ちょっと息が切れ始めていたので丁度いい。

 手を離してくれたので、離してくれた方の手を胸に当て、軽く深呼吸を繰り返す。


 止まったのは、一つの部屋の前だったらしい。中から幾人かの人達が飛び出してくる。どうやら慌てているみたい。

 その中の女性達はみんなメイドのような服装をしていたし、男性に至っては騎士のような軽い鎧を身に纏っていた。

 加えて、そんな人たちと対応しているヨハンとテリーは長いローブを着ているし。 


 なにやら中世のヨーロッパにタイムスリップしたかのような気さえしてきた。


 ちょっと私にも気を回してくれないかなぁ。切ないなぁ。


 自分の場違いぶりに閉口している私に気づくことなく、ヨハンはメイドさんに話をしている。


『侍女長に伝えて、パトリシアの乳母を連れてきたって』

『え?』

『ちょ、神殿官長!?』

『決定事項だから。よろしく』


 ヨハンが何か言って、メイドさん達の目が見開かれたまま固まってしまう。テリーも眉を寄せて何か声を上げている。

 なに、今度はどんな無茶な事言ってるのこの人。


 驚く周りの人ににこやかな微笑を向けたあと、ヨハンが私の腕を掴んで部屋の中に足を踏み入れた。再び引きずられるような形で動き出した私は、すでに諦めている。


 心境はさながら網によって海から引き上げられた魚。目はきっと死んだような濁った色をしているに違いない。なんだか視界も濁って見える気がしてきた。


 部屋の中はさほど広くはないらしい。

 引っ張られてすぐに足は止まった。


「へ?」


 死んだ魚の目はそのままに、とりあえず状況だけでも把握しようかと顔を上げた瞬間、起きていることすべてが自分の予想を軽く超えていくのだと再確認することになった。


「ここ………子供、部屋?」


 扉の向こう側は、ちょっとした小さな大広間のような空間だった。それを突っ切って辿り着いたのは円形状の部屋。

 こじんまりとしたその部屋は淡い青色の壁で統一されてあって、置いてある家具とカーテンはすべて白。どちらかといえば清潔感のあるその場所は、独特の匂いがする。


 そんな部屋の真ん中にあるのは、見間違い様もない、ベビーベッド。


 私の手を握ったまま、ヨハンは迷う事なくそのベビーベッドに近づく。高さのあるそのベッドは、少し覗きこめばすぐに中を見ることができた。


「か、かわいい………」

 中に居たのは、生まれて間もない赤ちゃん。

 髪の毛もまだ薄く、自分では満足に動くことも出来ないであろうほどに小さな命がそこに寝転んでいた。


 生後間もないその子供は、けれどこっちの人達の特徴を色濃く受け継いで、とても可愛らしい顔をしていた。

 その可愛らしさに心を奪われていると、ヨハンがその赤子を抱き上げた。


 彼の子なのかな、なんて考えながら赤子の動きを目で追っていれば、彼は自分の胸に抱き寄せる前にその子を私の方に押し付けてきた。


「え!?な、なに!?」

 突き返すわけにもいかず、とりあえず受け取ってしまった私に、ヨハンがとても素敵な輝く笑顔をくれた。


 あまり子供と接してきた経験もない私に、こんなに小さな子を抱けというのはかなり至難な業なので、一番持ちやすい位置を探してあたふたすること数分。


 ようやく息をつけた。

 その頃合いも見計らったように、ヨハンが口を開く。

「ぱとりしあ」

「………パトリシア?」


 名前か?


 首を傾げている私と、その腕で大人しくしている赤子を見比べて満足したような笑みを浮かべたヨハンは、何度か私の肩を軽く叩き、親指を上に向けて付きだすサインを向けてきた。


 そしてそのまま、部屋から出て行った。


「………は?」


 残された私は、とりあえず目を白黒させたまま、赤子とヨハンの去っていったドアを見比べながら棒立で立ち尽くすしかなかった。



 私に、どうしろと?

 てか、親指のサインって全異世界共通なんだね。そっちの方が驚きだよ。






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