吐き出された呪詛 (第三者視点)
これにて「出会い編」は終了。
次回から「再会編」。10年後にすっとびます笑
「は、気を失っちまったか」
少女の目の前に突き刺した剣を引き抜いて、男は残念そうに呟いた。
「まぁ、いい。これで心置きなく留めをさせるってもんだ。おい、やれよ」
「ぼ、僕ですか!」
最初に少女の切った男は白い顔を更に青くして、同僚の言葉に動揺したようだ。そんな彼に呆れた様に声をかける。
「何を今更。最初に切ったのお前だろう」
「と、留めはさせません!!」
「おいおい、頼むぜぇ。ぼっちゃんよぉ」
情けなさを全面に押し出してくる同僚に溜息をついた男は、その剣を振り上げ、なんの迷いもなくそのまま振り下ろす。
しかし。
「ぐっ!」
その剣は、地面に横たわる芽衣子には届かなかった。彼女に振り下ろされるはずだった剣が、持ち主の支えを失ったことで、地面に虚しい音を立てて転がる。
代わりのように、そんな男の胸から生えた刃物があった。
「………」
自分が死んだことすら気が付く事なく、男は絶命した。
胸を貫通した刃物が抜き取られれば、重力に逆らう事なくそのまま崩れ落ちる。
「ひっ」
予想だにしなかった同僚の死に、もう一人の男は戦慄する。喉を引き攣らせたまま目の前に立ちふさがった人物を見つめた。
絶命した男が倒れ落ちることによって、存在が露わになったその男は、まさに大男の名をほしいままにするだろう風貌をしていた。
盛り上がった腕の筋肉は、黒のマントの中でも見て取れる。その顔は精悍だが荒々しく、まさに獲物を見つけた豹のような睨みを利かせていた。
その視線に晒された彼は、まるで蛇に睨まれた蛙のようにその動きを縫いとめられたまま浅い息だけを繰り返す。
「こら、いつまで遊んでるの」
どちらも動けない緊迫した空気を切り裂く、高い声が響いた。
いつの間居たのか、地面に倒れる芽衣子の隣に膝を着く人物がいたのだ。
身体の細さや声からして、女性であると思われるその人物は、倒れている少女の首に人差し指と中指を当て、脈を取っているようだ。
「あんまり、良い状態とは言えないわ。血を流し過ぎている。クルト、手当てを」
クルトと呼ばれた大男は、のっそりと首を上下に動かすと、あっさり男から目を離し、芽衣子の隣に座り込み、包帯を手にその患部に慣れた手つきで処置を施していく。
睨みから解放された男は胸をほっと撫で下ろす。
しかしそれもつかの間の事。首に冷たいナニカが当てられたことで、再びあの殺気の中に放り込まれてしまった。
「あら、逃がすとでも思った?」
先ほど現れた女性は、だいぶ行動が素早いらしい。
先ほどまで目の前の芽衣子の横に居たかと思えば、いつの間にか男の後ろに回っていた。
「………何故、こんな女子供を襲ったの。あなた達の主は、誰」
「そ、それは………」
フードで顔を隠している女性はその正体を明かさないまま、男を追い詰めていく。
はっきりしない男にイラついたように、彼女の刃物を持つ手が一層強くなる。それと同時に、男の首の薄皮が鈍い音を立ててざくりと裂けた。
そこから溢れだす血が、男の身体を流れていく。
「う、うわぁぁ!!」
自分の血に驚いたように、男が尻餅をついてしまった。
その直後、女性は素早く彼の目の前に回り込み、刃物を持つ手の力を緩めないまま口を開いた。
「あなたみたいな血に慣れていない人間を使わなければいけないほど、この国は廃れたらしいわね。言わないなら用はないわ」
ちらりと見えたフードの中の瞳は、氷のように冷たく真っ青だった。
「お、王と第一王子が!!!」
容赦なく振り下ろされようとした刃物から守るように両腕で顔を庇ったまま、男は叫んだ。
刃物が動きを止める。
「王と第一王子が、姫とジル様の寵愛を受けていると噂されている女の首を持って帰ってくるようにと………」
閑念したのか、その後、男は呆気ないほどスラスラとその背景の事柄を語った。
「………浅はかなあの人達らしい考えね。ジルの気力を根こそぎ奪ってしまおうってこと?はっ、呆れたこと。真逆の可能性を考えないなんて」
「あ、あなたは………」
ただの国民では到底お目に掛かれない地位にいるはずの人物達を、あたかも親しい者のように語る女性に、ようやく違和感を覚えた。
しかし、その質問に答えることなく、女性は足早に芽衣子の元に立ち戻り、その血に塗れた長い髪の一房を刃物で切り取った。
その体格と似合わず、案外器用であるらしいクルトの的確な処置により、芽衣子はとりあえずその流れる血を止めた様だった。しかし、彼の腕に抱えられている彼女は、ピクリとも動かない。
呆然と女性の動きを追っていた男の前に、女性が戻ってくる。
「これを持っていきなさい。私やクルトのこと、ここで起こったことは他言無用。ただこの髪を渡して、あなたはあの城から消えなさい。余計な事を言った日には、地獄までも追いかけて、今度こそ留めを指して差し上げるわ」
「ひっ」
飛んできた殺気に恐れをなしたのか、男は腰の抜けた身体に叱咤して、足早にそこを後にした。
男の後ろ姿を見送って、女は芽衣子の傍らに戻る。
処置のため仰向けにされていた彼女の腕から、目を見開いたまま動かないパトリシアを抱き上げようとする。
しかし、芽衣子の右手の強さから、それが案外難しいと悟った。
「なんて子。気を失っても、離さないなんて」
先ほどまで纏っていた殺気が拡散して、女性本来の柔らかな雰囲気が戻ってくる。
目を閉じたまま動かない芽衣子の頬に手を寄せ、耳元で優しく囁いた。
「大丈夫よ。あなたは助かる。私達が助けるわ。だから、安心しなさい」
聞こえているはずなどないのに、芽衣子の苦悶に歪められた眉が微かに和らぎ、パトリシアを抱いていた右手から力が抜ける。
女性がパトリシアを受け取って、クルトが芽衣子を横抱きに抱え上げ立ち上がった。
「罪もないこんな子達にまで手を下すなんて………」
女性はすべての元凶があるはずの場所を見つめて眉を寄せた。彼女には、見えるはずのない燃え盛る城がはっきりと見えていた。
それはかつて、彼女が棄てた場所。
「呪いに怯え、娘一人すら守れぬ国など、滅んでしまえばいいのに」
呪詛の言葉を呟いて、彼らは身を翻した。
行く当てなどない娘と赤子を、彼らに代わって護るために。