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防音グッズ

作者: 早田将也
掲載日:2016/05/07

「ここに引っ越してきてよかった」

上質な衣服を身にまとった、30代半ばの男が独り言を言う。

名前は中川哲夫。

ここは閑静な高級住宅街。

交通の便もよく、なおかつ、治安もいい。

周辺住民にも周囲に迷惑をかけるような変な人物はいないみたいだ。

家や土地の値が張ったのは致し方ないが、私は大いに満足している。

私のように若いうちに給料が高いエリートは今まで多くの犠牲を払った。

様々なものを踏み台にして、全て仕事や資材を増やすためにつぎ込んできたのだ。

これくらいの贅沢はいいだろう。

哲夫の脳裏に昔捨てた女性の姿が浮かぶ。

私に泣きすがり、別れないでと叫んだ女だ。

頭を振り払い、あれは仕方なかったと自分に言い聞かせる。

自分にとっていい思い出ではない記憶は早く忘れ去るに限る。


「キ―――――」

「なんだ、この音は?」

ある日の晩、突如の騒音に目が覚めた。

騒音と言っても、轟音というわけではなく、黒板をひっかくような“キ―――――”という音だった。

背筋が寒くなるような、体がゾワッとするあの音だ。

音など無視して寝ようと目をつぶってみるも、どうもこの種の音は無視できない。

哲夫は手で耳をふさぐも、音は手を通り越して、頭の中に響き渡る。

哲夫はだんだんイライラしてきた。

音の正体を確かめてやる。

そう思った矢先、謎の音はピタリとやんだ。

「なんだったんだ?さっきの音は?」

哲夫は不思議に思いながらも、窓を開け、家の周りの様子を見てみる。

そこには今までと変わらぬ、閑静な高級住宅街があるだけだ。

哲夫は、疑問を残したまま、ベッドに戻り再び寝ようと試みる。

ベッドに横になり、目をつぶる。

先ほどの音の原因を頭の中で反芻してみるも、思い当たるものがない。

しばらくすると、哲夫の意識も次第に薄れ、再び眠りにおちようとしていた。

すると、再び耳をつんざくような音が、哲夫の頭に響き渡る。

哲夫はあまりの音の大きさにベッドから飛びあがってしまった。

飛び上がった拍子にベッド周りのオブジェが大きな音を立てながら落ちる。

自分が落としたオブジェの音にも飛び上がって驚いてしまう。

哲夫はすぐに窓に駆け寄り音が聞こえたと思われる位置を見渡す。

しかし、相変わらず、住宅街は夜の静けさを漂わせていた。

気付けば、あの謎の音は聞こえなくなっている。

あれだけ高音の大きな音が鳴っていたにもかかわらず、周辺の家々は電気が消えたままで、住民はいっこうに起きる気配がない。

あの音で起きないとは……周辺住民は、死んでいるのだろうか?

哲夫は原因追及をやめ、再びベッドに戻った。

しかし、音の原因が分からず、再びあの不快な音が鳴り出すかもしれないと思うとなかなか寝付けなかった。

哲夫は眠れぬ夜を過ごした。

しかし悪夢はその日だけではなかった。

その次の日も、またその次の日も謎の音は哲夫の部屋でなり響く。

哲夫は耳栓をつけたり、二重窓にしたりした。

さらには、家じゅうの隙間という隙間にテープを張り巡らし、部屋を完全に密閉状態にし、音の侵入を防ごうとした。

家じゅうを目張りしたかいもなく、謎の音は哲夫の部屋で鳴り響いた。

哲夫は不眠症になり、ノイローゼになっていた。


哲夫は不快な気分のまま朝を迎えた。

猛烈な眠気が襲い、ベッドから起きることがつらい。

昨夜も明け方近くまで寝られずにベッドで悶々とした時間を過ごしていた。

コーヒーをたらふく胃の中に詰め込んで、会社へと出勤する。

今日もいつもより出発時間が遅れてしまったため、満員電車に乗る羽目になった。

眠気と闘いながら、隣の初老の親父と生意気な小学生相手に電車の居場所をめぐり、戦いを繰り広げていた。その戦いは熾烈なもので、危うく殴り合いのけんかになるかと思われた。

