手紙に込めて繋ぐ縁
廊下の窓に上半身を預け、何とはなしに外を眺めていた私に、ブライアンが近づいてきた。
「王は、今日もお忙しいそうだ。断られた」
「そう」
最後にあの大広間で会って以来、私は一度もジルと会えずにいた。
何度かブライアンを通して会えないか掛け合ってみたものの、王である彼は忙しいのか、意図的に避けられているのか、いつも返事は同じ。
もしかしたら、本当に嫌われてしまったのかも。彼は一時的にでも明確な嫌悪感を私にむけてきたわけだし、それでなくても私は本当の事を黙っていたっていう負い目もある。
まぁ、これは完全に自業自得なんだけれど。
いつでも同じような返事しかない事に思わず息意消沈すれば、何故かブライアンまでもが悲しそうな顔になった。
ジルとの距離が広がる一方で、ブライアンとの仲は縮まっている気がする。
最初の誤解さえ解ければ、彼の私への印象はかなりいいらしい。
まぁ、それもそうだ。命をかけてこの国の姫を護った私に、悪い気のする人は居ないだろう。そもそもが誤解だったのだし。
「また、次回も聞いてやるから、そう気落ちすんなよ」
「うん、ありがとね」
それほど落ち込んでいたのだろう。
ブライアンが私の肩を叩いて元気を出させてくれる。
と。
「うっ」
私の肩に手を置いていたブライアンの手が急に離れる。と同時に聞こえた、カエルの潰れるような音。それはブライアンの方向から聞こえた。
「ん?どうした」
「い、いや、なんか、寒気が………」
彼は自分の肩を摩りながら背後を見る。そこには誰も居ない。
「ふーん。ま、いいや。行こう」
私達は特に気にすることもなく、連れだって歩きだす。
今の私はパトリシアと一緒ではないので、少し庭園の方まで足を延ばすことにした。
冬もすぐ傍まで差し迫った今、木々は丸裸で寒そうである。
「わっ」
「メイコ様」
木々達に目を向けて自分の足元に注意を払っていなかったせいだろう。渡り廊下を出てすぐに、私は見事に段差に足を掬われ体勢を崩す。
といっても、優秀な護衛のお蔭で地面とのご挨拶は免れた。
引き締まった腕にが胸の辺りを攫うように持ち上げてくれる。
「あ、ありがとう」
「何もないところで転ぶのはなんでだよ」
「えー、知らないよそんなの」
呆れた彼に、笑顔で誤魔化すように言葉をかけた直後。
「いっ!」
何かがブライアンの後頭部に直撃した。そのまま地面に転がったもの。
「………なにこれ、キャップ?」
黒い蓋のようなそれは、よく見かける羽ペンのキャップのように見えた。
この世界にボールペンや鉛筆のような高性能なものは当然ない。
黒い液体を羽ペンの先に浸し書くのが主流だった。
「でもなんで?」
私が持ち上げたその黒いものを二人で見つめながら、揃って首を傾げる。
最近こんな摩訶不思議なことが頻繁に起こってるな、なんて思いを巡らす。最も、被害を受けるのはブライアンなのだけれど。
「メイ様!!」
「あ、もしかしてこれ、エメの?」
息を凝らして、私達の反対側からやってきたのはエメだった。
タイミングがいいものだから、もしかして間違って落としたのかな、なんて思って質問すれば、見てるこっちが恥ずかしくなるような温かい笑顔でエメが首を振る。
まるでヘマをしたのは自分のような。それを大丈夫だよ、なんて笑顔で見守られているような気恥ずかしさだ。
何故に。
「わたくしの知り合いの物です。………本当に、ちょっと困った方で、よく物をなくされるんです」
「へぇ、大変だね。………え、でも、これ、どっかから投げられたみたいだよ。なくした、わけではないと思うんだけど」
指摘すれば、侍女長エメの一層笑顔が輝いたので、言葉を途中で閉じ込める。これ以上言っちゃいけない気がする。
「うふふふ、本当に」
エメが私の手から流れるようにそのキャップを受け取って、キャップを持っていない方の手を頬に当てて小首を傾げた。
その瞳は、キャップを通してどこか違う所を見ている気がする。
「手のかかるほど、可愛い子ってほんと素晴らしい言い当てだと思いません?」
なんかわからないけど、瞳が据わってる。やばい奴や。
あの後、何故かエメに言付けを頼まれ、私は城の四阿に居た。
手紙を持たされたのだ。これを、渡してほしい人がいるらしい。
