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捜索開始

「それで、調査ってどうやるんだ。まさか、道行く人に手当たり次第聞いて回る気か? それだったら俺は帰るぞ。」

「私をそこまで無計画だと思ってたわけ?」

「入学早々のUFO捜索のことが、まだ俺の頭に残っててな…」

 

 あの時はひどかった。民間伝承研究会(以下、オカルト研究会)にまだ入っていなかった香川は、独自にUFOの調査を始めていた。そして、その助手(香川のインタビューの筆記係)に俺が選ばれ、見知らぬ人間に向かっていきなり電波な質問を発する香川の横で、メモを取り続ける羽目になったのだ。

 

 想像してみてほしい。何の面識もない人間に向かって「この辺でUFO見ませんでしたか? えーとアダムスキー型じゃなくて、円筒型のやつです。」と質問する女子高生と、その傍でメモを取っている男子高校生の姿を。

 あの後しばらくは、調査に行っていた地区を歩けなかった。二度とあんな体験はしたくない。旅の恥はかき捨てとはいえ、限度はあると思う。


「今回はちゃんと準備してきたわ。これを見なさい。」

「おっと、何だこれ。地図か」

 香川が出したのは、沖縄本島の地図だった。一軒一軒の家まで載っている、かなり詳細なやつだ。そして、地図の主に南側に赤い印がいくつもついている。


「赤い印は半魚人が目撃されたところよ。半魚人は大半が海岸で目撃されてるけど、内陸に現れることもあるみたい。それと、横に書いてある時間帯を見ればわかると思うけど、目撃されてるのはたいてい夜ね。」

「つーか何だこれ。こういうのが、ネット上にアップされてるのか」

「自分で調べて作ったのよ。沖縄の半魚人に関するニュースをネットとか図書館の古新聞とかで調べた結果、こういう結果になったの。半魚人はどうも北部に多いみたい。目撃情報は戦前からあるわ。」

「そっか、そりゃ凄い。」

 香川は自分が興味を持ったことに関しては努力を惜しまない人間だ。そのことは前から感じていたが、そんなに膨大な資料を読んでこの地図を作ったのか。少し感心する。

 願わくば、もっとまともなことに興味を持ってほしいのだが、きっとそれは無理な相談なのだろう。


「ていうか、結構目撃証言あるんだな。てっきりあのスポーツ新聞が、写真もろともでっち上げた話かと思ってたよ。」

「さっきも言ったように、目撃情報自体は戦前からあるわ。それと葛西、沖縄の伝承でニライカナイって知ってる?」

「確か海の底にある楽園だっけ。」

「そう、海の底にある国で、神々が住む場所とされている。それで前にも言ったけど私は、このニライカナイこそが、あの与那国島の海底遺跡だと思ってるの」

「えーと、何で?」

 与那国島の海底遺跡か、そういえばそんなことも前言ってたな。


「どんな伝説でも、普通は母体になった事実が存在する。ニライカナイは海底にある国、沖縄周辺で海底にある国っぽいものと言ったら、与那国島の海底遺跡じゃない。たぶん、あの遺跡には昔何者かが住んでいて、国を作ってたんだわ」

「言いたいことは分かった。だが、それが半魚人とどうつながる?」

「海底都市に住んでいるのは、半魚人に決まってるじゃない」

「…つまり香川はこう言いたいわけか? ニライカナイは与那国島の海底にあった都市をモデルに、沖縄人が考えた伝説。そして、半魚人はその海底都市の住人だと」

「そういうこと。」

「でもさあ、それって別に沖縄人が半魚人を昔から目撃してたせいとは限らんよな。それこそ遺跡だけを見ても、伝説の一つや二つはできそうだし」

「そ、それはそうだけど… 私も正直そう思うけど。ていうかこんなとこで喋ってないで、とっとと取材行くわよ」

 …露骨に話題そらしたな。おい。


 6時間後、街の食堂にて。

「結局またこのパターンかよ。勘弁してくれ。」

「調査の基本は聞き込みよ。まあ不本意な結果に終わったのは確かだけど。」

 ソーキソバをすすりながら、香川が不機嫌そうに言った。

 

 とりあえず地図を持ってきているからには、UFOのときみたいに聞き込みはしなくていいと思ってたが、甘かった。目撃情報が多い北部に移動した香川は、目撃地点周辺の住人に聞き込みを開始したのだ。

  何でも、どうせ半魚人は夜にしか現れないので、昼間の時間は聞き込みで情報を集めたいということらしい。ちなみに夜の調査に向けて、昼間はどこか冷房が効いた場所で鋭気を養うという俺の案は、秒速で却下された。

 

 その聞き込みも、何か具体的な成果があったならまだよかった。実際にはこのようなやり取りを十数回続けただけだった。

「半魚人について何か知りませんか?」

「半魚人? 泳ぎがうまい奴のことか? それならここから50mぐらい離れたところに住んでる山田さんが。」

 あるいは

「この辺で半魚人が出没すると新聞で読んだんですが、知り合いに目撃者はいませんか?」

「俺は君の知り合いが何をしてるのかと思うよ。何故とっとと医者かカウンセラーに…」

「…失礼します。」

 というわけで、せっかく沖縄まで来たにも関わらず、調査の成果もなければ海で泳ぐこともないまま、俺たちは夜を迎えたのだった。こっちはゴーヤチャンプルーをつつきつつ、香川に本日の行動について詰問することにする。


