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亡き日を偲びまた明日

作者: 弥生

今日あったことをなんとなくまとめてみたくなった。

それだけ。

 昔の自分は何をしていたのだろうか。

 なんてことはない、営業が終わった後の飲みの席で始まった話から連想した事だ。


 寒さに強いと自負している私、それでも半そでではつらくなってきた季節での飲みでは暖かな鍋料理が出てくる。それは私の大好物でこの時期の飲み会は私の楽しみの一つでもあった。


 蓋の中をのぞけば綺麗に整えられた具材がどっしりと構えており豊かさを感じさせる。それを火にかけ、ぐつぐつと煮立たせれば艶やかな踊りが始まり、時折香る花園をのぞかせる。


 これを嫌えるものがいようか、いや、いまい。


 そんなお鍋様の踊りを待ちつつ、運ばれてきた枝豆をつまみ、ビールを楽しんでいる中、リーダーが「今年のクリスマスの企画考えたんだけどさ」と仕事とネタ振り半々に切り出してきた。


 クリスマスの企画か……もうこんな季節だしな。うちの部は比較的人間関係が良好でイベント毎に何かを行っていた。


 リーダーはお祭ごと大好き人間である。時折サプライズを仕込んでは皆をびっくりさせたり、楽しませたり、時に驚かせたりするのを至上の喜びとしている。もちろん仕事はきっちりとこなした上でだ。人間として非常に出来ている、しかし人間としてはすこしオーバーロードしてて、私みたいな、サポータータイプであって、人を引っ張ることが出来ない人間にとっては憧れるタイプの人であった。


 今回の企画は他の課を巻き込んでのけんたっちーぱーてぃーのちのカップル成立させ祭りらしい。


 皆次々に盛り上げるようにと案を打ち出す。


「けんたっちーでは雰囲気が盛り上がらない、それらしいフランス料理店を知ってるからそこに……」


「でも気軽に参加できないだろ、それじゃあ多くの人が楽しめない」


 当然私も場を盛り上げるように枯れ木も山の賑わい(誤用)とばかりに口を出す。


「でもさ、うちの会社ってクリスマスあたりは仕事がピークを迎えてマッドさマックス怒りのデスマーチな人員もいるっすからねえ、あらかじめ楽しめるような企画を仕込んでおいたほうがいいかもしれませんねえ」


「クリスマスなんて関係ない、holy shit団 vs とかもいいかもねえ」


 それにあわせて同僚のデスマーチにあうやつが口を合わせてくれる。それに対してリーダーは、やれやれ、と酒を俺とデスマーチに注いでくれる。


「まぁそう荒れない。きらきらとしたクリスマスにしようよ」


 実はサンタさんはいるといわれれば信じてみたい。といいそうな我らがリーダーはそういいつつ、きらきらした企画にしようと勧誘してくる。


「そう言われましても、実際の仕事場は地獄ですしねえ、こりゃデスマーチ組ときらきら組の企画の張り合いですかねー」


 デスマーチは商品を販売する部署にいるためクリスマスという商戦では現場で地獄の中に投げ込まれる。そりゃそうそう笑ってられないよなーと思っていたが。そこから思わぬ話題が飛び出してきた。


「でも、昔サンタさんにキン内マン消しゴムのスタジアム遊びの玩具買ってもらったことあって、それが嬉しくって、だからそういう人の笑顔のために頑張りますよ」


 デスマーチはそういいながら笑う。リーダーもそれはいいことだな、キラキラした思い出っていいよな。と応じる。二人とも楽しそうだ。


 他の人間もそれに呼応して、子供のころや、恋人、親友とのクリスマスの思い出を語りだす。


「私はガンムのパチモンのプラモでしたよ(笑) 今となっては逆に貴重品ですかね」

「高校時代だったからお金はかけられなかったけど、恋人からのささやかな海岸デートが嬉しかったなぁ」

「ゴールドライダーンのアクションフィギュアだったなぁ、ロケットパンチがストーブの中にさようならしちゃったけど……」


 みんな、いい笑顔をしている。


 そんな中で私はふと考え込んでしまった。


 記憶が一切ないからである。


(わたし、私は、何があったっけ)


 汗が出る。


 鍋が煮えてきている。熱いからだ。


 この中では私ってば確か最年長の部類に入る人間だから、記憶がないんだよね、きっと。


「今の人とはバレンタインから付き合いだしてさ、クリスマスは忙しくてデートできないけどいろいろもらったなぁ」


 って嘘でしょリーダー。感情を殺した天使の翼仲間でそれなりの同年代だと思ってたのに!


 阿、しかもクリスマスでもらうのは子供のころ限定じゃないってことを気づかされたぞ。


 なんだか、皆が話してる中、無言で座っていると、いつ、なぁお前は? と聞かれそうで気が気じゃない。


 こうなったらこちらから話してしま、しまうのが得策なのだろうか。


 私が童貞なのは皆知ってるしクリスマスなんて苦しみますなんていうことは皆知ってるだろうし、笑い話にできるだろう。


「わ、私はクリスマスはガンム0080とファフニーとファフニーエクソダスを見るってきめてるんだ」


「今頃シドニーは雪で真っ白?」


 よ、よし、通じた、このアニメのネタはオタクなら必修科目!


