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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
再会編
21/77

躊躇ってしまったのです

ランキング入りで数字が大変な事になっております(ガクブル)


皆様の期待に応えられるように精進していきますので、これからもお付き合いくださいませ。


あと、このイライラする展開ももうすぐ終わりです。


「護衛が、私は死んだと報告していたわけね」

「はい。何者かに襲われて命からがら逃げてきたと。さらに、血まみれになったメイ様の遺髪を持っていたものですから、わたくし達は完全にその言葉を信じてしまったのです。パトリシア様の方も攫われてしまったとばかり………」


 結果的に、その女性は私の予想した通り、十年前私の専属のメイドさんをしてくれていたエメ、その人だった。


 私の居る牢屋に苦しい顔で入ってきた後、エメが事の次第を説明してくれた。

 しかも、ずっと立ったまま。

 私と一緒にベッドに座るよう促したけれど、頑として頷く事はなかった結果である。


 ぶっちゃけ、ベッドに座る私が見上げなくちゃいけないので、ちょっと首が痛くなってきたんだよね。でも、それをいえば、きっと彼女は床に跪くだろうと思うので、我慢することにした。


「いや、でも、死にかけたのはほんと。ただ、通りすがりの親切な人に助けてもらって、それからはずっとその人達にお世話になっていたの。パトリシア、いい娘に育ってたでしょう?」

「十年という長い時を経てもなおわたくし達の願いを守り続けてくださっていたメイ様に、わたくし達はなんということをっ………」


 誇らしい気持ちで告げれば、泣きそうな顔と言葉が返ってきた。

 今は何を言っても、彼女の罪悪感を膨張させるしかないようだ。


 さて困った。


 さっさと誤解を解いてこの場所から出してもらいたいのだが、それも中々難しいらしい。様々な仕来り、国の仕組み、そしてなにより、現王の意向がかなり状況を厳しくしているんだとか。


「王様ってさ、誰なの?なんかものすごい怖そうな人だし………。でもエメが彼の下で働いてるってことは、悪い人ではないってこと?」

「………」

 エメの顔が、地下牢の暗がりでもわかるほど狼狽する。


 あれ、触れちゃいけない事だったのかな。

 無理に聞きたいともは思わない―――そう言って宥めようとした刹那、エメが呟いた名前があった。


「ジル様でございます」

「へ?」


 不自然に持ち上げられた腕が、力なく膝の上に落ちる。


 パタリ、と、虚しい音が牢屋に響いた。


「な、んて」

「今の王は、パトリシア様のお兄様。………あなたの知る、ジルベルト様、です」


 エメの口元をしっかり見て、言葉を呑み込もうと思うけれど、何故か耳の辺りに引っかかったまま脳内まで流れ込んでこない。


 ジルベルト。ジル。あの人が?


 私の脳裏で、常に優しい笑顔を絶さなかった黒髪の少年が、まるで罅割れたガラスのようにはじけ飛んだ。


 私の茫然自失な状態を目にしたエメは、口惜しそうに唇を噛み締める。


「すべては、あの日からと今となってはそう思います。あなたとパトリシア様を永遠に失ったと絶望した我が主は、心を閉ざされ、周りすべてを敵と見なし………。クーデターをお納め、人々を従えるために愚者を演じ、力をつけ、そしてすべての用意が整い復讐に燃えたジルベルト様は、まさに阿修羅のようでした」


 知っている顔よりだいぶ歳を重ねた彼女の瞳は、胸が締め付けられるほど揺れていた。


「大事な人を亡くしたあの方に、怖いモノはありませんでした。ついには、その心労のため、黒髪だった髪は色素が抜けた白髪に。瞳は凍り付き、最後にあの方が笑われたのがいつか、もう思い出すこともできません」


 私達が居なくなった後の様子を話してくれる彼女に、何が言えるというのだろう。


「そ、う」

 ありふれた相槌の他に言葉は出てこなかった。


 私達が平和に暮らしていた十年間、ジル達は大変な思いをしていたのだという。


「そこまでして頑なになってしまわれたあの方の心を溶く事は、決して容易ではありません。王の元には、証拠として残されたあなたの遺髪がありますし、何より、今のメイ様はわたくし達が憶えている姿をされていない」

「あー、これ、ね」

 私は今の自分の姿を思い出す。

 

 ジル達と出会った時、私は髪を明るく染めていたし、パーマもかけていた。


 しかし十年経った今、あの頃の髪はすでない。

 今の私は真っ黒なストレートの髪を肩ほどで切り揃えた髪型だ。しかも、村で仕事をしていたことで、肌も健康的に焼けている。


「その、髪色は………」

「こっちがね、本当の髪の毛なの。最初に会った時は色を染めて、髪もウェーブがかかってたのよ」

 

 この世界に髪を染めるという概念がないのは、村に住んでみてわかった。「染める」というより、「塗る」と表現すべきだろうか。色を着ける植物で塗ることによって髪の色は変わるけど、時間が経ったり濡れればある程度剥がれてしまうのが難点。


