第十二話 アイデアを貯めて腐らせて全廃棄しろ
アレッサ「アイデアのメモをとりはじめたのだが、一ヶ月でもう三冊めに……ふふ」
清之助「たった三冊か。しかもそんな小さな手帳か。どうせ使える形に消化しないで放置中だろう?」
アレッサ「う。だがこれにはいくつものヒット可能性が……」
清之助「アホ。完成させて発表しなければ無意味だ」
清之助「そして初心者の貴様が考えつく程度のアイデアは必ず三千人が考えている」
アレッサ「主人公が枕だぞ!?」
清之助「なんだその程度か。それならはるか昔に商業作品になっている」
アレッサ「え。ではリアルなヒヨコがヒロインという……」
清之助「かぶりやパクりと思われるに十分な設定が五作は即答できる。国内や商業作品に限定しなければその数倍はある」
アレッサ「わ、私の発想は平凡なのか? 原案を募集するタイプの作家に向いて……」
清之助「どアホ。迷惑だからやめろ。原案をまともに消化するには同じレベルの発想力が必要だ。映画監督がどれだけ脚本をいじると思っている」
清之助「そもそも貴様は発想力どうこうを言える段階の努力量じゃない」
アレッサ「待て。メモ帳の中身すら見ないで、なぜそんなことを言える!? そもそも三千人が考えつく程度などと、なにを根拠に……いや、中身を見せる気はないが……」
清之助「訂正しよう。三万人だ。百人にひとりは思いつく程度だ」
清之助「その程度の生産速度で出し惜しみをするなど、中身を見ないでも質の低さがわかる。見たくもない」
アレッサ「だ、だが作家にとってアイデアは武器で財産で……」
清之助「そしてほとんどを廃棄する生ものだ。貴様は鮮度をろくに考えていないか、甘く見すぎだ」
アレッサ「う」
清之助「たとえば人気アニメから一段上の着想を得た程度なら、放映の何ヶ月や何年も前、原作ラノベやマンガの掲載時点から『最短で』『二段上へ』突き抜ける競争がはじまっている。貴様の『一段上』が作品として完成するころ、それはすでに『三番煎じ』未満だ」
清之助「各企業では企画チームを組み、ヒット要素を即座に取り入れる体勢ができている。マヌケなプロ志望きどりがアイデアを練り終わるころには発表し終わっている。見ている作品の狭さで気がつかないだけだ」
清之助「最初に発表してもアイデア消化不足で品質が低ければ『パクり』や『奇をてらった失敗』と呼ばれて後続の成功作品につぶされるわけだが、大きく遅れたら勝負にもならん。『パクり』『失敗』にすら不戦敗となる」
清之助「アイデアの『貯蓄量』はたいした強みではない。かたっぱしから賞味期限がきれる。賞味期限は年々早まっている」
清之助「『アイデアが豊富』と言われる作家はアイデアの『生産速度』に『調理速度』を合わせ持つ職人だ」
アレッサ「しかしマイナーな題材であれば、じっくり練り上げても……」
清之助「今はマイナーがマイナーではない」
アレッサ「え」
清之助「ネットから多様性が爆発的に広がり、紙媒体すら雑学もの、職業もののような『マイナー要素からヒット要素を掘り起こす流行』が広がりすぎ、すでに掘りつくした感が目立つ」
清之助「貴様が見るメディアの広さ深さを考えろ。どうせ小説とマンガとアニメと映画を数百ずつ見たくらいで『広い』と勘違いできるたぐいだろう?」
清之助「そんなやつが思いつく程度の要素はすでに誰かが掘り起こしているか、掘り起こしても採算に合わないから捨てられた要素だ」
清之助「わずかでもヒット要素があるなら『絶対にありえない』と思えるアイデアでも競争相手は三百人いると思え。このサイト内でも三人はいる」
アレッサ「その数字の根拠はなんなのだ?」
清之助「今はなんらかの創作をしている者が数十人に一人はいる。学生世代では十人に一人はいる。国内でざっと数百万人だが、競争相手としての稼動を三百万と見た」
アレッサ「稼動?」
清之助「競争相手の定義なら『発表をつぶせる発表が可能』に決まっている。『小説家になろう』は三万人だ。作品を発表している登録者でも三ヶ月以上も更新がなかったり
(*諸事情で削除しました)
は無視していい」
清之助「ヒット作を創ろうとしている人間が国内に三百万、サイト内に三万いる中で、競争相手が三百ないし三は相当に甘い見積もりだ。自分のアイデアに『一万人にひとり』の確信を持てる設定マニアか、よほどの傲慢だ」
アレッサ「最初の『競争相手三千人のアイデア』は『国内創作者千人にひとり』という見積もり……別に厳しいものではなかったのか」
清之助「思いついただけで完成できないやつがほとんどだ。完成しても質が論外に低い作品も多い。しかしざっくり言って『おもしろくて奇抜』程度ならサイト内でも数十人、『絶対ありえない』アイデアでも数人は競争相手になると想定しろ」
清之助「納期に間に合わない情報をアイデアとは呼ばん」
アレッサ「しかし……なにをどう学習していいのかわからなくなってきた。貴様のように広大なジャンルを何千と知る異常者でなければ作家にはなれないのか?」
清之助「まったく見ない作家もいる」
アレッサ「え」
清之助「小説を何冊か読むだけで新人賞最終選考レベルの作品をいきなり書く作者も珍しくない」
アレッサ「そ、それはやはり天性の異常な言語能力が……」
清之助「どアホ。単に『何冊か』で必要なものがそろっただけだ」
清之助「読んだ数だけではなんの自慢にもならん。自分に必要な要素を、自分に必要な深さまで吸収しなければ意味がない」
清之助「これは経験による人格鍛錬にも言えることだ。どれだけ多くの人間と関わろうが、それが『自分の作品』に必要な要素と深さでなければ無駄だ」
清之助「似たりよったりに堕落して甘やかし合う作家仲間など害毒でしかない」
ユキタ「だからってガチの殴り合いに巻きこむな」
清之助「すまん」




