辿り着きました
メイドさん達が夕食や湯殿の準備で一旦部屋から居なくなったところで、ようやく私達のリラックスタイムが始まる。
ここ一週間私とモモは同じ部屋で寝泊まりしていた。というのも、これもモモが権利を主張したのだ。
短い間で、モモがどれほど頑固な娘か理解したらしいブライアンは渋々した様子でそれを了承。
頷かなければ、野宿でもしてやる勢いだった彼女を止める術は、育ての親である私でも知らない。
ちなみにその際、弱り切った顔でちらりと私を見てきたブライアンを華麗に無視したのは、今まで彼への地味な仕返し。
「すっごいベッド!」
メイド達が完全に居なくなったのを確認して、モモは靴を脱ぎ棄てると、夕日に反射して紅く光る白いシーツの大きなベッドにダイブする。
その後はお約束通りベッドでクロールやら平泳ぎやらを披露し始めた。
はしゃぐ彼女を横目に、私は寝室に隣に面している大きな窓に掛かるレースのカーテンを開いた。
そこに広がる木々達は、すでに緑色から茶色へ衣替えを始めていた。
「もう、秋ね」
ポツリと呟いた声音が、少し緊張に震えてしまったのは、果たして私の被害妄想だろうか。
この国は気候の変化が急だ。だから、秋なんてないようなもの。
きっと後一週間もすれば、木々はその色のついた衣を脱ぎ捨て、白色に包まれる用意をし始めることだろう。
長い冬が始まるということは、私の古傷が疼く回数が増えるということ。
酷い時は動かすことさえままならない。
だからなのか、冬の季節だけは、クルト様やアリシア様が頻繁に帰ってきてくれる。
使い物にならない私を心配して。
そんな自分の不甲斐無さを思い知らされるから、私は冬が嫌いだった。
寒さに痛む肩を、無意識の内に摩っていたらしい。
その上に重ねられた小さな手と、心配そうに見上げてくるモモを見つけた。
「傷、痛む?」
この傷が出来た理由を、モモにはきちんと伝えていた。変に隠し事をしても、彼女は本当の答えに辿り着く。
聡明すぎる子だから。
「うーん、ちょっとね。でも、まだ大丈夫」
「痛くなったら言って!」
「え?」
私から離れてパタパタと部屋を出て行った桃色を茫然と見送っていれば、すぐに帰ってきた。
その手には、村から持ってきた彼女の持ち物。
満面の笑みを浮かべてその重そうな鞄をベッドの上に置き、勢いよくファスナーを降ろす。そこに隙間なく押し込まれていたモノは。
「痛み止め、いっぱい持ってきてるから!」
「………ほんと、あなたって子は」
この子の幸せのためなら、私は、なんだってするだろう。
「パトリシア様は、一体どちらで礼儀作法を?」
人生で数回しか着たことがないドレスを着用しての夕食となった。
宿が豪勢なだけに、夕食のメニューも豪華で、更にその場所も煌びやかだった。
四人掛けほどの丸いテーブルとがずらりと並び、敷いてある絨毯はネイビーの光沢が目に痛いフカフカした素材。テーブルに座って食事をしている人々は、皆貴族であることが一目瞭然な服を身に纏っている。
しかも、それぞれのテーブルに男性一人と女性四人の計五人のお手伝いさんがいるときたもんだ。
ある程度の礼儀作法はアリシア様に習っている。迷うことないテーブルマナーと共に食事を勧める私達に、ブライアンは目を瞬かせていた。
「お母さんの教育の方針で、貴族としての最低限の礼儀作法は一通り勉強していますが、なにか」
右手にナイフ、左手にフォークを持ち、優雅な仕草で牛のステーキを細かく切り口に運んでいた私の代わりに、少し刺々しさを残した口調でモモが返答する。
「どなたから?」
「お城に勤めてるんでしょう。そちらで調べたら簡単にわかること。………私が答える必要性がありません」
かなり横暴に記憶されている初登場時の様子と、私に対して少し当たりが強い事もあってか、モモはブライアンを嫌っている。
今も言いたい事だけ言うと、後は黙って食事を再開してしまった。
ブライアンがその後何かを告げたそうにしていたけれど、目線は完全に彼を見ていない。その様子を溜息をついて受け入れた様子の彼が、今度は私を見てくる。
にっこりと笑って、私も再び食事に集中することにした。
精々可愛い娘に袖にされ続けると良い。
ちらりと顔を上げた時に見たブライアンの顔は、可哀想なほど弱り果てていた。
ざまーみろ。
