恋譜
前回のあらすじ
小悪魔が駆るSM450Rと、対する魔理沙の400SM。圧倒的パワーとテクニック差で魔理沙の完封に終わるかと思われたが、後半のダートに入るなりパチュリーが磨き上げた足回りのパフォーマンスに破れ、大きくリードを許してしまう。
そろそろダートも終わる…待ちやがれ小悪魔!」
フロントタイヤを軸に弧を描くように鋭く林道の複雑なコーナーを攻める小悪魔。魔理沙も負けじと攻めようとするが制動性、立ち上がりの加速力ともにオンロード特化の足回りが大きく足を引っ張っていた。減衰が抑えられたサスペンスによる四肢への疲労も重なり徐々に差が開いている。
「魔理沙さん!申し訳ないですがマシンの指向から違うんです…このコースなら私は絶対に勝ちますよ!」
小悪魔が砂を後方に巻き上げながら加速すると、そのまま段差を飛んだ。一瞬の臓器が浮き上がる感覚の直後、舗装路に着地する。このまま数100mも進めばスタート地点だ。
「…あら、思ったより早く来たわね」
スタート地点である紅魔館玄関前に座っていたパチュリーが音に気付く。その横に座っていた霊夢もそれを聞き右側に目を向けた。
「…え?魔理沙がモタードで負けてる!?」
コーナーを抜けて先に出てきた小悪魔に驚き思わず立ち上がる霊夢。モタード乗りなら魔理沙がǸò.2̀と信じていた霊夢にとってかなりの驚きだった。遅れて魔理沙がコーナーから現れる。
「魔理沙の400SM、ひたすらオンロードに特化してるのよ。また舗装路で巻き返されるだろうけど、小悪魔なら再びダートで引き離すわ… まぁ、魔理沙が巻き返せるのもせいぜい最初の3周くらいだわ。一周目から疲労が見えてるし」
2人の目の前を小悪魔が通過した。ダートの砂埃を2人に置いていく。続けて魔理沙も通る。
「魔理沙はコースを知らなかったんでしょ?あなたは不公平と思わない?」
悪態をつくように低い声で霊夢がパチュリーに問う。
「正直、フェアプレイとは言えないのは承知してるわ。でも今はレミィのために、確実に勝ってあなた達を追い出す口実を作らないとね…」
相変わらず本に視線を向けたままパチュリーが答えた。
「パチュリー…ダートでの私の疲労狙って来たな…このままじゃまずいぜ」
ダートでの突き上げる振動による疲労で腕とふくらはぎが微かに震えるのを感じる。二週目にして既に魔理沙の走りのキレは目に見えて落ちていた。
「申し訳ありませんけど、レミリア様とパチュリー様のためにも確実に勝たせてもらいますよ魔理沙さん!」
大きく車体を傾けスライド進入する。タイヤに詰まった石が路面に擦れたのか、一瞬不快な音を慣らし、そのまま白煙を微かに残して曲がった。
一周目、舗装路では好調にリードしていた魔理沙だが二週目になりペースはだいぶ落ちている。このまま攻め続けても疲労が重なりさらに差が開くだけだ。このままではダメだと思い、魔理沙は決心した。
「あんまりそういう事はしたくなかったけど、背に腹は抱えられないんだぜ。覚悟しろ小悪魔!」
魔理沙がハンドルを握る左手を緩め、親指をスイッチ類の更に中央側、大きなカワシロの字が書かれたボタンに当て強く押し込んだ。ボタンが赤く点灯する。
「弾幕は消えても私の戦い方は健全だぜ!これが今の私の…
恋符:マスタースパークだ!」
ギアを1つ落とし、スロットルを開ききる。前輪を一瞬持ち上げ、けたたましい音と共に小悪魔に迫る。
「なっ…!?なんて加速を!!?」
急激に迫る魔理沙に小悪魔が怯む。が、それでも冷静にペースを保ちブレーキ、迫るコーナーにいつも通りのラインで進入した。その後から魔理沙も迫るが、疲れからかブレーキのタイミングは相変わらず早く、微かに小悪魔が差を開ける。
「いや、パワーがどんなに上がろうと今の魔理沙さんの余力ならコーナーで引き離せる…」
そう信じ、ふとミラーに目を向ける…
いや、確実に迫っている。コーナー進入でこそ確かに魔理沙より速い小悪魔だったが立ち上がりの加速が桁違いなだったのだ。魔理沙は最早接触する一本手前まで迫っている。
「バイクもパワーだぜ小悪魔!」
そのまま緩やかなコーナーに入る。小悪魔のすぐ背後にいた魔理沙がコーナー外側にずれ、追い抜こうとする。
思わず魔理沙の方を凝視する小悪魔。イン側を取れたことにより辛うじて堪えた。が、ふと小悪魔の視界から魔理沙が消えた。
「?…あっ!!」
