第六話
その夜には、伊藤藤通の監禁場所が明らかになった。
シャインが鳳凰公司のコンピュータにクラッキングをかけて、所有物件を隅から隅まで当たった結果、鳳凰公司が所有する港の倉庫の中に、不自然な部屋があることを突き止めたのだ。
「というわけで、明日の昼ごろに突入します」
ミーティングを初めて早々、シャインは言った。
「えっ、夜じゃないの?」
それに光が疑問を挟む。昔は、犯罪行為を行うなら夜と相場が決まっていたものだ。
「もちろん、昔と同じで人気のない時間を狙うのはセオリーです。ですがあえて逃走経路を上手く扱うために人混みの中を通ったりするという作戦を今回は採用しました」
「そうじゃなくて、顔を見られたりとか」
「暗視カメラというものがありまして、暗いところでもはっきり顔がわかっちゃうんですよ。それに警備員がいたとして、暗視ゴーグルとかありまして、暗さは関係ないですね」
「なるほど」
「なにを隠そう、わたしと薫の義眼も暗視ができます。ま、昼も夜も関係ないですね」
「そろそろいいか?」
ミストが手を挙げて口を開いた。ARで全員が共有している地図にマーカーを置く。
「まず、わたしが警備員なら、配置はこことここだ。ターゲットの重要性が想定通りなら、サブマシンガンの連中が数人ってとこだろう。それよりも重要なのは、逃走ルートだな」
「はいはい。水路と陸路をそれぞれ用意してあります。陸路は車をここに配置しておきまして、昼休みであふれる人混みの中に突っ込んでください。水路は作戦開始と同時にボートをここに接岸しておきます。その場の判断でどっちかに行ってください」
「水路って、シャイン通れないんじゃない? ヴァンパイアは水の上ダメなんでしょ」
「乗り物や橋があれば平気っす。それにわたしは基本、スイープの現場には出ません。弱点が多すぎるってのもあるんですが、クラッキングに専念するというのもあります。その代わり、こないだの下水道のときみたく、ドローンを送り込みますからね」
「けっこう優秀な子ですのよ」
当のドローンは薫の隣で、紅茶を淹れている。シャインが操縦していなくても、半自動操縦で戦闘から給仕までなんでもこなすらしい。
「むしろ、あなたのほうが役に立つのかどうかですわ。わたしは剣を、シャインはクラッキングとドローンを、ミストは銃が使えます。魔王さまは何ができるのですか?」
「ええと、それは」
「下着を外したら殴りますわよ」
「正解。目に見えるくらいの距離であれば、念動力っていう見えない手がとどくよ」
「それならやっぱりテッポー持たせた方が役に立つかもしれないっすね」
シャインがいうと、ミストが若干眉をひそめた。
「あたしのコレクションを使うのか?」
「できれば」
「まあ、使ってない銃はあるが……弾丸代とメンテナンスは自分で負担してもらうぞ」
「よくわからないけど、やれることはやるよ」
「……考えてみたんだが、おまえ魔力はそれなりにあるんだよな?」
少し沈黙してから、ミストは言った。
「見くびったもんじゃないぞ? こう見えても、魔力と精力はまかせとけってもんだ」
「精力ってなあ……」
ミストがぼやくと同時に、くしゃっとという小さな音がした。
音のした方をみれば、薫が銃弾くらいの大きさの金属をつまんでいる。
「あらまあ。紅茶のスチール缶をまた握りつぶしてしまいましたわ」
薫は芝居がかった声をあげた。
よく見れば、薫の手の中にある金属は。さっき薫がいれていた紅茶の葉が入っていた缶と同じ色をしている。握りこぶしより大きな、固そうな缶だった。
「ところで、それ以上お兄さまの顔で破廉恥を繰り返すと、あなたの頭蓋骨がどうなるかわかりますわよね」
「わからされました」
薫の圧力に、光はおとなしく引き下がる。
「わかったところで、光とわたしは地下に行くぞ」
それを見て、ミストがやれやれといったふうにまとめた。
ビルの地下には射撃場があった。いくらか支払えば持ち込んだ銃を好きなだけ撃てるという、スイーパーにはお手頃な練習場である。
