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四年に一度の奇跡シリーズ

四年に一度の奇跡

作者: ももんが

 四月五日、私立白羊高校の入学式が執り行われた。

 白羊高校は創立百年を超える伝統校であり、毎年数人は難関大学に進学する進学校としてもそれなりに名を上げる共学高校である。進学校でありながら、運動部は地方大会の常連で文武両道な学校ともいえる。

 校長と理事長の長い挨拶、校歌斉唱が終わり、入学式は終盤に差し差し掛かる。


「それでは、皆さんの学年を担当する学年主任の先生、各クラスの担任の先生、そして副担任の先生を紹介します。先生方は壇上へ上がってください」


 進行役のアナウンスに合わせて、一年生を担当する学年主任と各クラスの担任、そして副担任が壇上へ上る。学年主任から順番に一言ずつ自己紹介を始めた。今年度の一年生のクラスは全6クラス、副担任は2名である。


「入学おめでとうございます。1年6組を担任する仙川修です。担当教科は数学です。今年度赴任したばかりで皆さんと同じ一年生です、仲良くしていきましょう」


 今年度赴任した仙川修(せんがわおさむ)は、大学を卒業したばかりの23歳であり、一年生を担当する教師陣の中では飛びぬけて若い。白羊高校では赴任一年目、ましてや教員歴一年目の教師がクラスを受け持つことはない。しかし、新米教師の仙川がクラスを受け持つには事情があった。




 入学式が一週間後に差し迫った三月末、仙川は朝早くに校長に呼び出されていた。


「おはよう、仙川先生。大変なことが起きてしまった」


 そう挨拶する校長の顔は、焦りの表情を浮かべている。


「おはようございます、校長先生。何かあったのですか」


 仙川も校長の様子に緊張した面持ちになる。


「烏山千歳先生が、倒れた」


「えっ、烏山先生が?!」


 烏山千歳(からすやまちとせ)は、20代後半の女性教師である。彼女は新1年生のクラスを受け持つ予定であり、仙川も烏山クラスの副担任をする予定であった。


「烏山先生は、無事なのですか?!」


「あ、あぁ。どうやら、烏山先生は妊娠されていたようだ。母子ともに命に別条はないが、大事を取ってこのまま産休に入る」


「それはよかった…」


 烏山の無事が分かり、胸をなでおろす仙川。しかし、校長の表情は晴れない。


「仙川先生、君には烏山先生のクラスを正式に担任してもらうことになる。新米の君には荷が重いだろうが我々もできる限りサポートをする。了承してくれるね?」


「えっ、私が、ですか?!無理ですよ!他の副担任の先生、篠崎先生の方がいいのではありませんか?」


 仙川は目を丸くして冷や汗を流しながらクラスを受け持つことを拒否しようとする。校長は仙川の反応を想定していたらしく、冷静に答えた。


「篠崎先生は、入試や広報の委員会などを掛け持ちしていてクラスを受け持つ余裕はない。他の学年を担当している先生と配置換えするには時間が足りなさすぎる。だから、君しかいないのだ」


 頼むよと頭を下げる校長。仙川は了承せざるを得なかった。


「わかりました。誠心誠意頑張ります!」 


 校長は仙川の応えに笑顔を見せた。しかし、その笑顔はすぐに消え、校長は神妙な顔つきになった。


「さて、君にはもう一つ話さなければならないことがある。この学校、白羊高校にまつわる伝説…いや、ある種の呪いと言ってもいいかもしれない」


「呪い、ですか?」


 仙川は固唾を飲む。校長は重々しく語り始めた。


 白羊高校には創立時から不思議な現象が起きている。それは『四年に一度の奇跡』と呼ばれるものであった。

 毎年男女ともに半々で入学するが、四年ごとに女子生徒の中に特殊な生徒が一人混ざっているのだという。最初はごくごく普通の女子生徒であるが、月が替わるごとに頭脳、運動、容姿が著しく向上するのだという。


「それのどこが呪いなのですか。高校に入学して頑張った結果なのでは?」


 固唾を飲んだ割にはしょうもない話で落胆する仙川。


「最後まで話を聞き給え」


「すみません」


 その女子生徒は成長する過程で数人の男子生徒を魅了し、骨抜きにしていく。骨抜きにされる男子生徒の数は大体決まっており、上下学年に一人か二人、同学年は三人から四人。いずれも学力や運動、容姿などが秀でた生徒ばかりである。

