幸せだな
今回は少し短めです。
嵐の前の静けさ。。。。
あの日アーチの傍で倒れてしまった私は、自分のベッドの上で目を覚ました。
目を覚ました直後、四方八方から責められ、泣かれ、そして甘やかされたものだから、思わず目を瞬かせる。
ジルに至っては、責められた後落ち込まれてしまった。
私の不眠症の事を知らなかったことに腹を立てているらしく、何故か自分を責めだす始末で、その収集にだいぶ手間がかかった。
ジル同様他のみんなも私の無理を無言で責めてくるため、ジルを宥めるのは私しか居らず、それ故に更に時間がかかってしまったのである。
時間をかけてジルを通常運営状態にまで戻し、クラリスに謝り倒し、セリムの含みのある視線に耐えた所で、ようやく色々な事から解放された。
思わず一息、深い溜息を零してしまったではないか。
彼らを宥めるのがこんなにも大変なら、今度からは正直で居よう。隠すことよりもこちらの方がだいぶ労力がいるということを身に染みて感じた。
私をここまで運んでくれたのはクラウディだとわかっていたので、素直にお礼を言う。
その際、ジルが恨めしそうにこちらを見ていたので、何も考えず、気持ちのままに笑顔で彼の頭を撫でてしまった。もう少し大きくなったらね、という願いを込めてだ。
もちろん、年頃の男のこであるジルはそれが気に食わなかったらしい。顔がとんでもないことになっていたから、そっと頭の上にあった手を離し、苦笑して誤魔化してみた。
ジルがまた、頻繁に顔を見せてくれるようになった。
再び始まった彼の言語の授業が生温く感じられるようになったのは、きっとクラリスのせいだ。スパルタであったはずのそれは、クラリスの鞭に慣れた私には少し物足りなくさえ感じる。
私、M気質だったのかな、なんてちょっと思い悩むのもきっと彼女のせい。
それに、悪夢を見る回数もだいぶ減った。
というか、夢をみる隙さえないぐらい、深い眠りに入ることが多くなったのだ。それほど、私の肉体は疲労を訴えていたのだろうと、一人納得していた。
心配させないように、悪夢を見た日はちゃんとジルに報告する。
といっても、報告しているのはクラウディだけど。そうすれば、昼間はいつも以上にみんなが私を甘やかしてくれる。
『幸せだなぁ』
アーチの向こう側にある庭の一角のいつもの白い椅子に上半身を預け、空を見上げていれば、ごく自然とそんな言葉が口から零れ落ちた。
朝から、ジルによる言語の授業と、クラリスによる地理の勉強でクタクタになっていた私を見かねてか、午後は急遽庭にて寛ぐことを許され、久々に太陽の下で温まっている時の事だった。
腕の中のパトリシアちゃんは、太陽の光に眩しそうにしながらもうとうととしている。
その顔が可愛くて、更に笑み崩れてしまう私を誰が責められるもんか。
私のすぐ横の椅子に座っていたジルが聞きとがめたようで、ずいっと身を乗り出してくる。
「メイコ、よくその言葉を呟いてるよね。『幸せ』ってなに?」
耳の良いジルは、簡単な日本語を聞き取ってくれたようだ。私の呟いた言葉の意味を知りたいのか、その言葉を繰り返してきた。
久々に聞く自分以外から発せられた日本語。
ついつい日本語で呟いていたようである。
「『幸せ』、わたし、国、言葉。意味………うーん」
『幸せ』という言葉を、この世界の言葉に変換できずに考え込む。気が付けば、クラリスもセリムもエメもクラウディも興味津々のように私に注目してきていた。
確かに、彼らに私の国の事を話したことはなかったので、より彼らの興味をそそられたようだ。
パトリシアちゃんを抱えていない右手を顎に当て、悩むこと数分、一言に表すことが出来ないので、とりあえず私の覚えた幸せな言葉を並べてみることにした。
「いっぱい食べる、『幸せ』。いっぱい寝る、『幸せ』。いっぱい、笑う『幸せ』。痛い、ない『幸せ』。怖い、ない『幸せ』」
「なによ、いつものメイじゃない」
クラリスが呆れたように目尻を下げる。
私は満面の笑顔で言葉を続けた。
「みんな、一緒、『幸せ』!」
太陽の光が降り注ぐ元、幸せの意味を力説する私を、みんなが眩しいものを見る様に目を細めて見つめていた。
平和に日々がようやく戻ってきたものだから、私はすっかり失念してしまっていたのだ。周りを取り巻いていた、不穏な空気を。