前方を見ると鋭い切り返しのコーナーが目の前まで迫っていた。魔理沙はそのコーナーに備え減速していたのだ。
小悪魔が慌ててブレーキを握り込み、身体を反対側に傾ける。
が、遅かった。急制動に加え、無理な重心移動で小悪魔はコーナー外側に投げ出された。そのまま芝生を滑り、紅魔館の庭園に突っ込んだ。
「おっと!」
その時魔理沙の目の前にはもちろんSM450Rが倒れていた。慌ててアクセルを開き前輪を持ち上げる。前輪がSM450Rの上を通過した所で後輪がそのフォークに接触し、魔理沙は勢いよく乗り上げた。転倒すること無くSM450Rを乗り越えると、コースを無視して芝生に入る魔理沙。庭園の前でバイクを停め、花畑の中に歩いていく。足が疲労で震えるのを感じる魔理沙だが気にしてられない。
「小悪魔!大丈夫か?」
畑に倒れてる小悪魔を見つけるとすぐさま駆け寄った。意識はあるようだ…というより、軽い擦り傷程度で特に大きな怪我も無かったのか、何事も無かったかのように座り込んでいる。その体力は流石妖怪だ。
「えぇ、私は大丈夫ですよ。魔理沙さんこそ私のバイク巻き込まれてませんでしたか?」
魔理沙の腕を借りて立ち上がる小悪魔
「あぁ、でも小悪魔のバイクに乗り上げたからな…直せるかなぁアレ」
魔理沙がコース上に横倒しになっているSM450Rを横目に見る。
「私達は時間も体力もありますから。人間は命が一番大事ですよ。魔理沙さんに怪我が無くてよかったです」
特に会話も無く霊夢とパチュリーが玄関に座り待っていると、エンジン音が本来来るはずのない方向から聞こえ2人は振り返った。魔理沙が逆走して戻ってきているのが視線に入る。魔理沙の背には亀裂が入ったヘルメットの小悪魔が乗っていた。
「小悪魔…魔理沙のプレッシャーに負けたわね」
霊夢が誇らしそうな顔をパチュリーに見せた。
「まぁ、そう簡単に負ける魔理沙じゃないわよ」
決着の経緯を聞くパチュリーと霊夢。
「…って訳なんだぜ、もしかしたらパチュリーのハスク壊しちまったかも知れないけど」
「いえ、気にしなくていいわ。勝負は勝負だものね」
魔理沙が言い終わる前にパチュリーが答えた。そして肩をすくめる
「はぁ…これでまたレミィにグチグチ言われるわね」
4人揃って笑い声をあげる。
「…そういえば魔理沙さん、あの時の物凄いパワー、どういった仕組みなんですか?」
その小悪魔の問いにパチュリー、霊夢も魔理沙を見つめる。
「確かに。私もそんなの聞いたこと無いわよ?」
霊夢が首を傾げた。パチュリーは仕組みを書き残そうとメモを再び手に取る
「にとりに付けてもらったスイッチだぜ!私は勝手に"マスパスイッチ"って名前付けたぜ」
魔理沙がハンドルバーに付いているスイッチを自慢げに見せつける。
「もっとネーミングをなんとかしなさいよ…それで、そのスイッチで何が変わるの?」
パチュリーが呆れた顔で尋ねた。
「それがにとりのやつ、秘密だって言うんだ。ただ聞いてるのはエンジンの負荷、燃費の低下を引き換えに高回転域でのパワーをあげるってだけだぜ」
苦笑いしながら魔理沙が答える。
「なによそれ…参考にならないわね」
パチュリーがノートを閉じて鉛筆を放り投げた。
「じゃあ、遠慮なく入らせて貰うぜ」
魔理沙が400SMを霊夢の999Rの横に停め、扉を開けようとした。
「…待ちなさい魔理沙、ここを通るんならもう一人相手してもらうわよ」
パチュリーがドアノブに手をかけた魔理沙の腕を掴む。
「なんだよめんどくさいなぁ…まぁ、ここまで来たからには引くわけにもいかねぇぜ、なぁ霊夢!」
魔理沙が振り返ると霊夢は既に再びヘルメットを被り、グローブのテープを締めていた。
「まぁね…さぁ、誰でm」
「私が相手するわ、霊夢」
突如4人の中央に咲夜が現れる。時間を止めて移動してきたのだろう。
「…咲夜、レース中は使うなよ?」
呆れるような、そして疑うような目で咲夜を睨めつける魔理沙。
「えぇ。勿論お嬢さまの為とはいえ、フェアプレイでいくわよ」
突如目の前から咲夜が消えた。そして今度は4人の背後からエンジン音が響く。以前戦ったZZRとは違う、高回転に振り切った突き刺すように甲高い4気筒サウンドだ。
霊夢の前に立ちはだかる白、赤、青の眩しい車体。鳥のような鋭いLEDの視線。咲夜のCBR1000RR SPは霊夢を殺気にも近い威圧感と共に睨みつけていた。