第三話 技術作法はどこまで知っておけばいい?
見た目だけ美人シャルラ嬢「なんでこいつら、検索すればすぐわかる初歩を聞いてくるの!? 指摘するの!? 指摘されて礼を言ってんの!? 『ほかにもありましたら、どうか厳しいご指導をたまわりたく』なんて書いている間に『小説・作法』で検索しなさいよ!? ちょっとながめるだけで、自称中級者の小言なんか一掃できるじゃないの!? 出会い目的で誘ってんの!?」
硬派ボケ美少女アレッサ「待て。私も検索したが、どれを見ればよいのか、最初はよくわからんのだ。伝統様式にこだわりすぎた指導者も多そうで、ウェブサイトでの執筆には役に立たない気もする。だがこのAという有名サイトだけ見れば、初歩はほぼ足り……」
鬼畜イケメン清之助「アホ。ひとつのマニュアルを正解と思う時点でまちがっている。内容にまちがいを含むマニュアルは市販商品にも多い。まちがっていないが偏りすぎの内容なら、さらに多い」
清之助「そして最も大事なことだが、指導にも相性がある」
清之助「ある者には適切な指導が、ほかの者をつぶすことはザラだ。助言に『服従』するな。助言は疑い、考え、選んで『支配』しろ。常に複数の意見を参照し、実践結果を検証し、『自分に合うか』を考えろ。疑わしい部分は、さらに多くの意見を探せ」
アレッサ「だが基本中の基本は共通しているだろう? 行頭に空白をいれるとか、改行を多用しないとか、誰でも守るべきの……」
清之助「アホ。まず貴様は作法というものを宗教的な戒律かなにかと勘違いしている。作品の価値は『おもしろいかどうか』だけだ。作法は『作品が良くなりやすいコツ』に過ぎん。一流作家も盛大に壊し続けている」
清之助「そもそも文章作法は印刷技術、出版形式、話し言葉の変化、外来文化の導入で変わり続けてきた。まして電子化という根本的な激変をしている今、それを認めないほうが文化人として破綻している」
清之助「では行頭に空白を入れる意味とはなんだ?」
アレッサ「え」
清之助「それも知らんで、ただ伝統だからと押しつけがましい指導をするバカが初心者を理不尽につぶす」
シャルラ嬢「読みにくいからに決まっているでしょう? ないと行末で区切った段落がつながって見えてしまうじゃない」
清之助「うむ。それが作法の発生した理由だ」
アレッサ「そ、そうか。やはり意味がある伝統ではないか」
清之助「ではこのBというウェブ小説に行頭空白を入れてみろ」
アレッサ「改行がやたら多い作品だな……どれ……あれ? 行頭空白があると、ガタガタになって読みにくい!?」
清之助「まず、必要がない。段落ごとに空白行が入るため、段落がつながることがない」
アレッサ「それに一行が短く、句点『。』では常に改行されるから、行頭空白は余計な『ずれ』になってしまう!?」
シャルラ嬢「でもそれって、バカみたいに改行をムダづかいしているどシロウトの文章だから起きる事故でしょ?」
清之助「では改行多用を『しない』理由はなんだ?」
シャルラ嬢「え……読みにくいでしょ? こんなに必要ないし、複数空白行の乱用なんて、スクロールがめんどうなだけじゃない」
清之助「うむ。俺もこのパソコン画面ではやや冗長に見える。それに対し貴様の作品Cは、段落が細かい以外は紙媒体ラノベの改行ペースに近い。この作品Cをパソコンではなく、ガラケーで見てみよう」
アレッサ「ぶ。……こ、この詰まり具合は、何十年も前の文庫小説……よりもひどい? そうか。一行あたりの文字数が少ないから……」
シャルラ嬢「文字フォントとかの設定を変えればいいだけでしょう!?」
清之助「画面の大きいスマホではやや緩和されるが、やはり詰まり感はある」
アレッサ「む。改行過多に思えた作品Bも、ガラケーでは読みやくなる。つまり携帯媒体の画面サイズに合わせた変化、ということか?」
清之助「それと電子媒体の特徴である『画面サイズの不統一』だ。誰がどのような画面で読むかわからん以上、段落の区切りは空白行で示すほうが広く対応できる。そして従来の空白行は複数空白行で差別化する必要がある」
アレッサ「なるほど……それなら改行多用のほうが優れているではないか? なぜ今までこの作法にならなかった?」
シャルラ嬢「あ……印刷の都合か」
