第27幕 笹本太郎
退屈な授業を終えて、私は和泉と共に校門を出る。
「しかし、気が乗らないな。やはり、石野ごときに大切な時間を割くのは惜しい。それに面倒だ」
「おいおい、笹本。お前は石野が嫌いなのだろう」
「そうだが――」
私の言葉を待たずに和泉は続ける。
「俺の情報によると、石野はこの前に梅田で女性と歩いているのを目撃されている。俺様の推測だと、あいつは援助交際をしている」
「その話はすでに聞いた。しかし、何故援助交際だと思うのだ?」
「あいつが女性にモテるはずがない。とすれば金で女子高生を買っている」
和泉は断定する。
石野が女性にモテないのは間違いないであろう。しかし、些か短絡的である。金で買うのなら女子高校生でなくてもよいではないか。梅田には無数にそのようなサービスを提供する店がある。私は行った事がないが……
「金で解決するなんて、不細工はなんて可哀そうなんだ」
和泉は嘆く。この男は確かに恰好が良い顔つきではあるが、それ程魅力を感じないのは私が男であって、さらには感覚が一般とはずれているからなのだろうか。
「しかし、つけて行ってどうするのだ?」
「それも言っただろう」
和泉は鬱陶しそうに続ける。
「もし、石野が女子高生と援助交際していたのであったら、犯罪だ。そうだろう?」
そうだな、と私は頷きながら答える。
「だったら、石野は犯罪者だ」
そうなるな、とまた頷きながら答える。和泉は出来の悪い生徒を見るような視線を私に投げかける。
「それを俺達が目撃してみろ。石野は俺たちに頭が上がらなくなる。そうすれば笹本。お前への嫌がらせもなくなる」
それはそうだが、そんなに上手くいくのだろうか。それに和泉をここまでさせる理由が分からない。何故なら、この様に生悪い和泉であるが、学校での先生に対しての立ち回り方も実に上手い。石野に目をつけられている様子もないからである。しかし、所詮私には関係ない事だ、そう思って尋ねるのは止める。
校門を出てすぐの歩道で、信号が変わるのを待つために立ち止まる。
「石野やつ。女子高生と援助交際するとは腹が立つ。俺ではなく、石野に俺の恋愛対象が、華麗な女が、抱かれていると我慢がならん」
先ほどの些細な疑問を勝手に解決してくれた。それにしてもくだらない。こいつの頭には女の事しかないのだろうか? しかし、和泉は軽く女性を抱くと口にする。それに対して、私には未だ女性との経験がない。どちらが正しい高校生の姿であるのだろうか? 正しい高校生だと? 正しい高校生。そのようなものは私が一番嫌うものではないか。正しい高校生などなりたくもない。私は特別だ。
信号が変わり、私たちは歩道を渡る。そして、校門を監視することが出来て、少し離れた自動販売機の影に身を隠し、石野が出て来るのを待つ。
「しかし、今日、石野が援助交際をするとは限らないだろう?」
「今日だ」
「何故だ?」
「勘だ、カン」
こいつの勘がどれほどのものかは知らないが、恐らく大したものではないだろう。早くも先行きが不安である。
信号が変わり、排ガスを吐きだしながら車が道路を往来する。石野はまだ姿を見せない。
一台の大型トラックが通り過ぎたその時、校門から玲子が出てきた。今日は部活動を中止にしたので、今からどこかに行くのだろうか? 彼女を見ただけで私の胸は高鳴る。美しい姿に惹かれ、私は後について行こうとする。その時、私の腕をがっしりと掴んだのはもちろん和泉だ。邪魔な男である。
「おいおい、どこ行くつもりだ。石野はまだ来てないぞ」
「もう、そんな事どうでもいい。もう行かせてくれ」
石野に対しての興味は既に皆無だ。
「何言ってやがる。早くこっちに隠れろよ」
そう言って、ぐいぐいと腕を引っ張って元の位置の戻そうとする。力は泉の方が強いので私は成す術なく、引きずられる。自動販売機の元に到着した時には、既に玲子の姿は確認できなかった。
この馬鹿野郎、和泉に向って言う。それを聞いて、訳分かんねえ、と和泉は答える。その瞬間、和泉の視線は校門の方に向けられ、そして大きく眼を見開いた。
「石野が出てきたぞ」
校門から今まさに、巨漢の石野が汗を拭きながら出てくる所だった。