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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
再会編
19/77

いきなり絶体絶命です

急にアクセス数が延びてビックリしてます笑

ようやくヒーローの登場、なのに主人公ピンチ。


楽しんで頂けたら幸いです。


「お母さん!?」


 モモが驚いて私の方に駆け寄ってこようとするのを、ブライアンが慌てて止めるのが、辛うじて地面との接触を免れていた右目の視界の端に入った。


「ブライアン!?お母さんに何してるの!?離してあげてよ!私のお母さんよ!!!」

 モモが身体を捩って、唯一見知った騎士の腕から抜けだそうとする。


「ブライアン、こいつか。我が妹に母と呼ばれ、あまつさえ『メイ』などという名を名乗っていたのは」

「はっ」


 数名の男達によって地面に拘束されている私と、その斜め前でブライアンの腕から逃げようともがくモモの傍に、その男性が辿り着いた。


「パトリシア。息災であったか」

「………誰?」

「現王にして、あなたのお兄様ですよ」

 ブライアンが務めて冷静な声音で説明する。

 けれど、その視線は時折私を見ているのを、見逃さなかった。


「お兄、様?」


 突然目の前に現れた兄と名乗る肉親に、モモ―――ううん。もう、パトリシアに戻してあげなくちゃいけないのかな―――パトリシアは驚きのあまり、一瞬でもその動きを止めた。


 真っ白な髪に深い青色の瞳。


 そしてなにより驚いたのは、その氷の彫刻のように冷気さえ纏わせたような凍りついた表情。どこにも、パトリシアと似通ったものがなかった。

 敢えて言うなら、その瞳の色くらいだろう。


 感動的でなければいけないはずのその再会は、けれど多分私のせいで大変な事になってしまったようだ。


 その驚きは一瞬だけで、パトリシアはすぐに私の存在を思い出すと、久々に再会したばかりの兄に喰ってかかる。


「お兄様、いいえ!王ならば、この国で一番偉いんでしょう!!だったら、早く私の母を開放して!おかしいわこんなの!」

 けれど、王は真顔をほんの少しも動かすことなくパトリシアに首を振って見せる。

「それは出来ない。………この者は、人殺しを犯し、お前を誘拐した人間。罪人だ」

「は?」


 モモの目が驚きに見開かれ、そして呑み込めなかった言葉が私の舌を滑り落ちていった。


 気分を害したらしい王が一瞬だけ眉を寄せたけれど、それもすぐに消え、淡々と周りの人間に指令を出す。


「こいつは近々処刑を行う。それまでは地下牢にでも繋いでおけ。………パトリシア、お前は私と共に」

「いや、嫌よっ!お母さんがそんな事するわけないでしょ!!!何かの間違いよ!お母さんっ!」


 抵抗する間もなく、地面に押し付けられた私は、後ろで縛り上げられる。


 私の名前を叫ぶパトリシアの声が遠ざかっていく。


 腕が使えなくなったと確認してから、今度は無理やり髪を掴まれ乱暴に立たされた。まさに罪人に対する扱いと一緒。


 ようやく視界が開けたと思えば、ブライアンに文字通り抱え上げられながら城の中に入っていく娘の姿が見えた。

 それは泣き顔で歪んでいて、でも私から視線を外さないという強さがあった。


 本当に、何て扱い。

 死にもの狂いでパトリシアと逃げ出し、ひっそりと生きてきて、城に戻ったと思ったら。


 反論の余地も与えられないまま、私は気が付けば薄暗い牢屋に放り込まれてしまったのである。






 小さな空洞のような部屋が一定間隔で並べられており、入り口には鉄格子の扉が付いている。歩いてきた限り、この階には私以外に人は居ないようだった。


 王が地下牢といった通り、ここには光がまったく入ってこない。

 暗くジメジメしたそこは、生乾きの衣類をそこら中にばら撒いて放置したような嫌な臭いが充満していて、それが鼻につく。


 暗くてあまりわからないが、部屋自体は石づくりのようだ。

 触ればどこも冷たいゴツゴツした感触がする。その形からレンガ製のようだとも予想を付けてみた。

 そこには、簡素なベッドに洋服よりも薄いシーツと、もはや毛布といっていいかも分からない布が置いてあるだけ。部屋の片隅には、申し訳ない程度の穴があって、少し異臭のすることから、きっとトイレか何かだろうと思われた。

 