哲夫が度重なる睡眠不足のせいで、正常な判断を失っていたせいでもある。

ようやく会社にたどり着いた哲夫は心身ともにくたびれてしまった。

意識を保っているのがやっとだ。

「やあ、中川、調子はどうだ?」

突然、哲夫は後ろから肩をたたかれ、体のバランスを失った哲夫はヨロヨロしたのち目の前の柱に頭から突っ込む。

ゴン!という鈍い音がフロアに響く。

額を抑え、肩をたたいた人物に向かって叫ぶ。

「いてーな!なにしやがる!」

もちろん正常な状態の哲夫ならば、ここまで間抜けでもなければ、人を罵倒するような性格の持ち主でもない。

睡眠不足なのだ。

しかし不運にも、肩をたたいたのが、社長であることに気が付いた。

「……中川君、大丈夫かね?」

「はっ!!……申し訳ありません!!!」

すぐさま立ち上がり、上半身を直角に曲げ平謝りした。

だが、時すでに遅し。

社長との間に変な空気が流れ、哲夫を置いてさっさと自分の部屋に行ってしまった。

「ははっ。お前は馬鹿だな~」

途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、我がライバル。小池だ。

社内では、次の課長のポストは私か小池だという説が流布している。

絶対に見られたくない場面を見られてしまった。

「まあまあ、そんなに落ち込むなよ。そんなことは誰にだってあるさ」

小池は私の肩をたたきながら、わざとらしく励ました。

わざとらしさに腹が立つ。

言い訳しようにも、寝不足や恥ずかしさや怒り、焦りといった様々な感情のせいで、言葉が出てこない。

その日は一日、仕事にならず、上司に有休を申し出る。

しかし上司は何故か機嫌が悪く、有休の申し出をバッサリ却下し、残業を命じた。

先ほどの社長の件が部長の耳にも届いているのだろう。

ミスを連発し、集中力を欠いていたため普段の仕事も大幅におくれ、さらに残業を終わらせることには終電ぎりぎりの時間になっていた。

残業を終え、ぼろ雑巾のようにくたくたになった哲夫は、食事も風呂にも入らず、そのままベッドに飛び込んだ。

ベッドの柔らかい感触をこの一日、どれだけ体が欲していたのだろう。

ふかふかの布団にくるまれながら、幸福感にも包まれていた。

3分もしないうちに寝息を立て始める。

しかし、安息は長く続かなかった。

毎晩の謎の音がまたしても哲夫の頭になり響く。

しかし、今日の哲夫は猛烈に眠いのだ。こんな騒音に負けるわけにはいかない。

それにこの音はどうせすぐに鳴り止むだろうと、高をくくっていた。

哲夫は眠り続けることに全力を尽くした。

しかし、謎の音はなかなか鳴り止まない、それどころかだんだんと音を増してきているようだった。黒板をひっかくような神経を逆なでする音はずっと耐えられるものではない。

哲夫はとうとう堪忍袋の緒が切れ、音が聞こえる方向に向かって手元にあった目覚まし時計を全力で投げつけた。

目覚まし時計は窓ガラスを突き破り、家の外に飛んで行った。

ガラスが激しく割れる音が周囲に鳴り響く。

謎の音は消えた。

哲夫はガラスを割ってしまった後悔はあったが、今は音が消えてくれたことがうれしかった。そのままばたりとベッドへ倒れこむ。

しかし、しばらくすると、玄関のチャイムが聞こえてくる。

「こんな時間に誰だ?非常識な奴。くそヤロー」

ののしりながら、玄関の戸を開ける。

すると目の前には警官が立っていた。

「近隣の住民からガラスが割れる音が聞こえたそうです。何か心当たりは?」

「それなら、わたしが割った」

哲夫は眠りを邪魔されたせいでかなりイライラしていた。

警官の質問もぶっきらぼうに答える。

「なぜです?」

「なぜって。(睡眠不足の上に、変な騒音で眠りを邪魔されて)イライラしていたからだ!!!」

今の哲夫には事情を事細かに説明する余裕はなかった。

「……こんな時間に騒ぎを起こすことは近隣の住民の迷惑となりますのでお控えください」

「(変な騒音のせいで)迷惑しているのは私のほうだ!」

「とにかく!あんまり大きな音を出すような非常識な行為は控えて下さい。では……」

感情的になっている哲夫に警官はうんざりしながら、去って行った。

「くそ、どいつもこいつも。馬鹿にしやがって。俺の身になってみろ。しかし、あの音は何なのだ……」


毎晩毎晩、哲夫は睡眠不足に悩まされた。

仕事中に居眠りしたり、集中できなくなったりした。

仕事がうまくいかなくなり、このままでは出世競争を勝ち抜くことが難しくなってきた。

ある日の晩、仕事から帰ってくると郵便受けにチラシが入っている。

そのままゴミ箱に入れようとすると哲夫の目に興味深いものが飛び込んできた。

“最強の防音グッズ”

哲夫は食い入るようにそのチラシを凝視する。

“騒音源を感知して、その音だけをシャットアウト”

“今だけ10%オフ”

