本当に、よかったです
「おい、立て」
朝、久々に誰かの呼び声で目を覚ました。
見れば六人ほどの騎士の恰好をした男達が、鉄格子越しに綺麗に整列している。まるで、ボーリングのピンのよう。
私に声をかけたのは一番前の人らしい。
「これに着替えろ。さっさとしろ」
投げ渡されたのは、白い服。
ロングワンピースのようなそれは、着れば私の足首まで隠してくれた。幸いにも長袖だったので、腕の傷を晒さなくて済む。
着替え中、騎士達が律儀に背中を向けていてくれたのには少し笑ってしまった。
やっぱり、ジルの居る城だ。例え私に復讐の心を募らせていても根本的な部分では紳士のジルの部下達なのだ。
着替え終われば、前横後ろを騎士二人ずつに囲まれ歩き出す。
不思議と、心は穏やかだった。
それは、きっとある種の達成感があるからだろう。
一番の心残りとなるはずのパトリシアは、兄の元できっと幸せになる。私の事が彼女に涙を流させることになっても、彼女ならきっと立ち直れる。
私の自慢の娘なのだから。
アリシア様とクルト様に最後に会えなかったのは残念だな。今頃どこにいるんだろう。王都に近づく人達ではないから、きっと私の事を知ることもないかもしれない。
処刑ってどこでされるのかな。
日本に居る頃知ったヨーロッパの処刑はギロチンが主だったけど、火炙りってこともある。どっちでもいいけど、あんまり痛くない方がいいな。
ていうか、結局最後の最後でエメに会えなかった。
つらつらと暢気な事を考えていると、何故か大きな扉の前に辿り着いた。
処刑というから、てっきり外で行われると思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。
瞳を数回瞬かせている間に、前を歩いていた騎士によって重々しいその扉が開いた。
目の前に広がるのは白い大理石で覆われた床が印象的な大きな広場のような部屋。上にはいくつものシャンデリアが垂れ下がり、窓にはスタンドガラスが備え付けられているので、それを通して沢山の色が差し込み、色とりどりの色が足元で踊っていた。
広間の真ん中を突っ切るように一直線に敷かれた、レッドワイン色のふわふわした絨毯の上を進む。ほぼ布で出来たような靴を履いているので、柔らかな心地は靴底を通して直接私の足裏をくすぐっている。
絨毯を歩きながら、こっそり両側にあるスタンドガラスの模様を盗み見れば、天使や女神、そして城など様々な模様が描かれていた。
そうして辿り着いたのは、絨毯の先にあった大きな玉座。
唐突に思い出した。
あぁここは、かつてクラリス達と隠し路から覗いた部屋だと。
「跪け」
前に居た二人の騎士が退き、隣の騎士二人が私の肩を両方から掴んで引き下ろした。
「いっ」
肩への重力が直に伝わり、痛みに片目を眇めるものの、意地でも声だけは上げたくなかった。
変な意地だ、これは。
私は強くなったのだと。
膝立ちで両肩を押さえつけられながら、私は瞳を目の前の彼から逸らさなかった。
大きくなったね。立派になったね。王様になったんだ。すごいね。
心の中で、言いたい事を繰り返した。
「………目障りな目だ」
瞳を通してでも、私の心の声が届いたのか、それともこの場に置いても恐怖を示さない私の行動が癪に障ったのか、ジルがふいに視線を外し呟いた。
「人の居場所を奪っておきながら、何故そこまで綺麗な瞳でいられるのか、知りたいものだな」
「………王」
隣に立つ金髪の青年が、諌めるような穏やかな声音でジルに話しかける。
「………」
もしかして。
ずっとジルに注目してしまっていたから、他にもいた人物達に気が付かなかった。
広間には、確かに彼以外に数名の人間が居た。前回ほど大勢ではない事から、きっとある程度の役職についている人達だと思う。
そこにパトリシアやブライアンは居ない。
ジルの隣に寄り添うように立つ金髪の美しい顔の造作をした青年。
そのまた隣にいるのは、薄い顎鬚を蓄えた赤髪の背の高い男性。
もしかしなくても。
ジルを挟んで彼らの反対側に背筋をぴっと伸ばして佇むのは、金髪の長い髪の令嬢。意志の強そうな表情が印象的な美女だ。
彼らから少し位置をずらしてひっそり立つのは、蓮の花を咲かせた女性。
視界の中に揃った、姿形は違えど、面影をきちんと受け継ぎ成長した彼らが居た。
だから、どうしようもないくらい、安堵してしまったのだ。
「エメがどうしてもというから、連れてきたものを。………不快なだけだ」
王が何か言っているようだけど、私の耳には届かない。
胸がいっぱいで、何も入ってこない。
きっと、今、私は笑っている。
目の前のジルの顔が不快そうに歪み、騎士達に何かを命じたようだった。両隣に居た騎士の一人が私の背を押し、上半身が前のめりになる。
これから何が起こるのだろう。
けれど、怖くはなかった。
何度も失うはずだったこの命、ジルの元で散るのならば、それでもいい。
パトリシアを守り育て、ジルに返すという大義が終わった今、私は私という人間に誇りさえ抱いていた。
この異世界に置いて、私の存在意義はパトリシアを育てあげ、あるべき場所へ返すこと。
パトリシアがこの国の王女であるとわかった今、彼女の居場所はここにある。
これ以上私がしてあげることはなにもないだろう。
どうしてこの時名乗りでなかったのか、自分が芽衣子なのだと叫んで彼らに駆け寄らなかったのかはわからない。
生きることを諦めたわけでは決してなかったはずなのに、もういいかな、なんて。
抵抗するつもりもなかったので、何も言わず静かに目を瞑る。
最後の最後に、成長したみんなが、十年の時を経ても尚一緒に居る姿が確認できただけで、飛び上がりたくなるくらい嬉しかった。
それは、十年前、私の心を救ってくれたのと同じものだったから。
やっぱり。
「みんな、一緒、が『幸せ』ね」
この最後のシーンを書きたいがために始めたと言っても過言ではない、何話も続いた暗い展開も今回で終わり。
次からは一気に浮上し、物語りが進みます。
沢山の方々に厳しい意見を頂く結果となりましたが、それらをしっかりと受け止めつつ、きちんと責任を持って最後まで描いていきたいと思っています。
お付き合いのほど、どうぞよろしくお願い致します。