 この説明で分かる人はわかるだろうと思うけど、困った事がたった一つあった。

 それは、この場所がとても寒いということ。薄い布だけで寒さなんて防げるわけがない。


 秋ももうそろそろ終わる今、この中に長い間居ればいるほど、肩に爆弾を抱えている私にとって地獄のような日々が始まるだろう。


 すでに、無造作に抑えつけられたせいで肩は少しずつだが軋みを感じ始めていた。


 十年も平和に浸っていたので、こんな状況にいるのは久々だ。というか、前回はここまでひどくはなかった。死にかけたけど。


 歳や経験のせいもあってか、私は自分でも驚くほど落ち着いていられた。


 今まで、計二回も自分の死と直面した人間からすれば、牢屋に入れられることなんで正直そこまで恐怖ではなかった。


 こちとら、飛び降りと腕を切り取られかけた経験があるもんでね。

 なんて、自慢にはならない自慢を心の内で呟いてみる。


 肩を摩りつつ、ベッドに腰かける。

「誘拐………。人殺し?」

 王の言葉の意味を繰り返すが、さっぱりわからない。


 誘拐は、なんとなくだがわかる気はする。

 もし、ジルが今の王と敵対していたとして、ジルがその王を欺くためにパトリシアちゃんを私に託したのだとしたら、それは彼からすれば立派な誘拐になるだろう。


 だけど、人殺しというのはまったくわからない。

 むしろ殺されかけたのは私だ。


「うーん。わからん」


 首を捻って考え込んでいた私の耳に、誰かの足音が飛び込んできた。 


 私の居るそこは、人が居ないので些細な音でも響く。

 先ほどから、小さな動物や虫の徘徊する音も聞こえて居たりする。村での生活で虫やネズミとの格闘なんかは日常茶飯事だったので、特に怯えたりはしない。


「おい。飯だ」

「………ブライアン」


 驚いた。


 目の前の鉄格子の隙間から小さな袋を投げ入れてきたのは、まさかの騎士様だったのだ。


「人目を盗んできたから、持ってこれたのはこれだけだ。文句はいうんじゃねぇぞ」


 目を白黒させながら近づいて袋を開ければ、焼き立てのパンが二個と、リンゴが一つ。そして向きやすそうなオレンジとチーズ、革袋に入れられた水がギュウギュウに詰められていた。


「まさかあなたが持ってくるなんて、意外」

「姫が」

 私の少し皮肉を込めて伝えた言葉に、彼は何故かひどく落ち込みをみせてきた。


 思わず、私の方が悪者になってしまったような気分になったのは何故だ。不公平だ。


「泣いて暴れて収まらねぇ」

「でしょうねぇ」

 うん。私は悪くない。

「あの子はまだ十二の子供よ。母親と慕っている私が投獄されるのを見て、普通で居られると思う?」

「だが、あんたは大罪人だ」


 反論しようと口を開けば、まるで自分に言い聞かせるような口調で、ブライアンは言葉を遮ってくる。彼は私を見ちゃいない。その視線は足元に向けられたままだ。


 丁度いい機会だし、聞けなかった疑問を今ここで聞いてみることにしよう。


「あのさ、気になってたんだけど。あなた、私に会った時にも妙な事言ってたわよね。まるで、パトリシアが私と一緒に居ることを知らなかったみたいに。しかもめんどくさいとか、本名がどうとか。なに?私ってばお尋ね者だったの?」


 生憎国の最果てに逃げて居たものだから、そう言った情報には非常に疎かったのだ。


 一瞬足元にやった視線を私に向けたと思えば、次にはまたその視線を横にずらす。

 目の前の騎士は、頑なに私を見ようとはしない。


「詳しいことは俺も知らねぇ。これは、もう十年以上も前にあった話だ。知っているのは、王とその側近達のみ。俺が知ってることといえば、王ががパトリシア様を探していたことと、そんな彼女と共に居るであろう人間に復讐心を抱いていること、そして『メイ』という名が禁句なこと。そんだけだ」


 口早に言うだけ言って、意外に世話好き騎士さんは地下牢を後にしてしまった。


 残された私は、大人しくベッドに座って彼の差し入れてくれた食事に手を付ける。


 詳しい話をしてくれたはずなのに、どれも自分とは結びつかずに終わってしまいそうだ。


 パンにむしゃぶりつきながら、私の思考は十年前に遡っていた。


 パトリシアを保護した人物に復讐心って、どういうこと?

 『メイ』という名が禁句?


 保護した人物は、『芽衣子』という名の私だけ。

 だから現王は『メイという名を名乗る、パトリシアと共にいる人物』に復讐心を燃やしていたということだろうか。

 私は護衛をしてくれるはずだった彼らに殺されかけたのは、元々から計画されていたということなのか。

 私は生き延びてはいけなかったのか。

  

 最初から、私は信用されていなかったのだろうか。


 考えれば考えるほど、思考が悪い方にばかり向かってしまう。


 一生懸命、だったのにな。


 なんだか、久々に報われない気持ちが湧き上がってきて、いつの間にか食べていたものがすべて塩辛くなってしまったではないか。


 とりあえず食べれるだけ食べて、残りはベッドの下に隠す。


 布ともいえない代物を二枚重ねて、ベッドに横になって目を瞑った。

 恐ろしいのは、空腹でも暗さでも、寂しさでもない。



 この傷の痛みと、それと共に運んでくる悲しい記憶だった。



 幸せだった記憶が悲しみに代わる前に、この場所から、立ち去りたい。







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