油断
前回のあらすじ
美鈴に大きくリードを許し焦る霊夢。時を同じくして紅魔館で競っている小悪魔、魔理沙。霊夢と反して余裕を見せる魔理沙だったが小悪魔の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
林の中を軽快に駆け抜けるZZR 1100。黒い流線型のカウルが木漏れ日を拾い、後方から追う霊夢を煽るかのようにキラリと光った。一瞬目を細め霊夢が舌打ちする
「美鈴…ホントに速いわね…」
Lツインによるバンク角、軽さからコーナーで距離は詰めているものの先の長い直線の事を考慮すると追いつくどころか差をつけねばならない。
「霊夢さんもだいぶ焦りが見えてますね…無理もないですが」
美鈴は余裕を持つがまだ油断はせず、丁寧なライン取りでコーナーを攻める。スポーツ"ツアラー"という事もあり霊夢ほどバンクを付け、失速を抑えた走りは出来ないが立ち上がりのレスポンスで十分に補えている。霊夢が迫りつつあるのは事実だがこのペースで近付かれようがこの複雑なコーナーを抜けるまで先行は保てる。その後の長い直線になればこちらのものだ。この林の中でさえ抜かれなければ勝てる。そう確信した美鈴は速く、鋭く攻める事よりも確実に安定した走りを取った。
目の前に緩やかな高速コーナーが迫る。先程まで守備的だった美鈴だが、得意な高速コーナーになると四速を保ったまま進入した。保険としてここでも差を広げたかったのだ。ヘルメットの斜め上に見える横倒しの木々に視線を保ち、もう少しと脚でタンクを地面に押し付ける。反対の膝にプロテクターが強く擦られる感触、ステップが一瞬擦れた鈍い音を感じた。無理をし過ぎたかと少し冷や汗をかいた美鈴だが倒れることも無く立ち上がれた。コーナーを抜け霊夢を見ようとミラーに目をやると鋭く眩しい光に目が眩んだ。ミラーが日光を反射したのだ。入り組んだコーナーの林を抜け、再び湖畔に戻ってきたのである。肌に感じる日光の暖かさはまるで彼女達を迎えに来たようだ。
「…勝った」
確信した美鈴はそのまま5速に入れた。ミラーは相変わらず日光を写し、とても目をやれる状況ではいがここまで来たら心配も無用だろう。どう足掻いても彼女の999Rは直線でこのZZRに勝てない。残り2キロ、彼女は今までの緊迫感から解放され、アクセルこそ緩めないものの身体の力を抜いた。ヘルメットの通気口を片手で開き、涼しさと風を切る音を楽しんだ。
湖畔を走るため自然に陽のさす方向も変わってくる。ゴール手前、日光がミラーから消えたのを横目に確認した美鈴は霊夢との位置を確かめようと右のミラーに視線を移した。
「…居ない!?」
ミラーに霊夢の姿は無かった。湖畔の直線で引き離すつもりではいたが視界に移らない距離まで遠ざける事が出来るとは思ってもいなかった。
「まさか…!!」
横に視線を移すと、日の光を濃縮したような眩しい輝きを放つ霊夢の999Rがすぐそこにいた。鈍く銀色に輝くSHOEIのシールドの中から鋭く前を見つめる霊夢の覇気に呆然とする美鈴。900Rは流れるようにその紅蓮の車体をZZRの前方まで移した。紅魔館を通過するまさにその瞬間である。
「そんな…999Rにそんなパワーがあるなんて」
ヘルメットの通気口を開けていた上、霊夢の999Rが純正マフラーという事もありすぐ後ろに付かれても全く気付かなかった。完全に油断していた。が、そんな言い訳をしようとする美鈴でもなく、負けを確信するとゆっくりと紅魔館の門前で停車した。ヘルメットを外し、Uターンして戻ってくる霊夢を見守る。
「さて、通らせてもらってもいいわよね?…あれ?魔理沙は飽きて帰ったのかしら?」
ヘルメットを取ると汗を腕で拭う霊夢。美鈴を一瞥し門に手を掛けた。
「そうだ霊夢さん。どうやってあの時、直線で私のZZRを?」
「簡単な話。スリップストリームよ」
予期せぬ返答にきょとんとする美鈴。スリップストリーム。相手の背後にいる事で自身の空気抵抗が減り、速度が上がる現象だ。モータースポーツの基礎知識でもあり、勿論美鈴もスリップストリームの事を知らなかった訳ではない。
「確かにその効果はあるだろうけど、あんな離れた距離から?」
「同じ車格ならもっと近付かないと厳しいでしょうけど、そのZZRは四気筒のツアラー、私はツインのSSよ。それだけ横幅に差があればあの距離でもスリップストリームに入れるわよ。正直私も予想外だったから、言いたくないけどこれは運で勝てたわね…」
そのまま門を押し開くと再び999Rに跨りエンジンを掛けた、セルが小さく短調なリズムを二~三回響かせ、止まっていた999Rの鼓動を再び打ち鳴らす。ニュートラルから軽やかな音とともにギアを落とし紅魔館へと入った。
「はは…私もまだまだと言ったところですね。もっと速くならないと…この子も替え時かなぁ」
そう呟きながら美鈴はZZRのタンクを優しく撫でた。