新しい日々の始まり
城での日々は、慌ただしくも穏やかに過ぎていった。
私はパトリシアの育ての母として、彼女と過ごすことが多い。とはいえ、パトリシアはこの国の王女だ。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる侍女達が居るので、あまり出番はない。
朝食を食べ終わり、パトリシアの手習いが始まるまでの間、廊下を画策する。その後ろには、私の護衛になったブライアンとパトリシアの護衛の人が二人。
二人共、私達の事を迎えに来てくれた騎士達だ。
超現実主義者かつ有言実行で頑固な我が娘は、どうやらすでにジルに直談判をしたようで、彼女のメイドさんは元より護衛の皆さんもほぼ一緒に城まで来てくれた人達と入れ替わっていた。
その一連の流れを見ていたのか、セリムとクラウディ顔を合わせる度何も言わず、けれど何か言いたそうな顔で私とパトリシアの顔を交互に眺めては溜息をつくということをここ最近よくやっていた。
いやいや、これは私の育て方のせいじゃないよ。
持って生まれた性格だよ。
王からのお達しもあったのだろう、私に対するお城の人達の態度も改善された。逆にこれ以上にないほどの待遇を受ける始末。
それに加え、何故か不憫そうな視線を受けることも増えてきたのである。
何故だ。
歩いていれば、前方に沢山のメイドさん達に囲まれて会話をしているエメを見つけた。中心に立つエメは少し忙しそうだが、駆け寄ってくる女性達に素早く指示を送っているようだ。
城にて、ようやく落ち着いた生活ができるようになって早数日。
早々に気が付いたことがありました。
「メイ様、パトリシア様!おはようございます」
声をかけようか悩んでいた私にいち早く気が付いたエメが、声を上げ駆け寄ってくる。
それが合図かのように、周りに居た人々も一斉に私達にお辞儀をして、それから自分の持ち場へと去って行った。
「エメさんや」
「はい。どうかされました?」
傍にやってきたエメを見つめていれば、不思議そうに首を傾げられた。ニコニコした笑みは相手の毒気を抜くには十分なほど暖かい。
穏やかなのは昔から変わらないな。
「………じゃなくて」
脳内で会話が逸れそうになってしまったので、慌てて軌道修正をする。実は、非常に気になっていたことがあったのだ。
「エメ、この間からずっといろんな人に指示をだしたり忙しそうだよね」
「それが、わたくしの仕事ですから」
「それって、エメが偉い人ってことよね」
「大層なものではありませよ」
セリムが数日前に言った言葉と一緒。でも、今回は騙されないぞ。
「ちなみに、役職は?」
「侍女長兼、王付き侍女です」
それって滅茶苦茶偉い人なんじゃくって!?
とある日。
昼食を食べ終え、今日も今日とてパトリシアと城を徘徊という名の散歩をしていると。
何やら騒がしい場所に出た。
「次!腕立て伏せ百回!!」
「「「はいっ!!」」」
競技場のような開けた場所で、上半身裸で腕立て伏せをする男達がずらり。
頭上には澄み切った青空が広がっているし、野外であるのにも関わらず、何故か非常にむわっとした空気が漂っている気がする。
てか、むさくるしいな。
「お母さん、すごいわ!騎士の鍛錬場よ!」
眉を寄せる私とは裏腹に、ここまで沢山の男性を一度に見たことがないパトリシアははしゃいでいた。
筋肉ムキムキのむさくるしい男達が並ぶその正面に立ち、彼らを険しい表情で見つめていたのはクラウディ。例に漏れず上半身裸である。
クラウディはパトリシアの声に気が付いて、こちらにやってくる。
出会った時もそれなりに良い身体付きはしていたけれどまだまだ細かったその身体は、今じゃかなり厚くなっている。適度に太陽に焼かれていて、直視すれば思わず赤面してしまいそうだ。
小麦色に焼けた肌が太陽に反射して黒光りしているのだが、どうコメントしたものか。
「隊長!」
クラウディがこちらに近づいてくると、後ろに居た護衛達の緊張感が増した。
さてさて、ここでも気になることが。
「メイ様、パトリシア様、どうしたこんな所で」
先日のエメを思い出させるような仕草で私達を見つめてくる彼に声をかけてみた。
「ねぇねぇクラウディ」
「?」
「隊長って、なに?」
私の疑問に、「あーっ」と赤い短髪を掻き毟っていた彼は、その後小さく溜息をついて観念したように言った。
「騎士団総長兼王の護衛ってやつだ」
それもめっちゃ偉い人じゃないのかな!?
