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紅剣

草原を軽やかに馬が駆ける。


馬の上には白い髪の少女とその後ろから手綱を握る男がいた。


春を迎えた草原は青々としていて、馬が走りかきわける風にも草木の匂いがする。

初めて見る風景に普段なら少女は目を輝かせるだろうが今日はとてもそんな気分ではなかった。


一時ほど前の話。

朝陽が昇り、ルルは目覚めてからすぐに雑貨屋の前に居たダンと馬を目ざとく見つけてかけつけると、私も行きたいと言い出した。


もちろんダンとメルナは、危険だから駄目とルルに言ったが、いつも聞き分けの良いルルが続けてわがままを言うと2人とも押し負けて許してしまった。


「まぁ、俺的には役得だがなぁ」


ダンが、うんうんと頷くとメルナが脅す。


「ほんの少しでもルルに怪我をさせようなら、ダンさんに二つくらい山を越えた場所に棄てられるんじゃない?」


途端にダンは青ざめるが、気を取り直してルルに話しかけた。


「しっかしなぁ、音もたてずルルちゃんにバレないよう気をつけたつもりだったんだがなぁ・・・」


ダンは困った顔でルルを見た。


「何となく気配がしたので・・・無理を言ってしまってすいません」


頭を下げるルルに、ダンはまぁいいさと笑う。


「しかし親子だよなぁ、ドンも気配がなんとか、よく言うからよぉ」


本当にねぇとメルナも笑う。


「さあさ、行くならさっさとお行きなさい」

「ドンさんの馬車の車輪でも折れて難儀してたら可哀想じゃない」


ダンとルルの2人は顔を見合わすと馬に乗る。


村で3体しか居ない馬は貴重で、この1体も朝一番に村長に無理を言って借りてきたものだ。

馬ならゼクトの街まで一時もかからないだろう。


2人は馬に跨り、メルナに別れを告げるとさっそうとオリナの村から駆けだしたのであった。


馬による移動はとても順調で、一時を過ぎたあたりか街の外観が遠くに見え始めた。

だが、あきらかにおかしいと2人は気付く。

初めて村の外に出たルルでさえ、街から上がる黒い煙と辺りに漂う異様な臭いに異常を感じ顔をしかめた。


「ダンさん!」


「あぁ、街で何かあったな・・・こいつは迂闊に近づかないほうが良さそうだ」


「!?でもっ」


父が間違いなく巻き込まれていると2人は確信するが、ダンからしたらドンがいるのに街がこの有様になっていることが驚きだった。


やがて街から衝撃音が二人のもとに届くと、ダンはいつになく真剣な顔になる。


「まだ戦闘中なのか!?」


「危ない!!!」


ルルは音がした方に目を凝らすと突然大声をあげた。

ダンも反応して馬を動かそうとするが・・・。


爆発音。


ルルもダンも爆発に巻き込まれ、土煙りで見えなくなる。


「ううっ・・・な、にが起こっ、たの?」


土煙りが草原の風で払われ、ルルの姿が見えた。


爆発により吹き飛ばされたルルは、身体を起こすと片手で目を擦りながら周りを、ダンを探す。


ダンはルルより少し離れた所に倒れていた、その身体には馬が倒れてのしかかっている。


「ダンさんっ!!!」


ルルは急いで駆けつけ、ダンから馬をのけようとするが何百キロにもなる馬を少女が動かせれるわけがない。


次にダンを馬から引っ張り出そうとするが全く動かず助けられなかった。


ルルは周りを見渡し助けを呼ぼうとするが、そこでやっと自分達以外の何かがいると気づく。

ドンが渾身の一撃で街の外に殴り飛ばした決して人では無い、人型の何かに。


爆心地、大きく窪んだ場所より人型はむくりと起き上がるとすぐにルルとダンのほうを見た。


人型は、ダンにへし折られた片腕だけでなく、もう片腕もあらぬほうへ曲がり、足を片方引きづりながらルルに向かって歩き始める。


ルルは知らず知らず震えに襲われ、両腕で身体を抱いていた。

すぐに逃げないと、と思うが、身体が動かない。


「に、げろ・・・」


声が聞こえた。

そちらを見ると、頭から血を流すダンがこちらを見ている。


ルルはダンを見ると正気に戻る。

倒れた馬とダンのほんの少しの隙間に、落ちていた木の枝を差し込むと力を入れて下に押す。


「ルルちゃん!?は、やく・・・逃げろ!ルルっ!!」


ダンが必至に叫ぶ!