清之助「うむ。単に『紙がもったいない』だ。かつては高級品だった紙媒体の価格抑制に優れている」
清之助「逆に言えば、価格に比べ見やすさや画面としての表現に余裕を持てる作品では、紙媒体でも空白行多用の表現は使われていた」
シャルラ嬢「あ。詩集や名言集とか……」
アレッサ「ではスペースのコストが皆無になった電子媒体では、もう行頭空白など必要ないのか!?」
清之助「その流れに向かいつつある。しかし……この作品DとEを見てみろ」
アレッサ「Dは行頭空白が無いのに、紙媒体の改行ペースに近い……これはひっついて読みづらい」
清之助「一行の長さや作風からしても紙作法に向く。行頭空白を入れたほうが読みやすい作品だ。そして時おり入る十行以上の空白行はバランスが悪く、デメリットのほうが大きい」
シャルラ嬢「いきなりこんな大量空白、作品終了か読み込み失敗だと思うでしょ!? ていうか初歩ミスが多いどシロウト作品だと掲載ミスにしか見えないわよ!?」
アレッサ「Eはさっきの作品B改造結果に近い……行頭空白があるのに改行をいれすぎでガタガタの例か」
清之助「見識の狭い石頭なら改行を多用するなと言いたがるだろう。だが一行の短さでリズムを作り、複数空白行が間や画面づくりとしても効果的な作風だ。作品が良くなる指導は『行頭空白の削除』になる」
シャルラ嬢「ふふ……国語の先生がラノベを罵倒して『あんな改行だらけで文字がスカスカの本、小説じゃない!』と叫んでいたけど、あれって芸術性とは関係ない時代おくれや貧乏人のひがみだったわけね?」
清之助「その教師が読んでいた小説は、字の詰まりきった画面を『充実』と感じられるほど優れていたとも言える」
清之助「ほかにも作法は多くあるが、そのどれもが絶対ではない。それは文章作法に詳しい者ほど知っている」
アレッサ「だから自分で考えて選ぶことが大事なわけか……」
清之助「『自分の作品をおもしろくする』だけを基準にしろ。そこからはずれた指導の押しつけは、ただのストレス解消だ。しつこいようならサービス料をとっていい」
アレッサ「しかし学ぶべきことが多すぎて、どこまで学べばよいのか……」
清之助「それも作家や時期による。マニュアルを無視して実践を重ねたほうが伸びる時期もあるし、きっちり作法を固めることで劇的な成長をする時期もある」
シャルラ嬢「そんなもの、楽しいと思えることからやればいいでしょ? 興味を持ってからのほうがおぼえも早いし。私は一年くらい好き勝手に書きまくっていたら、だんだんマニュアル作法が気になってきて、まとめて始末した感じ」
アレッサ「なるほど。では私もまずは堅苦しい作法にはとらわれず……」
清之助「アホ。迷惑だからやめろ。シャルラは珍しくまともなことを言ったが、それこそ横暴だが勢いだけはあるシャルラでなければあてはまらん選択だ」
清之助「貴様は人の意見にいちいち振り回される上、自分を常識人と勘違いしている。伝統作法から固めたほうがいい典型だ」
アレッサ「くっ……そうか。好き勝手に一年も書いていれば、非難も集まりそうだ。それを無視して連載できる傲慢さでは、シャルラに勝てる気がしない!」
シャルラ嬢「意志の強さと言いかえなさい!」
清之助「それと現状では、紙作法に向く作家ユーザーのほうが多い。また、紙作法に近いほうがなにかと有利だ。業界の変化が速いから三年先はわからんが」
シャルラ嬢「まず、紙媒体を読みなれている読者層がまだ多いわね。行頭空白がなかったり改行が多すぎると、見た目だけで拒絶反応を起こして逃げる読者も多い。あるいは不当に低い評価になりがち」
アレッサ「行頭空白なしは、そこまでの損をしてまでこだわる手法ではないな……そう感じるのが『私の作家性との相性』というわけか」
清之助「自称中級者の小言が飛んでこなくなるのも、メンタルの弱いやつには大きなメリットだ」
背景と化している凡人ユキタ「とりあえずボクは『マニュアル的なものはまったく読まないで書くスタイルです』とか言いつつ実力が伴ってない人でなければなんでもいいよ……不勉強を自慢されたあげく『指導お願いします』とかボケかまされると、なおせば一気に良くなる致命的な初歩ミスでも言う気が失せるから」
アレッサ「わ、わかった。自己紹介には『更新を維持しながら、少しずつ勉強中です』と表示しておこう……」