 骨抜きにされた彼らは、互いをライバル視し、自身をよく見せようと切磋琢磨していき、卒業後はそれぞれ華々しいものだという。


「やはり、呪いとは思えません。どちらかといえば良いことだと思います」


「それが生徒間同士だけなら、私も放っておく。卒業生が活躍するのは高校としても実に素晴らしいことだからな」


 校長はため息をつき、続きを話す。


「その女子生徒に魅了されるのは男子生徒だけではない。担任になった男性教師もまた同様だ」


「教師が、ですか?」


「そうだ。男子生徒たちと異なる点は、件の女子生徒が卒業してもその虜からは解放されない」


 骨抜きになっていた男子生徒たちは高校を卒業すると同時にその女子生徒への好意は覚めるのだという。しかし、教師は生徒のように3年で卒業というわけにはいかない。女子生徒が卒業してもいつまでもその虜から解放されることはない。


「虜になった教師は、女子生徒の卒業から一年も持たずに辞職し、そのまま行方不明になっていった」


 校長は顔の前で手を組み、目を伏せた。仙川は、はたと気づき、顔を上げた。


「それならば、女性教師を担任にすれば!」


「しなかったかと思うかね?何度も何度も試したが、烏山先生のように突然の産休や体調不良で必ず男性教師に、独身の男性教師にお鉢が回るようになっている。これを呪いと言わずして何と言えば良い」


 仙川はただただ背筋を凍らせ、言葉を失った。校長は立ち上がり、仙川の両肩をつかむ。


「いいかね?くれぐれも虜になるな。これからの教師人生を棒に振らないように」


「は、はい!」


 仙川は頭を何度も縦に振った。




 入学式が終わり、ホームルームクラスでのあいさつも終了し、仙川は職員室の自分の席に着く。そして、盛大なため息をついて机に突っ伏した。


「どうしたの、仙川先生!そんなため息をついちゃって。緊張して疲れた?」


 隣の席から明るく声をかけられる。仙川は体を起こし、声の主の方に顔を向いた。


「篠崎先生…」


 篠崎百恵(しのざきももえ)、27歳。担当教科は理科であり、新一年生の副担任である。実験室でなくても常に白衣を着用しているため、生徒にたびたび養護教諭と間違われている。仙川と年が近いこともあり、篠崎は仙川の教育係でもある。


「篠崎先生、先生も『四年に一度の奇跡』というものをご存知ですか」


 仙川の問いに篠崎は仙川が落ち込んでいたことに納得がいく。


「知っているわ。白羊高校の教師の間では公然の秘密みたいなものね」


「虜になったが最後、教師人生が終了するんですよね」


「それ、校長先生から聞いたの?そんな簡単に教師人生が終わるなんてそんなことあるわけないじゃない」


 そう言って笑い飛ばす篠崎。


「昨年度のマコちゃんは同級生の男子生徒4人を虜にしていたけど、担任の先生に異変はなかったわ」


「まこちゃん?」


 仙川は首をかしげる。


「そう、マコちゃん。男子生徒を魅了する魔性の女子生徒たち、略して魔子、マコちゃん。こういう呼び方の方が何かと誤魔化しがきくの」


「へぇ、そうなんですか」


 例の女子生徒や件の女子生徒と呼ぶよりマコちゃんと呼んだ方が楽だと考え、仙川も篠崎のマコちゃん呼びに倣う。


「ちなみに、その担任の先生は?」


「2年3組の担任、北沢雄介先生。今年の夏休みにハワイで結婚式を挙げるそうよ。羨ましいわ」


 篠崎はハワイの挙式を想像し、頬が緩む。仙川は必ずしも虜になるわけではないことを知り、ほっと胸をなでおろす。


「北沢先生は5年以上交際していたらしいわよ。だから、恋人がいればマコちゃんの虜にはならないの」


「恋人?」


 仙川は恋人という単語を聞いて顔色を青くする。現在、仙川には恋人はいない。大学三年生の時、大学入学当初から付き合っていた彼女に二股をかけられて修羅場の末に別れて以来、恋人を作る気を失っていた。


