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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
出会い編
1/77

なんで私が

新連載の開始です。

今回はアラサートラウマ持ち主人公とヘタレ年下ヒーローのすったもんだの恋愛劇になります。

脇役たちが色々黒いです。


楽しんで頂けたら幸いです。



 教会の鐘が鳴る。



 父に導かれながら歩くのはバージンロード。自分が纏うのは目にも眩しい純白のドレス。

 道の両側から感じる人々の見守る暖かな視線の数々を四方八方から感じながら、歩みを進める。

 ベールに遮られながらでも見える、道の先に佇むたった一人と誓ったスーツ姿の男性の姿。


 父親の腕から、愛しい彼の腕へ。


 ベールの向こうには幸せそうに微笑む彼が居て、この時の私はこれから彼と幸せになるんだと、信じて疑わなかった。

 牧師が誓いの言葉を読み上げる。


「誓いますか」

「誓います」


 寸分違わず声を張った。緊張で声が震えたのも仕方がない。

 次は彼の番だ。

 

 期待に胸を躍らせ、ベールの奥から笑顔で彼を見つめていた最中、会場の扉が乱暴に開かれた。


「いやよ卓也!!!あなたにはあたしが必要なの!!!目を覚まして!!!」

 扉の先で声を荒げたのは、私とは対極にいるだろうという印象を抱かせる女性。


 豊満な身体は、私が欲しくても手に入らなかったものだし、彼女の付けている真っ赤な口紅は、童顔のこの顔では決して似合うことはない。何度もデパートで買おうとして、でも自分に似合わない色に溜息を零したことか。


 あんな大人な女性になりたいなんて思ってた時期もあった。でも、こんな私でいいんだと、彼は言ってくれた。


「え?」


 一瞬思考がそれて、けれどそのすぐ後、今の状況が理解できずベールの向こうで首を傾げてしまった。果たして、こんな余興があっただろうか。余興にしては、不適切にもほどがあるぞ。

 その刹那、目の前に立っていたはずの彼が扉に向かって走り出した。一人残された私が最後に見たのは、女を抱きしめる彼と、そうして手と手を取り合い、会場の外へ駆け出す二人の背中。



 ―――残されたのは、呆然自失のまま立ち尽くす幸せになるはずだった花嫁の私。


 ―――こうして、輝きに満ちていたはずの私、岸芽衣子の日常はいとも簡単に崩れ去ったのだ。




✿  ✿  ✿  ✿



 

 見下ろした先に広がる、囲碁盤の上に置かれたかのように規則正しく並ぶ集合住宅街の屋根達。色とりどりのそれは、夕焼けの光のせいで本来の色よりもやや濃いめに染まっている。

 建物はそれぞれ形が違うはずなのに、左隣に反映された影はどれも長方形の形に長く伸びていた。その規則正しさですら、今の私にはイライラを助長させるものでしかない。


 そんな屋根達の見下ろしながら、手にしたチューハイの缶を煽る。というか、それしかすることがない。

 こんなに美味しくないお酒も中々ないな、なんて眉を寄せて見せた。

 頬に感じるのは流した涙の乾ききったあまり好ましくない感触。




 新郎の逃避行を目の当たりにして、すでに数日が経っていた。


 未だに彼と女の行方は分からないらしく、連日彼の実家や親戚達が謝罪に訪れてはいるものの、肝心の人物は姿を現さない。しかし悪いのは彼だけであり、他の人達ではないのだ。


 28歳の誕生日を迎えて少し経っていた私は、もうすでに子供だといえる時期をとうに越してしまっていた。喚きだしたい気持ちに蓋をして、大人な態度で人々と接する。

 そうしなければ、きっとこんどはこちらに批判の声が上がることだろう。いつまで根に持つのか、とか、大人げない、なんて。


 基本、世の中は理不尽だ。


 ある程度社会人を経験している今ですら、その不条理さに溜息が出る。


 ―――なんで私がこんな目に………。


 昼ドラヒロイン顔負けの言葉をひっそり胸の内で零しながら、結婚式に参列してくれた人々へのお詫びを済ませ、友人や家族からの憐れみの視線に必死に耐えること数日。ようやく、家に帰ることができた。


 けれど、待ち構えていたのは、彼の二人で過ごすはずだった一人で住むには大きすぎるマンションの一室。鍵を開け、玄関に入り、電気をつける。

 真っ暗な廊下を歩いてリビングに入れば、薄暗くてもわかる大きな対面式のキッチンと、すぐ傍にある四人掛けのダイニングテーブル。

 キッチンは対面式がいいと駄々を捏ねた私のために、彼が一生懸命不動産屋と掛け合ってようやく見つけた家だった。


「………っ」


 この数日、強がりと目の回るような忙しさのせいで流すことを忘れていた涙の雫たちが次々と頬を伝っていく。

 思い出のありすぎる部屋に居られるはずもなく、私はその家から逃げ出した。



 そうして気が付けば、どこともわからぬ屋上の端に腰かけていたのである。

 有難くも、最近ハマっていたチューハイの缶を片手に。




「………はぁ」

 会社は寿退社してしまったため、明日の出勤時間を心配する必要もない。


 彼の実家から、慰謝料やら式のキャンセル代を貰ったためお金に困ることもない。

 当面の生活は守られていて、特に心配することもないはずなのに、すべてがとても虚しく感じられた。


「幸せに、なれると、思ってたのに、なぁ」


 20歳の時に付き合い始めた彼は、初めての彼だった。四つ上だった彼が、私の世界のすべてだった。穏やかで、沢山の初めてをくれた人だった。


『君の、幸せそうに笑う顔が好きだよ。それをずっと傍で見守っていたい。………芽衣子、一緒に幸せになろう』

 脳裏に弾けて消えた彼の笑顔とプロポーズの言葉に、知らずの内に歯を食いしばる。鈍い軋む音が口の奥から脳裏に響いた。


「何が、幸せになろうよ。あっさり置いていったくせに………ふざけんじゃないわ」


 苦々しい顔のまま、チューハイを煽って、言葉を漏らす。

 振りかぶるように飲んだそれは、もう残ってはいなかった。

 むしゃくしゃしていたけれど、高い屋上から投げ捨てるようなことはせず、片手で握り潰して脇に置いた。もちろん、風で飛ばされないように、窪みに寄せておく。


「あ」

 運が悪いことに、風に煽られたのは私の方だった。


 屋上の端に腰かけていたのが悪かったのだろう。

 言っておくけれど、自殺願望があったわけじゃない。気が付いたら高いところに上っていて、廃墟のそこはフェンスなんかもなかったから、簡単に入り込むことができたのだ。


 ただそれだけ。


 死ぬことは頭にはなかったけれど、風に吹かれて体勢を崩し上空に放り投げられた時、抗わなかったのは、もしかしたら自分でも気づけなかった本心の現れだったのかも。


 ―――なんて暢気な。


 自分が座っていたはずの場所が、目の前に見える。夕焼けの朱色に染まった空が上空に見える。


 もう何も考えなくて済むのか。これからのことも、これまでのことも。


 そう思って、静かに瞳を閉じた。

 出来ることなら、あまり痛みを感じることなく、このまま儚くなってしまいたい。そう願った時。 



『あなたの命、要らないのなら、ワタクシの子らに使ってはくだいませんか』

 誰かが耳元で囁いた。





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