賢者の足
前回のあらすじ
運良く厳しい条件の中美鈴のZZR 1100に打ち勝った霊夢。 霊夢が紅魔館に入る頃には既に魔理沙と小悪魔の戦いは始まっていた。一件大きく差を開き余裕そうな魔理沙だか小悪魔はそんな中勝機を見出していた
霊夢がゆっくりと紅魔館の中に乗り入れると、玄関の石段に座り込んでいるパチュリーが見えた。片手に本を持ちもう片手で地面に置いている紙に何かを綴っている。
「あらパチュリーじゃない。外にいるなんて珍しいわね…」
パチュリーは霊夢を一瞥すると本に視線をもどした。
「今魔理沙と小悪魔が走ってるのよ…メカニックとして決着は見守りたいからね。今日は体調もいいし…」
霊夢はそう聞くとパチュリーの横に腰掛けた。
「…私も休憩がてら見てようかしら」
その頃パチュリーと霊夢の背後、紅魔館の裏では魔理沙と小悪魔が疾走していた。両者の車間は約4台分。魔理沙が先行している。
「ん?コーナーで差が開かなくなってるぜ?小悪魔のやつマシンに慣れてきたのか?」
ミラーを見ると前半少しづつ開けてきた距離が変わらなくなっていた。魔理沙と同じテンポでコーナーを曲がる。
が、魔理沙は同様に違いも見出した。小悪魔のSM450Rの方が後輪のスライド、ロックが多いのだ。ずっと後方を見ているわけでもないがその鋭いスキール音から察知できた。
「フロントが予想外に柔軟ですね…それに反してリアはやや硬い。パチュリー様は意図的に滑りやすくしてますね」
正直小悪魔は、スライドしやすくセッティングされているのは分かってもその目的は掴めなかった。だが小悪魔はパチュリーを信じ、積極的にスライドを多用しているのだ。ダート慣れしている小悪魔にとってそれは決して難しい事では無かった。が、かといって距離は詰まっているようには感じられない。
二台のビッグシングルがけたたましい音を響かせ紅魔館の裏庭を通過した。その先にアスファルトは見えないが、雑草と雑木が茂る森の中に1本の獣道が映る。ここかと確信した魔理沙が少し腰を浮かせて獣道に入った。アスファルトを乗り越えた衝撃をステップに感じ取り、そのまま腰を戻した。ダートに入ることによりタイヤの空転が起きるようになり、加速が鈍く感じる。小悪魔を除いては
「えっ!?なんだその加速は!?」
魔理沙が気付いた時には小悪魔はすぐ背後にいた。まるで小悪魔の上だけまだ舗装路が続いてるようだ。
「やはり…この滑りやすさは溝の細かさが原因だった!」
小悪魔はようやく意図を掴めた。ブロックタイヤの様に深い溝では無かったから気付かなかったものの、このタイヤは一般的なモタードが履いているものより明らかに溝の密度が高い。その細かい溝は確実に砂を掴み、後方に砂を大きく巻き上げながら安定した加速をもたらした。
「このダートのグリップ力…ここで勝てる!」
2人の先にコーナーが移る。極端にRが狭く、大きくバンクしている。
「…ここは譲るぜ小悪魔!」
魔理沙がワンテンポ早くブレーキを踏む。コーナーイン側から通り越す小悪魔を渋い顔で見ていた魔理沙だが後輪がロックしたのを感じて慌ててブレーキを緩めた。タイヤロックによる減速はダートでは逆効果だ。対する小悪魔は魔理沙の少し後にブレーキを踏み始め、かつ安定していた。インから魔理沙を抜いた小悪魔だがすぐさまアウトから魔理沙を先導するかのようにバンクギリギリのラインを後輪でなぞった。バンク外側に砂が激しく飛び散る。負けじと精一杯エンジンを吹かしながら旋回する魔理沙。それでも立ち上がりではタイヤのグリップ力に差が出てしまった。小悪魔が更に魔理沙を引き離す。
「コーナーの角度もキツイですがここら辺の道は荒いですよ魔理沙さん!その硬い足回りでそのペースはキツイんじゃないですか?」
ストロークが大きく、深く沈み込むサスは小悪魔の腕にそれ程ストレスを与えなかった。これもパチュリーの目的かと合点する。そしてパチュリーが二~三周ではなく六周にしたのも魔理沙の後半の疲労を狙うためだろう。
「くそっダート特化型のセッティングか…パチュリーの事だからバランサーにしてくると思ってたぜ…」
パチュリーの策略はまさに図星だった。溝の浅いタイヤによるグリップの弱さ、固めたサスペンションによる腕の疲労は一周目で既に堪えるものがある。だがパチュリーの説明ならこのダートも舗装路ほど長くは続かない筈だ。ターマックでのペースを上げればいいと割り切ることにした。それもまたパチュリーの策略とは知らずに。
「…で、あなた何してるのよ」
その頃門前で腰掛けていた霊夢が退屈になったのか、パチュリーの手元にある紙を覗き込んだ。バイクのスケッチや数式が乱雑に書かれている。
「チューニングの研究よ。今小悪魔に乗ってもらってるハスクバーナのだけど、アレもまだ完成系じゃないし…」
そう返しながらも書く手は止めない
「ふぅ〜ん。やたら足回りばっかり凝ってるわねぇ」
スケッチの殆どはサスペンション、タイヤやブレーキ等に関するものばかりだった。素人目にも拘りが垣間見れる
「えぇ…メーカー純正はね、これというシーンは決めていてもその他色んな条件で使えるように足回りが作ってあるの。それが悪いとは言わないけど、あるステージにのみ特化したものを作ろうと思えば細かい調整が必要なの。足回りはバイクの命よ」