第三話の補足 初歩の前とか入門の百歩前とか
考えなしの努力家アレッサ「同じ時期に書きはじめた作家さんなのに、私の何倍も速くうまくなってしまう……やはり天性の差なのか?」
見当違いの努力家シャルラ嬢「はあ? どっちもどっちのくだらなさでしょ? それにそいつ、作家力というより国語力で埋めているだけで、指導書の類をあんたほども読んでなさそうだけど?」
アレッサ「国語力?」
シャルラ嬢「漢字とか文法とか、学校の国語成績。小説って『話している言葉をそのまま字にすればいいだろ』とか頭の悪い発想ではじめる単細胞が多いけど、落ちこぼれの国語力じゃ書きながら調べることが多すぎて、少しマシな文章を書こうとするだけで調べることがたくさん出てきて、そもそも調べるという知的作業にも慣れていないサルはすぐに音をあげて投げ出すのよ」
アレッサ「むう。執筆に必要な基礎体力のようなものか?」
シャルラ嬢「それが足りない根本的なハンデを埋めようとしないから、永遠に下手なままか、まとはずれな努力で自滅へ突き進むのよね」
アレッサ「なるほど貴様のように……いや、さすがに経験者は詳しいな。私も小説技法以前の国語力を踏み固めておきたいが、すでに漢字などは少しずつ自分向けに弱点をまとめて復習している。ほかにはなにが効果的だろう?」
シャルラ嬢「家庭教師のバイトでは、まずガキどもにラノベを読ませたわ。とにかくまず文字量読破という足腰づくり。内容がどれほど教養から遠くても、量を読んだ事実が自信と言語野の発達に大事なの」
アレッサ「むう。貴様にしては論理的な指導だな。だが私もその程度の基礎はできているつもりだが?」
シャルラ嬢「次に内容を説明させる。私の前で。私にわかるように。文章ではなく口頭で」
アレッサ「え……それはいろいろ大変そうだ。思い出し、要約し、目の前のわからず屋の頭に合わせるなんて……」
シャルラ嬢「さっきからひとこと余計なんだけど。実力を上げる……つまり脳神経の構成や運用を変えたいなら、緊張感のアドレナリンで、文章操作力の必要性を肉体に感じさせるしかないでしょ? あんたはネットの掲示板やSNSで不毛なケンカでも売りまくって、おもしろいことを言い返せない五分ごとに体へ電流を通すくらいしなさい!」
アレッサ「き、貴様はそんなきわどい鍛錬をしていたのか?」
シャルラ嬢「なんで私がそんな異常者みたいな体に悪い真似しなくちゃいけないのよ!? 才能が余っているんだから、豊かな感性と想像力で補うだけでいいの!」
アレッサ「う……うむ。私も前向きに検討したことにしておく」
シャルラ嬢「それと文章技術の本質は『要約』ね。斬新な組み合せも、重厚な構築も、変化に富んだ流れも、すべては作家の主張を端的に誇張……つまり要約したものでしょ? そして文章の中でも小説は、その目的から『他人に伝わる』形式を満たさないと成立しない。自分しかわからない走り書きとか、業界人や専門家にしかわからない指示書じゃ意味がない……ってこともわからないやつらがなんで小説サイトにうじゃうじゃ押し寄せてんのよ。引き立て役にもならないザコが増殖しすぎて私の名作がどれだけ不当なあつかいに甘んじているか……」
アレッサ「う、うむ。いいヒントをもらえた。では私もさっそくネットで……」
シャルラ嬢「はあ!? せっかくつきあってやってんだから、今すぐ実行しなさい! 『第三話の補足』の内容を手短にわかりやすく!」
アレッサ「なにい!?」
シャルラ嬢「美しく聡明な天才小説家へ哀れな下僕がすがりついて救済されるまでを三分以内で!」
アレッサ「しかも九割フィクション化したファンタジーだと!?」
*
ユキタ「初心者入門の百歩前の話なんだけど、読み専門のボクからすると、作法以前に長い文章を書けるだけでもすごいと思うけどなあ?」
シャルラ嬢「はあ!? 長いだけの駄文なんて、誰でも書けるに決まってるでしょ!? ど下手で人気もないのに厚かましさだけで文字量を増やし続けるバケモノの見本市がこのサイトじゃない!」
ユキタ「自分で読み返してもおかしな文章だと、さすがに続ける気になれないよ。しかもなんでそうなるのかもわからないとなおさら。勉強が足りないだけなんだろうけど」
シャルラ嬢「はあ!? あきらかに指導書を一行も読んでない作品とか、雑談を文字化しただけの落書きもランキングにはびこっているでしょ!? 共感できた気がする言い回しとコネさえでっちあげれば、まぐれ当たりできる程度じゃない!」
ユキタ「だからその、たれ流しとか手癖で書けるだけでも……」
シャルラ嬢「そんなもん、好きな作品を集めて好きな所を組み合せればいいでしょ」
ユキタ「いや、盗作はまず……」
シャルラ嬢「そのまま掲載しろなんて言ってないでしょ!? まず人物名を変えて、おもしろくない部分を抜いて、つじつまが合うように調整して……」
ユキタ「それも盗作になっ……」
シャルラ嬢「いいから実行してから文句つけなさいよ!? ほらまずあんたの秘蔵ファイルを展開して……」
ユキタ「うわああ!?」
シャルラ嬢「好みでない描写は変え! 気にくわない展開も変え!」
ユキタ「うわ……それもう原型とどめていないんじゃ……」
シャルラ嬢「はいオリジナルの完成」
ユキタ「え……………………ま、待って。こんなの痛いつぎはぎ臭がきつすぎて、とても小説と呼べるしろものでは……」
シャルラ嬢「だから『誰にでも書ける駄文』のオリジナル長編が完成しているでしょ? それとたいして変わらないクズじみた長編大作とか、それ未満のクズそのものがどれだけこのサイトにあふれていると思っているの? でもクズみたいなつぎはぎでも完成させた経験、慣れ……どんなでっちあげだろうと脳に『完成させた』『完成できる』と錯覚させれば、勝手に『自信』がついて、執筆に適した意識の成長もはじまるの!」
ユキタ「幼児向け定番の『ぬり絵』みたいだね。あれは絵を描けた気がして、絵を描きたくなる」
シャルラ嬢「そうね…………あとは理性で『でも実はまだつぎはぎパクりのクズ作品で掲載不可』と忘れなければ……それに『ばれないかも』『ほぼオリジナルだし』とか思いこまないようにして、おかしな精度で見抜く異常者がうじゃうじゃいる世界だと知っていれば……」
ユキタ「なにがあったのかは聞かないよ」
シャルラ嬢「フフフ。でも『本当のオリジナル』作品だって、パクりつぎはぎのクズ作品にすら負けるなら、価値なんてあるの? 商業だって熱を入れているのは安定した稼ぎを見込める二番煎じ三番煎じ四番煎じ五番煎じ……」
ユキタ「なんだかもう満腹ですし、百歩手前で挫折してよろしいでしょうか」
シャルラ嬢「なんでそうなるのよ。クズであふれている世界ほど、まともな努力がしょぼい量でも大きな有利になるって気がつきなさいよ。普通にがんばるだけで片手間の手抜きよりは注目されやすいんだから、素質がなくて成長限界が早いあんたでもマイナー票を集めて私に貢ぐくらいはできるの!」
ユキタ「光栄すぎて遠慮させていただきたく存じます」