そのまたある日。
「宰相様ぁ、お仕事大変じゃありませんかぁ?今度また差し入れ致しますわぁ」
「ははは、それはありがたいね、楽しみにしているよ」
「宰相様!!!な、なにかお手伝いできる事はありませんか!?」
「そうだね、君がいつでも笑顔でいてくれること、かな」
「ダリアン宰相!今度はいつお会いできるの?」
「今こうして君と会いまみえていることを、神に感謝しなければね」
三時のおやつを食べ終わり、パトリシアちゃんと城を歩いていれば、至る所から『宰相』という言葉が聞こえると共に、非常に甘ったるい台詞が流れてくる。
甘々過ぎて砂を吐くわ!
『宰相』といえば、この国で王の次に偉い人。
なのに、こんなナンパばっかりしてていいのかしら。ちょっと顔を拝んでやろう。
そう息巻いてようやく『宰相』とやらのナンパ現場を押さえました。
「………セリム、くん?」
「おや、メイ様。いかがされました?」
瞳をハートにさせて石化してしまっている女の人達の間から器用に抜け出してきた彼は、金髪の一つに束ねた長髪を背後で揺らしながら笑顔でこちらに近づいてくる。
「あれー?宰相様が居たと思ったんだけど。気のせいかな」
「私をお探しでしたか」
「え?」
「宰相は私ですから」
誰だこいつ!!
疲れ切った私はクラリスに助けを求めた。
パトリシアはダンスレッスンのため一緒には居ない。
基本的に王女として学ぶ彼女と席を共にすることが多い私だけれど、ダンス、世界経済、語学といった日常生活に直接関わってこないいものは謹んで事態させて頂いていた。
おばちゃんの脳裏は、これ以上は詰め込めません。
というわけで、たまたま城の廊下ですれ違ったクラリスを捕まえて泣き言を言おうとすれば、丁度よいとお茶の席に誘われた。
喜んでご一緒する。
「みんな自分の位は高くないですよーなんて言いながらめっちゃ偉い人じゃんかー。そりゃあ城の人達の私の対する態度がよそよそしいわけだよ。偉い人達と馴れ馴れしくしてる私への対応に困ってるだけじゃない!」
「まぁ、そうですわねぇ」
クラリスが優雅にお茶を口に含む。
ピンと伸ばされた背筋が彼女らしい。
「彼らが偉いのは、一重に、王からの信頼が厚いからですわ。あなたが居なくなって、ワタクシ達は王になる前からジルベルトと共に居た。その実績を買われ、若いながらも今の地位にいるのですわ。そもそも革命後の城は空っぽも同然の状態でしたので、役名を貰うのは簡単なことでしたの」
「そうなんだ」
思わず垣間見ることができた彼らの絆に少し感動する。
「ちなみに、なんだけどさ」
「なに?」
「………クラリスは、ジルの幼馴染、で、いいんだよね?」
恐る恐るという風にクラリスを仰ぎ見れば、口の端を持ち上げた彼女の黄色の瞳が煌めいた。
「えぇ、ワタクシには、特にこの城での肩書はないですわね」
「そっかそっか」
「この国唯一の公爵令嬢、ってだけで」
思わず飲んでいた紅茶を拭きだした。
公爵令嬢―――王族に次いで位の高い貴族のことである。公爵の爵位を持つ一族は、先の革命で生き残ったたった一つだけ。
もう突っ込む言葉も見つからねぇや!!