私の場合、それがなかったから、地毛だと思われていたということだ。


 それ踏まえて考えてみれば、確かにあの頃の私と今の私を同一人物だと結びつけるのは至難の業かもしれない。


 よくよく見れば、特徴はあると思う。エメも気づいてくれたし。

 けれど、私達の間には十年という長い年月が立ちはだかり、更に相手には私がこの世に居ないものという先入観をも植え付けられているのだ。

 それを変えることは、かなり骨が折れる作業かもしれないな。


「ねぇ、他のみんなは元気?クラリスは?セリムは?………クラウディは?みんな、一緒に居るの?」

 十年間彼らが過ごしてきた月日を想って、胸が苦しくなる。けれど、知りたいことが一つだけあった。


 私の問いに、エメが不思議そうな表情をしながら小さく頷く。


「はい。全員、揃って王の傍に居ります。昔と変わらず」

「………そっか」



 私があの芽衣子だとわかった以上、このままにはしないと、エメが最後に強い表情で私の両手を握り込んできた。

 近々どうにかしてここから出す手筈を整えると約束して、彼女は地下牢を去った。


 それから、彼女がどのような交渉を上としたのかわからないけれど、少し上質な毛布が配布され、食事が出てくるようになった。


 日に何度も訪れるエメが申し訳なさそうな顔で、これが精一杯だったと話す。

私は、眉を下げるてこちらを見つめる彼女の表情の裏に、時折見つける鋭い光を、無かったことにした。


 寒さと空腹が凌げるだけで有難い。

 これでも、村での生活で神経だけは図太くなったのだ。中身アラフォーの見た目アラサーを舐めるなと言いたい。言えないけど。



 パトリシアは相変わらず心配性なようで、何度も人目を盗んでは私の元にやってくる。痛み止めを持って、不安げな顔で来るものだから誰が拒めるものか。


 もはや彼女のお付きの人になったらしい一人のメイドさんと二人の騎士は黙って見守ることに徹し始めていた。


「はい。今日の分は終わり!お母さん、調子はどう?」

「うん、だいぶましよ。ご飯も食べてるし、暖かい毛布もあるし」

 いつものように牢屋の中にあるベッドで座り合って短い語り合いに花を咲かせていると、ふいに外が騒がしくなった。

「姫さま!!こちらへっ!」


 外で待っていた護衛の一人とメイドが、顔の色をあからさまに危ない色に変えながら中に入ってくると、パトリシアの背中を押しながら無理やり牢屋から出した。


 それと同時に近づいてくる幾つかの足音があった。


「………やはり、ここだったか」

「………」

 白髪の青年を前に、言葉は出なかった。


 ようやく会えた少年は青年に成長し、その心を凍らせている。

 初めて出会った時こそ誰か分からなかったけれど、エメから彼がジルだと知らされ、そして至近距離でしっかりと見れば、面影を微かに見つけることができた。

 でも、一瞬誰か分からないくらいには、彼の人相は変わってしまっていたのだ。

 それは、私のせいではないけれど私のせい。


 護衛達の持つ灯火はすべて背後にあるので、私の大好きだった宇宙を思わせる瞳の色は見つけられない。ただその代わり、ガラス玉のような瞳がただじっと私を観察してくる。


「お兄様!!早く母を出して!」


 護衛に抑えられていたパトリシアでも、口元までは流石に抑えられていはいなかったらしく、私と青年ジルの間に横たわった緊迫した空気を見事に引き裂く声を上げてくれた。


「パトリシア、お前はまだ幼かった。だから、こいつを盲目に信じても致し方ない」

 一瞬逸らされた瞳がまた私の元に戻ってくる。 


 その時には、ガラス玉ではなく、復讐の火を秘めたそれが見えた気がした。


 ここで、私が本物の芽衣子であることを名乗りでることもできた。でも、ここまで心を殺してしまったこの人に、果たしてこの声は届くだろうか。


 エメは、きっと最初から疑っていた部分があったから、あっさり私を信じてくれた。けれど、『メイ』は死んでしまったのだと、幼いながらに絶望してしまった彼は。


 それでなくても。


 妹を守り切れず死んでしまったとされた『芽衣子』を。

行き違いがあったとはいえ、妹を十年も隠してきた私を、彼は果たして受け入れてくれるのか。



 

 一瞬の躊躇いが、確かに私とジルの距離を引き離してしまったのだと、思う。




「………あの人の居るはずだった場所にのうのうと居すわっているこいつを、見ているのは我慢ならん。処刑は、明日だ」

「!」

「な、なにを!やめて!!私の母を殺さないで!!お兄様!!恨むわ!!」

「恨まれてもいい。それだけの事を、俺はお前にしてきた」


 ジルは私からも妹からも視線を逸らして、羽織っていたマントを翻して去って行った。



「いや、お母さん!!いやよ!!いやぁぁぁぁっ」


 護衛に抱えられ地下牢から遠ざかるパトリシアの悲鳴だけが、唯一残された私の耳にこだまし続けていた。









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