終わり良ければ総て良し、です
私の部屋が用意されるまでの間、セリムがジルやパトリシアのこと、そして十年前の出来事を掻い摘んで話してくれた。
人払いはされており、部屋に居るのは、セリム達四人と私とパトリシアだけ。
彼の教えてくれたのは、ほとんどアリシア様が語ってくれたものと同じ。
ただ、農民から逃れ亡命していた第五王子がジルだったということと、最年少で王座に就いたのも彼だったってことは初耳だった。優秀な側近達というのも、セリム達の事だったそうだ。
まぁ、ほんと、なんて立派になって。
久しぶりに会った親戚のおばさん宜しく、目の端を裾で拭いながらおよよとしていれば、何故か胡散臭いものを見るような目で見られた。
なぜに。
「それで、みんな偉くなっちゃったわけね」
「偉くなってといっても、そんなに大層なものではありません。メイ様には、今まで通り接して頂ければと思っています。貴婦人に距離を置かれるほど、悲しいこともございませんので」
セリムの背中に花束は、どうやら通常運営らしい。
「………つーか」
遠い目をして言葉を発せずにいる私に助け船を出してくれたのは、意外や意外、クラウディだった。
女性方は、とっても呆れた顔で首を竦めるのみ。
セリムに対してはお手上げの様子である。ほんと、何があった。
「俺らも、色々聞きたいことがある。………あの時、護衛だった奴は確かにお前の髪を、『遺髪』として持って帰ってきた。奴も血塗れで、もう一人は死んだと言っていた。あの革命時、王都は混乱を極めてた。何が起きてもおかしくはなかったし、どうすることもできなかった。俺ら自身のことで手一杯だったしな。そんな中でお前達は、どうやって生き延びていたんだ?」
クラウディの眉間には皺がより、歳を重ねているせいか昔よりよほど険しい顔になっている。
エメから、十年間の事は少し聞いているので、心配こそすれその態度を不快とは思わない。というか、あぁやっぱりクラウディだな、なんだかんだ変わらないな、なんて懐かしくなる。
そこで疑念を覚えた。
彼らは、私が護衛の一人に斬られたことは知らないのか。でも、なんで。
「ごめん、私も憶えてないの。あの時私、気を失って。気が付いたら通りすがりのお医者様達に助けられて、村に居たから」
気が付けば、思っていた事を違う言葉が口から零れていた。
「その時のお怪我は?」
エメが近寄ってくる。
心配そうに私を見上げるパトリシアの手を握って、私は首を振った。
「ううん、大丈夫。その時のお医者さんたちが優秀でね、見ての通り、無事よ」
これ以上、彼らに自分達を責めてほしくないから、腕の事は黙っておくことにする。パトリシアの視線を下から感じるけれど、黙殺しておこう。
それから、十年間の村の話や城の話を軽くしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。
部屋の準備が出来たと連絡があって、私にお付きのメイドさんが付くという話にまでなってしまったので、急いで辞退する。
ここでの肩書はパトリシアの乳母。
そんな私にわざわざメイドさんが居たらまたそれはそれでおかしな話だし、村でずっと自生自足の生活をしていた私にとって、自分の世話を誰かにしてもらうというのはあまり心地よいものでもない。
強気で食い下がる私に根負けしたセリム達は、日々の洋服の調達や食事の準備だけは城の者に任せる様にとだけ言って、その場は収まった。
こうして、無事この城での生活基盤を整えられた私の前に現れた人物。
「あららら」
「………これから、よろしくお願い致します」
メイドの件は無事辞退できたものの、護衛についてはそうもいかなかった。
新しい自分の部屋でパトリシアと寛いでいるとノックされた扉。新しく着任した護衛の人だろうと扉を開けた先にいた人物に私は目を白黒させ、パトリシアはなにやら含み笑いを浮かべた。
目の前の彼は居心地悪そうに視線を私達から逸らしている。
