第19幕 二階堂玄介
いたちがコインロッカーから金を取り出すまで、なんとかして笹本を違うところまで連れていかなくてはならないのだが、特に目的もない為、先ほどからスポーツジム前に設置されている足湯に浸かっている。どのみち金がなくなって笹本は怒るだろうが、泥棒の仕業にでもして何とかごまかそう。
「スポーツジムに足湯とは何か意味があるのだろうか?」
両足のジーンズを捲って足を浸けている。どうも足湯は人気がないようで他には誰もいない。
「汗をかいた後に足湯ってことやろ」
体が足元から暖かくなり額から薄っすらと汗が噴き出てくる。
「中にシャワールームもあるのに何考えているんだか、実際に人気もないし。でも、この足湯によって我々は暇を潰せているのもまた真実ってことか」
笹本はぶつぶついながらこちらを向く。
「なあ玄爺。そろそろ時間を潰すのを止めてコインロッカーに行こうではないか、それでもう一度パチンコでもして資金を増すのが得策だ」
「まあ、待て。まだ早いんや」
笹本が苛立つのも当たり前だ。
駅を出てから歩き続け、もう歩けないと思った時この足湯を偶然見つけた。小さな四角の枠の中から立ち上る湯気を見て、これぞ神の思し召しと思わずにはいられなかった。
その時、携帯電話の音が鳴る。初めは気づかなかったが、笹本が、おい、携帯鳴っているぞ、そう指摘されて慌てて取り出す。液晶画面を見ると、そこにはいたちの名前が表示されている。
そっと足湯から出て、笹本がまだ浸かっている事を確認し、すばやく携帯電話に出る。
「もしもし」
「いたちだ、問題が起きた」
「問題? なんや?」
「……コインロッカーには金が入ってない」
少しの沈黙の後、予期せぬ言葉が耳に入る。それを聞いて絶句する。コインロッカーに確かに金は入れた。鍵の隠し場所が誰かに見つかって、開けられてしまったのか? 何か言おうとするが頭が真っ白になり、言葉が出てこない。
すると、ふふふ、と声を殺した音が聞こえる。
「なんてな、嘘だ。ちゃんと金は入っていた。十二万きっちり返済完了だ」
体から一気に力が抜け同時に怒りが頭に上る。
「このあほ、ほんまに心臓が停まると思ったやないか、何考えてんねん」
「まあ、そう怒るな。お利口な蛙ちゃんにはプレゼントを用意したからな」
「プレゼント?」
「そうだ、プレゼントだ。コインロッカーの中に入れておいたから確認したまえ」
「コインロッカーにまた入れたのか。鍵はどこや?」
「それは勿論、本本堂にある箱に決まっているだろう」
そこで、通話は一方的に切られてしまった。いたちの気まぐれには参ってしまう。そのプレゼントとやらを取りに行かないのも手だろうが、プレゼントと言っているし、取りに行った方が得策だろう。それにしてもまたあの本屋に戻らなくてはいけないのか。笹本に視線を向ける。彼はまだ足湯に浸かっており、湯に浸かっている部分が真っ赤になっている。
「おい、また本屋に戻るで」
笹本はそれを聞いて、またかよ、と声を上げる。
「また本が欲しくなったんや、それが終わったらコインロッカーを開けるで」
「それは本当だな? では早く行こう」
今度は笹本が先行して歩き始める。