人型はすぐそこまで来ていた。


動かない馬とダンを諦めたのか、ルルが立ち上がった。


「そうだ!早く逃げ・・・!?」


ルルが先ほどの木の枝を持っていた。

人型にその枝切れを構えると、来ないで!と叫ぶ。


すると人型は何故か立ち止まったが、大きく仰け反るとギョエエエェーッと叫び、身体を前に倒した。

顔だけはルルを見て。


ひい、と、声をもらしてルルは後ろに尻餅をついた。

それを見た人型は躊躇いなくルルに走り寄り、口を大きく裂け開け噛み付く。


音を出し、血が吹き出す。

少女の白い髪が紅く染まり、目が見開いた。


「パパ、なの?」


何時の間にだろうか。

噛まれたのはルルをかばったドンだった。


左腕はちぎれ落ち、肩口から胸にかけて丸い形に無くなっている。


喰われたのだ、人型に。


「パパぁーっ!!!」


ルルが叫ぶ。


瀕死と言っていい傷だ。


自分を無様に追い込んだこの男に致命傷を与えることができて、人型はやっと感情をあらわした。

それは恐怖だ。

人型は男に恐怖した。

先ほどまではひょうひょうとしていたこの男が、感じたこともない怒気をはらみ、目だけでも殺せるような睨みを利かせ叫んだのだ。


「俺の娘に手を出すんじゃねええーぇっ!!!」


ドンの右手が人型の首を掴み、ドンの額が人型の頭に打ちつけられる。

何度も何度も打ちつけられる。

人型がその場に倒れても動かなくなっても、ドンはひたすら頭を振り、魔獣に額を打ち続けた。


そしてドンも、魔獣の上にそのまま倒れて動かなくなった。


しばらくして。


ルルが這うようにドンに近づきその身体を抱き起こすとドンに呼びかける。


「パパ・・・」


ドンはゆっくり目を開けると視界に入ったルルを見つめて微笑んだ。

ルルは泣きながらひたすらドンに、パパ、パパ、と繰り返し呼びかける。


「ルゥ・・・」

「ごめんな・・・俺はもう死ぬみたいだ」


ルルは声を出せず、いやだいやだと頭を振る。


「約束があってな、お前が15になるまでは一緒にいてやるつもりだったが・・・」

「ルゥ、よく聞いてくれ・・・お前の母さんは生きている」


ルルは理解できないのか、無表情でドンを見る。

母の話は聞いたこともなく、ルルは勝手に亡くなったのだとおもっていた。


「詳しくはギルマスのマクダイに聞いてくれ、本当は俺が話したいが、ッゴホゴホッ」


咳き込むドンにルルはどうしたらいいのか分からず、あぁ、と狼狽えるだけ。


「・・・時間が無い。ルゥ聞いてくれ、俺の紅剣は斬ったものの力を封じ、持ち主のものにする」

「昔、ルゥの母さんからもらった俺の宝だ・・・お前が貰ってくれ!」


ドンは腰の短剣を右手で抜くとルゥに差し出した。

ルルは呆然と、鞘だけでなく刃も紅い短剣を見つめる。


「さあ・・・」


ルルは短剣を静かに受け取った。


ドンの周りは血の海となり、その場にいる髪を血で紅に染めた少女が同じくらい紅色の剣を胸に抱える。


その短剣の刃をドンが右手で掴む。


「すまんな、ルゥ、力を封じるためには最期に手傷を負わす面倒な決まりがあるんだよ」

「俺自身の力もお前に捧げたい、お前を守らせてくれ」


ドンは変わらず微笑み、話を続ける。

咳は治まったが、顔は、青白くなっていた。


ルルは涙を流しながら、ただドンを見つめる。

もうそのくらいのことしか出来ないと悟ったように。


「ははっ・・・この世界に来た時は言葉も分からずにいいように騙され、ただ運命を呪ったもんだ」

「いや、もといた世界も酷かったな、なんで産まれたのか理解できなかった」

「ルゥの母さん・・・ルティアに逢えて、お前が産まれて、俺は何の為に生きてきたのか全部分かったよ」

「幸せだ!いままでの全ての辛さも痛みもルティアに、ルゥに逢うためだったと思えばなんとも思わない!」


「パぁパぁ・・・」


ルルがやっとのことで声を出した。


「ごめんな、ルゥ、俺、勝手だよな・・・」


ドンも泣きそうな顔になった。


「パパぁ、大好きだよ・・・パパぁ・・・」


ルルがドンに抱きつく。

ドンも力無くルルを抱きしめ、最期の言葉を出した。


「好きに生きていい、俺が、許すから・・・だから幸せに・・・なってく・・・れ」


ルルを抱きしめていた右手が力無く落ちた。


それでもルルは、ドンをずっと抱きしめ、いつまでも泣き続けた。

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