「いいよ、かしこまらなくて。私達の仲でしょ」
「お母さんのこと、今度はちゃんと誠意をもって守ってよね、護衛さん」
パトリシアからの挑戦的な視線を真正面から受け止めたブライアンは、緊張した表情のまま、弱弱しく口元を持ち上げた。
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「メイ様」
すべてが丸収まった翌日の朝、エメが部屋を訪ねてきた。
追いつめた顔をしている彼女を部屋に招き入れる。
なんとなく、話しの内容に検討はついていた。ずっと、頭の片隅に浮かんでいた疑問だ。けれど、あえて気にしないことにしていたのだ。
「申し訳ありませんでしたっ!」
部屋に入り、私が背後で扉を閉めると同時に勢いよく頭を下げるエメに、予想が確信に変わった。
「わ、私………」
「試したんでしょう?私と、ジルを」
思わぬ言葉に驚きに目を見開いた彼女を見た。
「な、ぜ」
「そりゃあわかるよ。エメが、私の事を詳しく説明してれば、きっとジルはあんな事しなかったよ。なのにあなたは、ジルどころか、他のみんなにも黙っていた」
唇と噛み締め、紫の彼女は私から視線を逸らす。
少し、何で言ってくれなかったのかと思う部分はあるけれど、もう終わってしまったことだ。今の私に彼女を責める気持ちはこれっぽちもなかった。
沈黙が流れ、ゆっくり十を数えた辺りで、ようやくエメが口を開く。
「………十年という長い年月の間に、変わるモノもたくさんあります。わたくしは、確かめたかったのです。ジルベルト様にとって、あなた様が、必要か否か。………救いの存在になりえるか、どうか」
「うん」
「幸い、メイ様の事を知っているのは、わたくしだけでしたから」
どうにでもなった、と彼女は小声で続けた。
エメに前もって聞かされた十年の空白の事情。
けれど、きっとあの言葉以上に色々なことがあったと思う。黒髪が、あんなに真っ白になってしまうほどの事が。
主のその姿を傍で見続けた彼女が、一二か月共にいた私なんかより、ジルを守りたくなる気持ちは痛いほどわかるつもりだ。
エメは地面に倒れ伏す様に頭を下げる。
「メイ様!パトリシア様を護り育っててくださった御恩がありながらこのような真似をしたことどうかお許し下さいっ!わたくしの事はどのように処分してくださっても構いませんっ!ただ、ジルベルト様のことはどうか………どうか!あの方は何も知らなかったのですっ!」
「エメ、大丈夫。わかってるから。許すとか許さないとか、そういうんじゃないの」
悪いか悪くないか、赦されるか赦されないか。そんな風に割り切れない沢山の事が、離れ離れの間に起こりすぎたのだ。
パトリシアは成長し、私は強くなった。
ジルは自身を変え、そしてエメの心は鬼になった。
「パトリシアにとって自分が邪魔になるのならば、私は自分自身を消せると思うよ。そういうことじゃない?」
「………メイ、様」
「生かしてくれたってことは、私の事を認めてくれたってこと。だったら、嬉しいよ。また、みんなに会えて、本当に嬉しい」
座り込んで絨毯に額を擦りつけたまま顔を上げないエメの肩にそっと手を置いた。
驚いて顔を上げた彼女に向かって、口に人差し指を当てたままウィンクを一つ。
エメの額に残った絨毯の跡が妙に間抜けで、思わず笑みが深くなりつつ言い切った。
「このことは、私達だけの秘密にしましょう」
他のみんなにとって、これは知らなくてもいいことだろうから。
少しでもエメの気持ちを楽にしたいと笑顔で言った言葉なのに、エメはしばらく泣き止んではくれなかった。
ほっとしたから泣いているのだ予想をつけた私は、笑いながらエメを宥めていた。だから分からなかったのだ。
彼女が流す涙の本当の意味を。
一連の騒動の裏側に存在した、悲しくも切ない、彼らの決意を。
これにて『再会編』終了。
次回から『小憩編』がスタートです。