「というか香川。手当たり次第聞いて回ったりはしないって言ったよな。」

「手当たり次第には聞かなかったでしょ。ちゃんと目撃地点周辺の住民に対象を絞ったわ。」

「…もういい。分かった。ところで何か左翼のデモが多かったな。やっぱりこの辺も基地があるせいか?」

 そう、街を歩いているとやたら見かけたのが、反米的なスローガンを掲げた人たちのデモだった。日本の米軍基地の7割が存在するだけに、この手の運動も多いのだろう。

「まあそれもあるけど、基地がある場所の中でもこの北部訓練場周辺はかなり反対運動が多いみたい。」

「へえ、何でだ?」


「記録調べてて気づいたんだけど、昔からこの地区は行方不明者が多いのよ。特に若い女性のね。それで住民の一部は、行方不明者は米兵にさらわれて殺されてるんじゃないかと思ってるみたい。」

「えっ、それ本当なのか。ということはこの地域って危ないんじゃ。」

「まあ米兵云々は、私の見るところでは濡れ衣ね。仮に米兵が誘拐事件を起こしてるとしたら、全国の米軍基地の近くで行方不明者が増えているはず。この地域だけ多いなんてことにはならないのよ。それに、行方不明者が多いのは戦前から。戦前に米軍基地はなかったでしょ。」

「なるほど。」


 俺は少し感心してしまった。香川だったら「アメリカが基地をいつまでも返還しないのは、米兵の犯罪の証拠が埋まっているからだ」とか言いそうな気がしていたのだが、ちゃんとした根拠に基づいて陰謀論を退けている。オカルトマニアとはいえ、それなりに懐疑的な思考もできるみたいだ。


「誘拐事件を起こしてるのは、米兵じゃなくて半魚人よ。半魚人の目撃情報が特に多いのがこの地域で、行方不明者が多いのもこの地域。ということは誘拐事件には半魚人が関わっているとみて間違いないわ。」

 …前言撤回。あることについてまともな判断ができるからと言って、他のことについてもできるとは限らないらしい。




 ちなみに俺と香川の出会いは、俺たちが通う県立比良坂高校の入学式のときに遡る。式の後に教室に集まっていた俺たち新入生は、新しく入ってきた女子を見て目を見張った。小さな卵形の顔に白くなめらかな肌、黒目勝ちの大きな目、細く通った鼻筋、形のいいピンク色の唇、おそらく今年の新入生の中で三本の指に入る美形だったのだ。

 そしてその女子は出席番号の関係で、なんと俺の真ん前に座った。こ、これは天が俺に与えたチャンス。結局一度も女子とまともに話したことがなかった中学時代を乗り越え、今こそ新世界へ。そんな声が俺の中で鳴り響き、気づくと声をかけていた。

「あ、あのー」

 

 その瞬間、当然のことながら前にいる女子はこちらを向いた。長いまつ毛に縁どられた大きな目はとても澄んでいて、その視線を注がれた瞬間、俺はパニックになってこんなことを口走っていた。

「私は葛西真司かさいしんじといいます。これから一年間よろしくお願いします。お名前をうかがってよろしいでしょうか?」

 何で敬語かつ、超他人行儀なんだ? 言ってしまってから俺は自分で自分にツッコミを入れた。

 相手は同い年だろうが。ああ何テンパってんだ自分。これじゃ第一印象最悪だよ…


「ふーんそう、私は香川初穂かがわはつほ。よろしく。ところで、UFO見なかった?午前8時20分ごろに校庭の上を謎の飛行物体が飛んでたのよね。飛行機にしては形が変だったし、飛行船にしては小さすぎた。きっとあれは未知の飛行物体で宇宙人が」

「えっと… 御免なさい。初対面の相手に話すには少々癖のある話題ですね。UFOっていえばあれですか、ロズウェル事件で墜落し、アメリカ軍が機体を回収したって言われてるやつですよね。あとUFOと言えばチュパカブラの出現と同時に現れることが知られてますよね。ひょっとしてこの高校で、血を吸われた死体が見つかったりして」

 

 香川初穂という名前らしい女子の予想外のセリフに戸惑って、さらにテンパり気味の発言をする俺。ああ、所詮人は黒歴史を捨て去ることは出来ず、もはや変えようのない過去を引きずり続け…

「…何故敬語? それはそれとして葛西だっけ、結構詳しいじゃない。中学ではこういう話題についてきてくれる人がいなかったから、この高校入ってよかったわ。」

 俺は香川初穂の本質と、自分がとんでもない人物に話しかけたことに今更気づいた。あたりを見渡すと、彼女と同じ中学だったらしい連中が、こちらを生暖かい目で見ている。  

 どうも中学の頃から悪い意味で有名人だったようだ。つーか、テレビのUFO特番で得た知識が、こんなときに役立つとは思わなかった。役に立たないほうが絶対によかったが。


「あ、いやそんなに詳しくないですよ。それ系のテレビを何回か見ただけで。」

「敬語はやめてよ。まあ、それでもいいわ。ちょっと知ってるだけでもかなり違うし」

「ああ、うん。よろしく、香川」

「よろしくね、葛西。ところでUFOは川本町のほうに飛んで行ったわ。午後から調査行くからついてきてくれる?」

「うん、わかった。ところで調査って何するの?(やばい、ペースを握られてる)」

「行ってみればわかるわよ」

 

 というわけで俺は、入学早々香川のUFO探索に付き合うはめになったのだ。香川と外出ってことで、あのとき俺を羨望の目で見てた男子どもよ。羨ましかったらいつでも代わってやるよ。貴様らも俺と同じ思いを味わえええええ。

 

  


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