「あら、もしかしてフリー?」


 力なくうなずく仙川。その様子に篠崎はバツの悪そうな顔をする。


「ま、まあ、マコちゃんが卒業するまでに恋人を作っていればもしかしたら大丈夫かもしれないわ!だから、元気出して、ね?」


 篠崎が励ますが、仙川は肩を落としたままだった。


「恋人がいなかった場合はどうなるのでしょう…」


「…たぶん、校長の言う通りになるんじゃないかしら?」


 仙川は頭を抱えた。


「早く恋人ができるといいわね…」



 今年度の魔性の女子生徒、マコちゃんを特定できたのは梅雨の時期に差し掛かる頃であった。


 校長の心配は的中し、仙川が担任するクラスにマコちゃんは存在していた。マコちゃんは、入学当初は地味な生徒で学力も運動もそこそこの実力であった。しかし、月が替わるごとに著しい成長を遂げ、他学年を含めた男子生徒数人が熱っぽい視線をマコちゃんに向けていた。その男子生徒たちは数多くの女子生徒の人気が高いのは言うまでもない。


 下校時刻が差し迫った放課後、仙川は篠崎と校内の見廻りをしていた。残っている生徒に下校を促し、教室や廊下の窓のカギを締めるためである。

 仙川達が2年生の教室がある廊下を歩いていると、廊下の奥で数人の生徒が立ち話しているのを見つける。仙川は彼らに下校を促すために近づこうとするが、篠崎に止められる。


「篠崎先生?」


「いいから、ちょっとあの子見て。あの子、仙川先生のクラスの子よね?」


「…そのようですね」


 数人の生徒は、仙川のクラスの女子生徒一人と一年生の男子生徒一人と二年生の男子生徒一人であった。篠崎は仙川の腕をつかみ、彼らの視界に入らないよう柱の陰に隠れた。

 男子生徒二人が女子生徒をデートに誘っているようである。


「今週の土曜日、僕と映画を見に行かないか?」


「わあ!北王子先輩!抜け駆けはずるいっす!俺とボーリングに行きましょう!」


 二年の男子生徒、北王子正臣(きたおうじまさおみ)は、有名財閥の跡取り息子である。家柄が良いだけではなく、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も抜群な天にニ物三物与えられたような人間である。少々俺様気質はあるものの、カリスマ性は高く、学年性別問わず生徒からの人気が非常に高い。


 その北王子を止めようとしたのは一年生の稲城航(いなしろわたる)。一年生ながらサッカー部のエースストライカーである。活躍はサッカーにとどまらず、スポーツ全般でその才能を輝かせている。爽やかな容姿も相まって女子生徒からの人気が高い。

 そして、そんな彼らにデートに誘われているのが仙川のクラスの生徒である吉祥桜(きちじょうさくら)である。特別何かに秀でた生徒ではないが、何事もそつなくこなす生徒である。


「北王子先輩、稲城君。お誘いありがとうございます。よかったら三人で遊園地に行きませんか?この間、新聞屋さんに優待券もらったんですよ!」


 桜が制服のポケットから三枚の優待券を取りだし、北王子と稲城にそれぞれ一枚ずつ手渡す。


「…吉祥さんがそういうなら、俺はいいけど」


「たまには遊園地というのもいいだろう。彼がいるのがいささか気に食わないが、君が楽しんでくれるのが一番だ」


 稲城と北王子は互いににらみ合いながらも、桜の提案を受け入れた。三人は少し立ち話をし、仲良く下校していった。


 その様子を眺めていた篠崎と仙川。篠崎は、何かを確信したように何度か頷く。


「なるほど、彼女が今年度のマコちゃんで決定ね」


「あの吉祥が?」


 担任である仙川は、地味だった吉祥の印象が強く残っており、魔性の女子生徒と認定することに首をかしげる。


「あの北王子君、いつも女子につっけんどんな様子なのだけど、吉祥さんにはデレデレ。稲城君も女子生徒よりサッカーに夢中な様子だったけど、吉祥さんをデートに誘っていた。彼女がマコちゃんであるのは間違いないわね」