 このまま流れをいい話から引き寄せられれば……


 ……引き寄せられればなんだっていうんだ。

 私が寂しい奴って言うことは変わらないじゃないか。

 一人で。

 孤独に。

 アニメを見る。

 30歳。

 魔法使い。

 アナタハソコニイナイ。フィギュアに囲まれて?

 ただ悲しみに浸るだけのクリスマスが楽しい?

 そんなわけない。

 ない。

 馴れ合い。すらない。有り余った慟哭。

 

 何かないのか、楽しい思い出、思い出したい。


 20代、思い出せない。ネトゲで仮想パーティーしたか? したような気がする。で?


 ああ、半額のケーキ1ホール丸ごと食べたね。満腹だね、お腹いっぱいだよ、ああ。


 10代、思い出せない。暗黒時代だ。


 少年時代、あのおもちゃは……パチンコでとってきたものだったな…・・・


 思い出せよ。

 思い出してよ私。

 ケーキぐらいは食べたよね。

 冷えたけんたっちーぐらいは食べたよね。

 でもそこに顔がないの。

 家族の顔が。

 笑顔がないの。



 ねぇ、父さん、あなたは何を思って私を見てたの。こちらを向いてた時間が短すぎて、あなたの笑った顔、見たことがないの。


 母さん、あなたはいつもおいしい料理を作ってくれるけど、こちらに踏み入ってはくれないでただ見ているだけですね。


 わかっています。


 ある程度の年齢になったら自分で踏み出さねばならないことはわかっています。


 でも子供の時代からそういうことされたら、きっと子供は何をすればいいかわからなくなると思います。


 だから私たち3人の子供は、皆夢を持たずに生きてきたのだと思うんです。


 ……私が自分で見つけた夢、小説家になりたい。


 そういう夢を告白した大学入りたて時代に「ふざけているのか」の一言で済ませられたこと、まだ覚えています。


 それがなければ、私はあと10年は早く自分の可能性にかけ始め、また諦めもつく状態で何かに挑めていて、また別の少なくとも今より後がある状態で夢に気がつけたでしょう。

 

 うちの家族は少しだけ歪んでいて、それに気がつけない程度にいびつであったことには薄々考え付いてはいましたが、クリスマスをテーマにした話題でふと、何がおかしかったのか、ということを再認識させられた気がします。


 実際にうちより遥かに苦しい環境の家も多数ありますし、家族がいない方も多数いらっしゃるでしょうから恵まれてないとは口が裂けてもいえませんが、周りが幸せそうに話していると、とてもとても、なぜ私が笑顔を与えられる環境に生まれられなかったことを少しだけ恨んでしまうことを許して欲しくはあります。私が恵まれた環境にあったところで笑顔なしの環境にあっては、自分から傷ついたり気がつかない限り、夢や自意識のない人間にしかなれないのですから。


(目的意識があれば幸せか、といわれるとYESともいえませんが……シリアなどで戦って、戦って死ねば幸せになれると教え込まれる少年少女が幸せかと言われればNOですし、事情を知ってなお戦わねばならない自意識を得た兵士はまさしく日常が生と死の挟間にあり、どっちともつかない状況で、享楽に身を委ねねばならないような状態でしょうから、が、しかし、そこをいうときりがないので日本で生まれて、ということにこだわって話を進めましょう)


 そして、クリスマスは家族以外に友人と楽しむということもできるが、人付き合いというものをまっとうに教えられなかった私は学校でも積極的には人に関与できず、ただいい子でいることのみに終始し、パーティーなどに招かれるようなことはあまりなかった。

 あったとしても、どう祝えばいいかわからず、空気が読めない結果孤立を深めていった。


 ──私はその飲みの間、考え事に浸ってしまい、話しかけられても終始デスマーチについて語るだけだった。


 鍋を突付く箸もなんだか億劫に感じられて、下を向いているのをごまかすように食べるふりをすることで精一杯だった。


 そして、飲みが終わり、皆が解散した後に私は家、実家住まいである。に帰る。


 そして着替えようと洗面所に行くが、久々に自分の顔を鏡で見ることが怖くなって、へたり込んでしまった。


 何であんなことを言ってしまったのか。


 何で自分はこんななのか。


 何で私は落ち込んでいるのか。


 わからなくなって。

 

 鏡を見れば、愚かな道化がいる。


 それに指を突きつけて、バーカというと、すこし瞳が潤む。


 本当に馬鹿だ私は。  


 洗濯物の中にうずくまって、さっきの話題と自分のクリスマスをかみ締める。


 悪いのは私だ、私だけだ。 


 どうすればいい、この企画から私だけ抜けるか?


 こんな私いなければいい。


 って、抜けたら余計に社内の空気悪くするだろうが。


 それに私にとってもこの企画というか部署は大切な場所なんだ、できれば抜けたくはない。


 なら答えは一つだ。


 呼吸が落ち着いたところで、謝罪のメールと、企画への賛成の意思を示すメールを皆に送れるように文章をしたためておいた。朝にすぐ送れるように。

 

 そして、クリスマスに、できれば何かを残せるようにとリーダーの企画を考えながら。

ごらんいただきありがとうございます。


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