「見てろ」
ゴーグルをかけたミストは、愛銃ミツビシ・ヤタガラスを的に向けた。
乾いた音が数十回。
的を近くに寄せると、人間を模した紙の、頭に一つだけ穴が開いていた。
「なんだ。何発も撃ったのに、一発しか当たってないじゃないか」
「そうかな? セルコンに動画を送るから見てみろ」
言われて光はメガネを通して空中に投影された新着メッセージを選択する。数分の動画だった。
「超高速度撮影だ。銃弾がゆっくり飛んでるのが見えるだろう?」
言われたとおり動画を再生すると、的に向かって銃弾がゆっくり飛んで行くところだった。一発の銃弾が的の頭を貫通する。続いて二発目も的の頭の部分を、三発目も……。
「あれ? 全部当たってるのに、穴はひとつ? どういうこと?」
「どうだ、すごいだろう」
ミストはどうだといったふうに胸を張った。
「自分で言っておいてなんだけど、穴がひとつしかなくてがっかりするってのもエロいよね」
「薫を呼ぶぞ」
「勘弁して下さい。……ところで、これどういうことなの?」
「簡単な事だ」
ミストは的に開けられた穴に、未装填の銃弾をあてがう。
「全部同じ所に当たったんだよ。寸分違わず」
「ええっ!?」
驚いて光は動画を再度再生する。確かに、言われてみればその通り、ピンと貼られた紙の的の、一点に銃弾は常にあたっている。
「こんなことできるんだ……」
「曲芸の部類だが、防弾ガラスを破ったりするのには使える。激しく動く相手にはさすがに通じないけどな」
「僕にもできるかな」
光は銃を持ち上げた。銃に明るくない光のためにミストがコレクションの中から選んだのは、中東の今はない国で作られたハリーファ・マッリークという銃だ。
ミツビシ・ヤタガラスと同じ・五〇〇S&W弾を使うのだが、その中でも比較的メンテナンスが容易である。
「その前に、おまえがどの程度の魔法を使えるかが問題だな。確か、魔力は空っぽなんだろう?」
「せ……」
「精力が残ってるかどうかなんて話はどうでもいいんだ。わたしは銃身固定や視力強化、それに短未来予知、それに……あと何を使ってたかな。無意識レベルで色々やってるんだ」
「へえ……。器用なんだね。確かにそれだけあれば、銃みたいなのを使うには便利だけど。ううん、今の僕にできるかな」
「特に、反動には気をつけろよ。その銃を撃つと、腕が蹴られたくらい跳ね上がる。そのための銃身固定だが」
「わかった」
言われたとおり、光はメガネを外してゴーグルをかけた。銃を撃つときには硝煙などで目をやられることが多いため、保護ゴーグルは欠かすなというのがミストの教え。ゴーグルはAR対応になっているのでセルコンも切り替える。
「うわ、これ便利だな」
AR上に投影された情報は、銃から伸びる一本の赤い線。スマートリンクという、銃がどこを狙っているかが一目でわかる装置だ。
「銃の癖は調整したデータを送ってある。どんなバカでも撃つだけなら撃てるはずだ。まずは一発だけ撃ってみろ。できるだけ銃は両手で、こう握るんだぞ」
「わかった」
光は体内の魔力を操作した。まずは銃身を固定。跳ね上がる反動を軽減する。
そして視力強化。スマートリンクの赤い線をたどるように、その先の的に意識を集中。
それから短未来予知。しかし未来予知はある程度才能に依存するところがあるので、光は不得手だった。もっとも的は動かないので関係ないが。
タァン! 引き金を引いた瞬間、弾丸が的に吸い込まれていく。
「やるな、ちゃんと頭に命中しているぞ」
的を手近に寄せて、ミストは言った。
「……で、何をやってるんだおまえは?」
そして床に視線を送る。銃身固定に失敗し、反動に腰を抜かした光が倒れていた。
「たはは、こりゃすごい」
「倒れるほどではないはずだぞ?」
「三〇〇年の間に、筋肉が落ちちゃったのかもね」
「……走り込みも必要なようだな」
「明日の昼には間に合わないけどね。まあ、ぶっつけ本番でやってみるよ」
「期待しないでいるさ」