「…たしかに、校長の話にも合致しますね。平凡な女子生徒だったのになぜかモテモテ」


「そういうこと。で、仙川先生は彼女の虜になりそう?」


 篠崎の言葉に仙川は首を大きく横に振った。


「全然」


「一先ずは安心ね。彼女ができれば安心できるのにね」


「ハハ、簡単にできたら苦労しないですよ」

 



 それから数か月後、夏の残暑が過ぎようやく涼しくなった秋の日。ほとんどの生徒が下校した頃、仙川も退勤するところであった。校門の手前で一人の女子生徒に後ろから声をかけられた。


「仙川先生!もしよかったら一緒に帰りませんか?」


「…い、急ぎの用があるから一緒には帰れないな。気を付けて下校するように」


 仙川は顔を引きつらせながら女子生徒、桜の誘いを断り、足早に校門を出た。

 次の日、さらに次の日も同じように桜の下校の誘いが続いた。

 



 二週間後の放課後、校長室には校長、篠崎、仙川の三人が顔を合わせていた。


「仙川先生、どうしたのだね。随分と顔色が悪いようだが」


 桜の誘いが続くにつれ、仙川の顔色は悪くなる一方であった。校長は心配した表情で仙川の体調を気に掛ける。


「実は、マコちゃんから連日下校の誘いを受けまして…」


「マコちゃん?」


 校長が聞き返すと、篠崎がマコちゃんの名前の由来、そしてマコちゃんの正体を手短に説明する。事情を理解した校長は、さらに心配そうな表情になる。


「仙川先生、しばらくは生徒たちが完全に下校してから退勤しなさい。残業代もちゃんと出すから」


 校外で桜と接点を持つことを警戒した校長は、残業を提案する。


「それなら、私の仕事手伝ってよ。これから実習が増えて大変なの。委員会の仕事も溜まっていてなかなか進まなくって…」


 篠崎も校長の提案に乗り、どさくさに紛れて自身の仕事を仙川に押し付けようとする。


「ありがとうございます、校長先生。しばらくそうさせていただきます。それと、顧問をしている野球部の仕事もあるので、篠崎先生のお手伝いは難しいです」


「ちぇ、残念」


 仙川は校長の提案を受け入れることにした。日中は仕方がないが、放課後までマコちゃんに関わりたいとは思っていない。彼にとってマコちゃんは、魅惑の女子生徒ではなく恐怖の対象になっていた。

 


 翌日の昼休み、仙川は自分の席で昼食をとっていた。コンビニで買ったおにぎり三つとカップスープである。隣の篠崎もコンビニ食であった。


「失礼します」


 ノック音がして職員室の扉が開く。入ってきたのは桜であった。まっすぐ仙川のもとへ歩いてき、一枚の紙を仙川に差し出した。


「仙川先生、私、野球部にマネージャーとして入部したんですけど」


 仙川は飲みかけのスープを吹きこぼしそうになるのを何とかこらえ、桜から入部届を受け取った。


 白羊高校の野球部は、エースがいるサッカー部とは異なり、弱小といっても過言ではない。部員たちは真面目に練習に取り組んでいるが、なかなか実力に結びつかないのだと仙川は前任の顧問から聞かされている。野球に高校時代の青春をささげていた仙川は、何としても野球部を弱小の沼から引き上げたいと考えていたが、彼らのマネジメントをするには人手が足りていなかった。

 そのため、桜の入部を断る理由はない。


「マネージャーか。ちょ、ちょうど人手が足りなかったから、助かるよ。明日の放課後がミーティングなので、部室に来るように」


「はい!」


 桜は嬉しそうな表情を浮かべ、一礼して職員室を去った。

 出ていったことを確認すると、仙川は大きくため息をついた。篠崎は落ち込む仙川の肩を優しくたたく。


「完全にターゲットね。がんばれ」


「勘弁してください…」


 白羊高校の呪いから解放されるまで仙川の受難の日々は続く。


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― 新着の感想 ―
[一言] 普通とは違う視点ですごく面白いです この作品は続編作られるんですか?
[一言] おもろかったわ~ リアルやとあんな感じかもな!本人にしたら恐怖でしかないやろうな~ 続きはあるんかな?あったら楽しみやわ!
[一言] 朝一で一番上に来ていた小説を読んでいる者です。 オリンピックとかのスポーツネタかと思いきや、 オチが気になって最後まで拝読しました。
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