後日メイドさんに聞いたところによると、食事中、私達の座るテーブルだけが異様なほど静かで、他のテーブルがチラチラと気にしていた、らしい。
朝がくる。
今日中にお城に着けるように、朝早くに宿を出る手筈になっていた。
馬車に乗り、宿を後にした。
馬の進む足音が大きくになるにつれて、馬車の中に座る私達は緊張に口数が少なくなっていった。
向かい合うようにしてある椅子の存在なんか忘れて、隣り合わせに身体を寄せ合うように座り、きつく手を握りあう。
そして、窓から見える背後に流れる景色を見つめ続けた。
宿を出た直後は街並みに彩られていたものも、少し行くと緑色の木々になり、そして最後には田んぼや畑などの水平線のみが永遠に思えるように続いた。
肩を寄せ合ったまま眠っていたのだろう。
馬車が止まった音で周りの状況を認識する。
休憩のようだ。
私の肩で眠り続けるモモを起こして、メイドさん達の用意してくれていた昼食を頂くためにレジャーシートに向かっていく。
その最中不意にブライアンと目が合う。
きつい睨みの聞いた視線が返ってくるのが常だったのだが、今回に限っては何故か苦しそうに眉を寄せ耐えるような表情になるとすぐに瞳を逸らされてしまった。
「?」
よくわからないけど、突っ込んだ所で返答はないし、ほっとこう。
ここ一週間一緒に過ごしてきた仲で、ある程度私達の好みを把握してくれたのだろうメイドさん達は、いつもより豪勢なお昼ご飯を用意してくれていた。
お礼を言いながらモモと食べていると、何故か寂しそうな顔をされる。
「どうしたの?」
モモが小首を傾げる。今手に持っているのは、彼女の大好物のエッグサンド。
傍に控えていた三人の内の一人が眉を下げながら頭を振る。
「いいえ、なんでもありません。………ただ、この一週間お二人と居られてとても楽しゅうございましたから、少し寂しい気がして」
「お城に着いたらもう会えなくなるの?」
「えぇ、わたくし達は、管轄が違います故」
その言葉に何か思案気な表情で、残りのサンドイッチを頬張ったモモがニッコリ笑う。
「私もみんなと一緒に居られてとても楽しかったの!本当にありがとう。私、みんなが好きよ。だから、お城の人に頼んでみるね、また私達と居られるように」
「姫さま!!」
感涙に涙を浮かべるのは、メイド達だけではなかった。その言葉を聞いていたらしい護衛の騎士達も何故か男泣きを始める。
みんなが泣きだすその光景はすでにカオス。
うちの娘が、天然のタラシでもあったのを、母ちゃんすっかり忘れてた。
その中で、やはり、ブライアンだけが苦しそうに顔を歪めていた。
昼食を終え、馬車に戻る。
水平線が続いていた光景が、木々に代わり、そして街並みが姿を現す。
今まで以上の人々で賑わう城下町を抜け、私達はついに、城へと辿り着いたのだ。
ずっと走っていた馬達が、ようやくその動きを止める。
余程急いでいたのだろう。城の全貌を拝む前に、門を通過し、城の中に入ってしまった。
城の目の前で止まった馬車の扉を、ブライアンが緊張した面持ちでゆっくりと開いた。
「「「お帰りなさいませ、パトリシア様!」」」
最初に手を差し伸べられて馬車から降り立ったモモを、二手に分かれ整列した大勢の人々が声を揃えて迎え入れた。
騎士の姿をした人間も居れば、メイドの姿の女性達も、シェフの恰好をした者達までいる。
城の主だった者たちが集合したのであろうと思われる。
あまりの大歓迎ぶりにモモが驚きながら地面に足を付けると、今度は私の方に伸ばされる手があった。ブライアンだ。
なんの疑問も持たずその手を取って馬車から降りるために一歩を踏み出す。
その足が地面に辿り着いた直後。
大勢の人々が一斉に膝を着いて頭を下げる。先ほどよりも深い礼に思わず及び腰になっていれば、近づいてくる足音があった。
見れば、二手に分かれた大勢の人々の間を、貫禄たっぷりに歩いてくる人物が居た。
真っ白な短髪の瞳に掛かるくらいに長い前髪が特徴的な男性は、その身を真っ赤なダウンのようなマントで包んでいる。遠くからやってくるのであまり特徴は分からないが、まだ若い男性のようだ。
目が合った気がした。と同時に、殺気のようなモノが飛んでくる。
「その者を捉えろ」
聞こえてきた鋭い声が静寂の鼓膜に罅を入れた。
「えっ!?」
直後、沢山の手が伸びてきて、気が付けば私は地面に額を擦りつける形で抑えつけられていたのだった。