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第20幕 笹本太郎

 小さな封筒がぽつんと置かれているコインロッカーの前で、笹本太郎は放心している。このコインロッカーを閉じた時にはちゃんと十二万円が入っていた。中に金を入れて鍵を閉めるところまで思い返す。そして再度コインロッカーの中を見るがやはり小さな封筒が入っているだけだ。どうみても、封筒の厚みが足りない。

 もしかしたら違うロッカーを開けてしまったのかと番号を確かめるがやはり1211だ。玄爺がしきりに、イニイイ、なんて変な語呂で決めていたので間違いはないはずだ。

 そもそも、違うコインロッカーが持っている鍵で開くはずもなく、この心配はあり得ないことだ。もしかして、どこかにあるのかも、と思いコインロッカー上部や扉の裏などくまなく探すが発見はできない。これは間違えなく何者かがこのコインロッカーを開け、中の金を取り出し、そしてここに封筒を入れたのだ。

 ここで疑問なのは、その犯人はどうやってこのコインロッカーを開けたかと言う事である。鍵はずっと玄爺が持っていたはずだ。そんな事を一気に考える。

「おい、玄爺。金がなくなっているぞ」

 自然と声が震える。玄爺は横にやってきてコインロッカーを覗き、同時にうわぁっ、なんやこれ、と声を上げる。

「泥棒や、泥棒や、金が盗まれてしまったわい」

 そう言って、騒ぎ出す。道行く人々は何事だとこちらに注目するが、立ち止まることはせず通り過ぎて行く。

「玄爺よ、鍵はずっと持っていたのだな」

「そうや、肌身離さずずっと持ってたわ」

「それなら、何故……」

「きっと、錠前師みたいに鍵を開けたんやろ」

「こんなにコインロッカーがいっぱいあるのに、我々のだけ偶然開けられたと言うのか?」

「多分、わしらが金を入れるところを見られておったんや」

 確かにコインロッカーに金を入れる時に誰かに見られぬように注意をしてはいなかった。そこを目撃されてコインロッカーを開けられたのか。あまりにも不運でありそうもない事だが、これ以外考える事が出来ないのもまた事実だ。

「とりあえず警察に行かなくては」

「警察はあかん」

 玄爺は強く反対する。

「何故だ。盗難されたのだから、警察に届けるのが常識だろう」

「警察はあかんねん、警察に行ったら、いろいろ身元とか聞かれるやろ。わしそういうのあかんねん。若い時ないろいろしとってな、警察だけはほんま勘弁やねん」

「おいおい、玄爺、お前は一体何者なのだ? 一体何をした?」

 若い時に一体何をしたと言うのだ。まともな人間ではないとは思っていたが、本当に外道な人間なのかもしれない。玄爺の足先から禿げた頭皮までじっくり見る。以前にまして胡散臭さがまして見えるのは、今の話を聞いたからであろうか。

「なんでもええやないか、兎に角警察はあかん、却下や」

 玄爺があまりにも必死の抵抗をするので、これは警察に行くと本当にいけない事になるような気がする。

 しかし、先ほどまで十二万円は我々のものになると疑ってやまなかったので、何もせずにただ泣き寝入りすると言うのも癪な話だ。だが、これと言って解決策は思いつかない。それに警察に届けたとしても盗まれた金が返ってくるとは到底思えない。

 そこでやっと、コインロッカーにある封筒に気が向く。はたしてこの封筒は何なのだろうか。間違いなく犯人が置いていったものであるが、どういう意図があるのだろう。泥棒が置いていくものにろくなものがあるはずない。それにしても薄い封筒だ。開けたら爆発なんてことはないだろう。ならば剃刀などが入っているかもしれないな。

 そんな事を思っていると、玄爺は何の警戒もせず拾い上げる。

「おい、危ないものが入っているかもしれないぞ」

「大丈夫や」

 玄爺は本当に臆することがないらしく、何もためらわず封筒を持つ。

「そんな事何故分かる」

 忠告を無視して封筒の端をぴりぴり破いていく。私は注意深く切れ端を見つめ、玄爺の指が剃刀で切れたりしないかと心配する。

「ほう」

 玄爺はそんな、感嘆に似たような小さな息を漏らし、中身を摘まみ出す。玄爺の皺だらけの手には、薄い紙が二枚ひらりひらりと摘まれている。


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