多少値段が張るが、哲夫は何としてでも手に入れたかった。

すぐさまチラシに乗っているダイヤルに電話する。

電話先の会社はワンコール目で応答した。

哲夫はどうしても防音グッズをすぐ手に入れたい旨を伝えた。

するとその会社は“今から伺う”と言ってくれた。

哲夫が狂喜乱舞したことは言うまでもない。

哲夫はそわそわして待っていると、電話して5分もかからずに電話先の会社が現れた。

哲夫は素早い対応に感激し、防音グッズの購入を即決した。

防音グッズは冷蔵庫ほどの大きさの円錐形の黒い物体だった。

精密で複雑な構造のせいか、いやに大きく、重たく感じた。

これだけ大きければ、防音効果もすごいはずだ。

大きな騒音グッズを販売員と共に慎重に室内に運び込み、スイッチを入れる。

機械からは何の動作音も感じないが、防音グッズだからかそれは当然かと納得した。

試しに両手をたたいてみる。

“パシン”と手をたたく音が聞こえるはずが、何の音もしない。

素晴らしい効果だ。

しかし、問題は、哲夫があらゆる対策しても聞こえた、あの音を本当に防音できるかどうかだ。

この機械がきちんと機能するかどうかは今夜になればわかることだ。

哲夫はその夜、一抹の不安に襲われながらもすぐに寝付いた。

その晩、哲夫は謎の音から邪魔されることなく快眠できた。


翌朝、哲夫はすがすがしい朝を迎えた。

体中に血液がめぐり、頭もはっきりしている。

哲夫はリビングに行き、朝の支度を行う。

最高のスタートが切れそうな気分だった。

しかし、哲夫はすぐに異変に気づくことになる。

「おや……?」

部屋の中の様子がいつもと違う気がする。

家具の配置が変わっている。

棚や引き出しが開けっ放しになり、衣服が散乱している。

泥棒だ。

詳しく調べてみると貴金属、会社の資料がなくなっていた。

しかし通帳類は無事だった。

昨夜、安眠している間に泥棒が入ったのだ。

防音グッズのせいで泥棒の侵入に気が付かないとはつくづく運がない。

哲夫はやるせなさを感じ、近くにあった防音グッズを蹴とばす。

重く、大きな防音グッズは、意外にも簡単に床へ倒れた。

哲夫は倒れた円柱形の防音グッズを穴が開くほどの視線で睨み付ける。

すると哲夫はあることに気が付いた。

冷蔵庫ほどの大きさの防音グッズの底に人ひとり入れそうなくらいの空洞が空いている。

哲夫の視線で穴が開いてしまったのだろうか?そんなはずはない。

「なんでこんなところに空洞があるのだ?」

哲夫は驚き、防音グッズに近寄って、その穴から装置の中をのぞき込む。

そのとたん、音を立てながら、中から勢いよくガスが噴き出してきた。


「へへ。兄貴。今回もうまくいきましたね」

「そうだな。今回のターゲットは楽勝だったな……」

アジトで二人の男が話し合っている。

そのアジトは、哲夫の家から近い場所に位置していた。

男たちの手には、おもちゃのような銃がにぎられている。

哲夫を悩ませた謎の音はこれが原因だった。

「やっぱり兄貴は天才ですわ。ターゲットだけが聞こえるような直線的にとぶ特殊な音波で不眠にしたのち、防音グッズを高額で売りつける。売りつけた防音グッズの中には俺が入っている状態で。そのあと俺が、ターゲットがぐっすり寝ている隙に防音グッズから出てきて、ごっそり金品をいただく。盗んでいる最中に多少の物音がしても、防音グッズのおかげで、家主に物音は聞こえない。安心して盗みに専念できる。こんな二重、三重のおいしい話、他にはないです」

弟分である、20代くらいの若い青年が兄貴分である男をほめちぎる。

「それだけじゃないぞ。実は、今回のターゲットの同僚である小池とかいうやつにも謝礼として金をもらっているのだ。奴もとても喜んでくれたよ。“中川哲夫がヘマし続けた上に、会社の重要な資料を失くしたおかげで、私が課長になれる”ってな……」

兄貴と呼ばれた40代くらいの男は愉快そうに詳しく事情を話す。

「そうだったんですか~。やっぱり人が喜んでくれる仕事は気持ちがいいですね~。ところで、今回の盗みで何個か疑問があるんですが……」

若い青年が首を傾げ、兄貴分の男に質問する。

「どうした?」

「なんで通帳印鑑類は盗んじゃ駄目だったんですか?あと、盗んだ家から出る時にカギをかけていけっていうのは?泥棒がカギをかけて出ていくなんて聞いたことありませんよ~」

兄貴分の男は説明した。

「あ、そうそう。もう1つの依頼のことを忘れるところだった。今回のターゲットには、昔付き合っていた女性がいてな。その女性からのリクエストで、あの防音グッズにちょっとした仕掛けをしておいたのだ」

「仕掛けって?」

「ほら、あのターゲットの部屋、騒音対策のために窓やら扉やらの隙間にテープで完全に目張りして密閉状態にしてあったろ?そこでだ、衝撃を与えると有毒ガスを発生させる装置をあの防音グッズに仕込んでおいたんだ。目張りもターゲット自身でやった物だから、奴の指紋が残っているし、最近のターゲットはノイローゼ気味だったし……自殺に見えるだろ?」

「て、ことは……自殺に見せるために通帳と印鑑を残したんですか?」

「まあ、そういうことだな。貴金属類は無くなってもサツは気づかないだろうが、通帳と印鑑はさすがに怪しまれるからな~」

「……女の恨みって怖いですね。……ところで、毒ガスで苦しんでいるターゲットは助けを呼んだりしませんかね?」

「それは大丈夫。その助けを呼ぶ声を消すための防音グッズなのだから……」



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