私なんかでいいのかといえば、パトリシアの乳母という大役だからこそだと念を押された。
付いてくると言ったブライアンは何故かエメに背中を押されるように去ってしまい、今この小さな四阿に居るのは私だけ。
滑らかな石で出来たそこには壁などなく、あるのは屋根と小さな椅子とテーブルだけ。なので、風通りが非常によろしい。
つまり、何が言いたいかというと。
寒いのである。
秋もすでに終わりを迎えている今、足元を吹き荒れる風は体温を奪い去っていくような冷たいもの。
ここで立ちっぱなしなのもなんなので、傍にあった椅子に腰をかける。
今の私の服装といえば、簡易な足首までの長いワンピースドレスにカーディガンを羽織っただけなので、あまり風から私を護る効力はなかった。
というか、早く来てくれないかなー。
手に握った手紙が、風の抵抗を受けてはためくのをぼんやりと眺めながら、誰とも分からない待ち人を待つ。
「………メイ、コ?」
背後から声がして、振り向けばそこに居たのは白髪の青年。
目を見開き私を見下ろしてくるのは、先ほど面談を断れた張本人だった。
「あ、じ、ジル?その、えっと、久しぶりだ、ね」
気まずいにもほどがあるだろう。
ついさっきまで寒さを訴えていたはずの肌から、変な汗が滲み出てくるのを感じつつ、私の方が年上というプライドもあって、慌てて言葉を繋ぐ。
椅子に座り上を仰ぎ見る私の視線と、四阿の建物に一歩足を踏み入れた状態で私を見下ろすジルの瞳が重なる。
ようやく、正面から見ることができたジルの姿に、感動が勝った。
黒髪から白髪、少年から青年という変化は、大きく彼の印象を変えた。その瞳は昔に見た時よりも鋭く、顔の形も成長と共にシャープなものに。
可愛らしい少年だった彼は、十年の間に精悍な美青年に成長していた。
クラリス達に会った時も感動に胸が張り裂けそうになったけれど、ジルはその比じゃない。元気な姿を見れただけでも本当に嬉しくて、思わず涙腺が緩みそうになる。
だけど、きっと私に思うところがあって面談を拒絶されているのだろう。
ここで急に泣いたりしては、更に彼の中の私の印象が悪くなりかねない。表情筋に力を込めて、涙が零れ落ちるのは阻止することにした。
「どうしてここに?」
「………クラリスが、手紙を貰ってくるようにと」
眉を小さく寄せ難しい顔をしたまま彷徨っていた視線が、私の手の辺りで止まった。
「それか」
「あぁ、これ!エメから預かってたの!」
これ以上ここに居れば、変な事を口走ってしまいそう。
胸の中に荒れ狂う感情のままにジルを抱きしめて、頭をわしゃわしゃ撫でまわして、それからまた会えた喜びを分かち合いたくなる。
それらすべてを胸の奥にギュウギュウに押し込めて立ち上がった私は、足早にジルの元に走り寄った。
彼の方はまだ一歩を動けずにいるようだ。
しかし突然合点がいったように顰めていた眉の形を緩め肩を落とすと、片手の指先で額の辺りを解し始めた。
「………あいつら」
「ん?あ、これ?」
近くによれば、更に明確になるその成長っぷり。
私より下にあったはずのジルの瞳が、今は私が見上げなければいけない場所にある。見上げた場所にあったそれは、今も確かに私の大好きな銀河を閉じ込めていた。
あぁ、なんて懐かしくて綺麗な色だろう。
少しでも気を抜けば吸い込まれてしまいそうなその瞳から、目が離せない。
「………」
無言で見つめ合う事数分。
不意にジルの表情が苦しげに歪んだ。
「あ、ご、ごめん!」
そうだよね、私なんかにこんなに近くで見つめられたりしたら目障りだよね。
「い、いや、ちが」
「はいこれ手紙!じゃ、じゃあ!」
何かを言いかけていたジルの胸のに手紙を押し付け、私は急いで四阿から立ち去った。
後ろで何やら言い争うような声が聞こえたが、あえて無視して走り続けた。
「なんという大馬鹿者!!!」
「せっかくのチャンスだったのに。………あれは不味いんじゃないかな」
「あいつ、何か誤解をしてんじゃねぇか?」
「ジルベルト様、次に同じことをすれば………お分かりですよね?」
「お前らは俺にどうしろと!!」
クラリス達に責められて雄叫びを上げるジルの声は、生憎私に届くことはなかった。




