聖女召喚
その時俺は、猛烈に怒り狂っていた。
我を忘れて怒鳴っていた。
何もかもがあまりにも理不尽で馬鹿げてるのに、その場にいる誰もがしたり顔で、さも当然のように事を進めていたからだ。
「冗談じゃねえ!なんで俺が禊や祈祷のやり方なんか教える必要がある?聖女だの何だの呼び方が綺麗なだけで、召喚される女は単なる生贄じゃねぇか!」
「なんと恐れ多い事を…!」
「聖女が祈祷なんか知らなくても、信仰心なんか欠片もなくても、ブサイクでも男癖が悪くても、最悪…男だったとしても!効果が変わるわけじゃねえ。あんたらが欲しいのは安心感だけだ。異世界からわざわざ召喚した生贄を神に捧げた、伝統は守ったっていう安心感。それだけだ!違うか!?」
動揺を隠せない王や神官達に、これでもかとくってかかる。ヤツらが何百年も前の伝承を信じて異世界召喚なんて馬鹿らしい事を話しあっている間、こっちは次々に降って来る災害の復旧と援助を僅かな人員で寝る間も惜しんで捌いてきたのだ。
馬鹿げた召喚の尻拭いくらい自分でやれってんだ。むしろそんな暇あったら現実的な対処を手伝って欲しい。
「シーファ、気持ちは分かるが…それくらいにしておけ」
俺の肩を強い力が諫める。
「だってロイ!」
なおも食ってかかろうと勢い良く振り返った俺は、ロイの目線の先を見て固まった。
「…聖女様のご到着だ」
いつから居たのか、そこには泣き腫らした目で呆然とただ座り込む冴えない女がいた。
誰も言葉を発っしない、重い沈黙が落ちていた。女がゆっくりと頭を上げ、不安そうに周りを見回す。
なんだかやつれた、覇気のない女だった。メガネの奥の瞳は賢そうだったが、何故かガラス玉のように生気が感じられない。
「え…?…ここは…何…?」
口火を切ったのは彼女だった。
気まずそうに視線を交わした後、厳かに口を開いたのは、神官長のエスタ老。俺の身も蓋もない叫びを聞いていたかも知れない女に、冷静に状況を説明出来るのは多分この場にいる中ではエスタ老だけだ。
彼女は、ただ静かに聞いていた。
俺達の世界が数百年ごとにみまわれる大災害の只中にある事。
その度に異世界から聖女を召喚してきた事。
今回召喚されたのが彼女である事。
聖女は1ヶ月の禊の後に、神へ捧げられる事。
いきなり異世界に勝手に召喚されて、生贄として俺達のために死ねという理不尽極まりない話を、時々頷きながら黙って聞いている。
イライラしながら聞いていた俺は、護衛が紹介され、神事を司る者として自分が紹介された時にはすでに我慢の限界に達していた。
「あんた何フツウに受け入れてんだよ!見も知らねぇヤツに俺達のために死ねって言われてんだぞ!?ちったぁ怒れよ!自分のケツくらい自分で拭けって言ってやれよ!」
あまりにも悟りきった様子の聖女の態度に、つい怒鳴りつける。完全に八つ当たりだ。
彼女は…何故か薄っすらと笑った。
ゆっくりと俺の方を見ると、複雑な笑みを浮かべる。痛いような、悲しいような、蔑むような、何ともいえない笑みだ。
「全く同感だわ。生贄なんて馬鹿馬鹿しい。そんな暇あったら災害を最小限に抑える努力をして欲しいもんだわ」
場の空気がピシリと固まる。
でも淡々とそう口にした彼女からは、何の感情も感じられなかった。
「…でも、泣き喚いたって帰らせてはくれないんでしょ?護衛って体のいい監視よね。騎士が5人、侍女が2人、そしてあなた。逃げられる気もしないし…1ヶ月も軟禁するくらいなら直ぐに殺してくれればいいのに。残酷ね」
賢そうだとは感じたが、あり得ないほど落ち着いている。それがむしろ不気味だった。
「でも人選はいいんじゃない?…私、余命半年だから…少し早まっただけ。はは…本当、つくづくツイてないな…」
その時初めて泣き腫らした目から、新しい涙が落ちた。
何も言えなくなった俺に、 ロイが射るような厳しい目を向ける。
「満足か」
言い捨てて、声もなく泣いている聖女に駆け寄る。俺はただ、呆然と見送る事しか出来なかった。