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第3幕 私、猫

 携帯電話のアラームで、私は目を覚ます。

 起きたばかりの気だるさを感じながら起き上り、アラームを止める。携帯電話の画面を見ると、四日前に別れた男からメールが届いていた。

 内容を見ずに削除し、携帯電話をベッドに投げつける。それを柔らかい音で布団は受け止めた。

 お前が浮気していたくせに、よりを戻そうなんて都合のいいこと考えるな。頭の中で何回も叫ぶ、もしかして声に出してしまったかも知れないと辺りを見回すが、指摘してくれる人は誰もいない。

 あの男は自分が浮気していた事で、私を傷つけたと思っているようだが、それがまた頭に来る。

 私の中でお前の存在など、大きなものではなかったのだ。

 足元に柔らかい感触を感じ、視線を落とすと「いわし」が体を擦りつけていた。この子は生後六カ月程の子猫だ。

 私が拾って来た時は、体は今の半分程で死にかけていたが、今は元気になり走り回って、ときどき私にいたずらをする。いわしは三毛猫で、鼻の頭にある小さな黒ぶちが可愛らしい。

「分かっているわ、あなたがいるものね」

 いわしを抱き上げ、見つめる。にゃあ、と鳴いたのは、私の思いが伝わったからだろうか。

 和歌山から大阪の大学にやってきて、半年がたち、大学にも一人暮らしにも、やっと慣れてきた。学業も順調で、今のところ単位は落としていない。

 しかし、それは私の通う大学が、偏差値が低いことで逆に有名なほどの大学だからなのだけど。

 トーストと野菜ジュースの朝食をとり、身支度をする。この約九十分の作業を終えて家を出る。

 もちろん、いわしへの「行ってきます」は忘れない。

 いわしはまた、にゃあ、と鳴く。

 外は快晴。雲一つないとはこの事だ。朝の少し冷たい空気を、降り注ぐ太陽の光が温めていくのが分かる。

 私の住む場所は、大学まで徒歩十五分程の距離な為、一人暮らしの学生が多くいるが、今日はいつもより少し早く家を出たので、学生の姿は少ない。

 通い慣れた道を歩く、お決まりの道は入学以来変えていない。

 道を半分ほど歩いたところで、私はコンビニに入る。これもお決まりなのだ。

 自動ドアが開くと同時に、いらっしゃいませ、と店員の挨拶が聞こえてきた。時間が早い為なのか、客は私以外いないようだ。店員は一人だけ。

 私は心の中で、しめしめと笑う。

 私はゆっくりと店内を一周し、店員の位置と監視カメラの場所、そして鏡の位置をそっと確認する。

 まず私は化粧品のコーナーに行き、リップクリームと除光液をさっと右手に持つ。

 そして、そのまま文具のコーナーに行き、目に付いたボールペンを、さらに右手に持つ。

 そっと顔を上げて店員を確認する。

 店員は商品の補充をする為に、私に背を向ける格好となっている。監視カメラからは、死角だ。

 今しかない。

 あとは右手に持つ商品を、鞄に入れるだけのこと。なに、簡単なことだ。

 私は決して一人暮らしをしている為、お金に困りこの様な事をするのではない。つまり万引きをするのではない。

 初めて万引きをしたのは、高校三年生の時、受験を控えいらいらしていた私は、近所の本屋で、参考書を盗んだ。

 そして私は、罪悪感よりも刺激的な一種の快感を覚えた。

 それ以降の私は、盗む物こそ文具、本、化粧品など、高価な物ではなかったが、万引き行為を続けた。

 常習になってくると、万引きを難なくこなせる様になり。それなりにコツというものも掴んだ。そうなると、金を払って商品を手に入れる事が、馬鹿らしく思えてきた。

 だから今日も私は、商品を無料で拝借するのだ。罪の意識など皆無だ。

 右手に掴んだ商品を鞄に入れかけたその時、突然何かが私にぶつかり、その衝撃で私は倒れ、商品が床に散らばる。

 恐る恐る振り返ると、そこには見た事のない男性が立っていて、私を凝視している。

 しまった。今まで万引き失敗した事はなかったのに、ついにやらかしてしまった。もっとしっかり周りを、確認すべきだったのに。そんな思いが頭の中を、ものすごい速さで駆け巡る。しかし一向に考えはまとまらない。

 顔を見られてしまった。どうしよう。万引きがばれると退学になる、そんな話は聞いた事はないが、万が一という事も考えられる。

 もう一度男の顔を見る。まだこちらを見ている。

 そう言えば、万引きは現行犯じゃないと罰せられないはずだ。

 そう考えた時には、私は走って、コンビニの外へ出て、家に向かっていた。

 走り出す直前に、男が何か言ったようだが、聞き取れなかった。

 あぁ、もうあのコンビニには、行けなくなってしまった。

 風を切る音を聞きながら、私はただこの場から逃げて家に帰る。その事だけを考えて走っていた。

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