第四話
「敵は揃って、正面のルートをまっすぐ来るだろうな」
古びたビルの中で、アサルトライフルを抱え、後ろを見ずにミストは言った。
ミストの後ろには同じくアサルトライフルを持った光がいる。
「なんでそう思うんだい?」
「理由は二つある。あいつらは光をなめてかかってるのが一つ、そして大抵の場合、ツーマンセルの方が安全だってことが一つ。結果、向こうもこっちも各個に動きはしない」
「正面のルートを選んだ理由は?」
「カンだな。よし、あたしが前半分を警戒しながら先に進む。おまえは後ろ半分を警戒しながらあとから来てくれ。それから、手榴弾の投げ方は覚えたな?」
「袋を開けて、爪を立てずに先端の空気を抜きながら、根本までたぐり寄せる」
光は筒状のものに何かをかぶせるようなジェスチャーをした。
「そんなもんの使い方を教えた覚えはないが、使うときはちゃんと使えよ」
「避妊は大切だからな!」
「今は手榴弾の話をしてるんだ」
「ピンを引きぬいて、五秒で爆発するから、それまでに投げる」
「正解だ。合図したら、その場所に投げろ」
言って、ミストは走りだした。壁の陰から壁の陰へと伝っていく。光もそれを見ながら、後ろを警戒しつつ追っていく。
しばらく進んだ所で、ミストが立ち止まるようサインを出した。
おそらく、その先に敵がいる。音や気配でわかったのだ。
ミストはわざと、銃の先端を遮蔽から外に出した。
タタタン、三点バーストの銃声が響く。間違いない。敵はそこにいる。
ミストが指示を出したのを光は見逃さなかった。手榴弾からピンを抜いて、投げる。
「バカっ! 早すぎる!」
「そんな男が傷つく言葉を」
かんっ、という音がする。手榴弾が落ちる音にしては軽い。
「伏せろ!」
そのミストの目の前に投げたはずの手榴弾が、投げた時の倍の勢いで戻ってきた。
「ああっ!」
バンッ! 至近距離で金属の破片を浴びたミストは、激しく血を吹いて倒れ伏す。
「ミスト!」
光は身を乗り出し、その瞬間頭にチクリとした痛みを感じる。
徹甲弾がヘルメットを貫通して、頭蓋骨に食い込んだ。
GAME OVERという文字が視界に広がった。
ゲームオーバーによる強制ログアウトで、光の視界が切り替わった。
場所はアパート。ソファには薫とシャインが、テーブルには光とミストが座っている。
「五秒目で爆発するんだから、ギリギリまで粘れって言っただろ。打ち返されたんだ」
ミストはカチューシャ型バイオセンサーを外しながら言った。
薫とシャインもやや遅れてログアウトする。薫も猫耳付きカチューシャをはずすが、シャインはとくにカチューシャをけていない。
「やりましたね、薫。これで三連勝ですよ」
「では、今日の昼食代はあなたがた持ちということで文句ありませんわね」
何のことはない。いま起きた戦争は、すべてリアルに感じるゲームだった。
光のため、セルコンの使いかたを説明するついでにVRゲームをしていたわけだ。
VRとは、つまり仮想現実のこと。通常、VRを利用するには、脳内にアクセスするバイオセンサーを使う。だが、シャインのように頭蓋内にモジュールを埋め込んでいるエンジニアなどは、バイオセンサーなしでVRにログインすることができる。
「文句あるとも。ハンデがありすぎるだろ」
「そうですか?」
「そっちはゲームオタクの薫がいるんだぞ。こっちは脳筋エルフと骨董品の魔王だ」
「あら、脳まで筋肉だという自覚はあったのですわね」
「うるせえ」
「ですけど、銃を一番使い慣れているのはミストですわよ?」
「……まあ、そうだが……」
「そっちに手榴弾を渡したのもハンデっすよ? それで自爆したんじゃないすか」
「……うむ、むむ」
「そもそも、それぞれ単独のサバイバル戦がいつもの遊び方だったのに、光が不利だからと言ってチーム戦を持ちかけたのもミストっすよ?」
「……ぐぬぬ……」
「まあ、諦めようよ。僕一人の負けでいいからさ」
光は大したことでもないように言った。
「そ、そうはいかないだろ?」
「でも、手榴弾を使いこなせなかったのは僕だからさ」
「いや、ちゃんと教えられなかったのはわたしの責任だ。それにおまえはまだ金を持ってないだろ? わたしが貸すことになるんだから気にするな」
「なんですなんです? ミスト、妙に光に肩入れしてません?」
「別にそういうわけじゃあないが……」
ミストの頬が少し赤みを帯びる。
「そういえば、チームに迎え入れることに関しても妙に積極的でしたわ」
「あら? あらら? あららららら?」
シャインはどんどん面白そうな顔になっていった。
逆にミストはみるみる赤くなっていって、そして爆発する。
「金が絡むことを曖昧にしたくないだけだ!」
「そのほうがミストらしいですわ。でも、勝ちは勝ちですわよ」
「それでいい。わたしは光に金を貸す形で今回二人分払う」
ミストは怒鳴るように言った。
「はいはい。そういうことにしときましょ。っと……電話す」
シャインはそのままの姿勢で、誰かと話し始めた。
「お世話になってます。シャイン・ストーンです。先日はありがとうございました」
光から見れば、シャインが見えないひと相手にしゃべっているように見える。
「シャインは誰と話してるの?」
「ありゃ電話っていうんだ。セルコンで、遠くにいる奴と会話ができるってわけだ」
「やっぱりセルコンで、か……」
光はミストからもらったセルコン一式を身に着けている。メガネには常に何らかの情報が投影されていて、手を伸ばせばAR上の情報詳細を引き出したりすることもできる。
「メガネそのものの形は、あんまり進化してないんだね」
「さあ? わたくし、昔のことは寡聞にして存じませんので」
「それに、外に出てもメガネつけてるひとあんまり多くないんじゃない?」
「最近はコンタクトレンズ型のものが多いしな。あたしもこないだまでメガネを使っていたが、硝煙よけにゴーグルをかけるからこっちの方が便利なんだ」
「わたくしはバイオアイで、シャインはサイバーアイで直接見ておりますし」
「バイオ……なんだって?」
「バイオアイです。シャインのサイバーアイは簡単にいえば機械の目玉ですわ。わたくしのは機械ではなく、猫の遺伝子をもとに培養された、暗視能力のある生体義眼ですの」
「へえ、それでそんなかわいい猫目なんだ」
「おっ……おだてても何も出ませんわよ」
そうは言うが、薫もまんざらではなさそうだ。
「なんだと、じゃあ僕が何か出す!」
「なんでズボンに手をかけるんですの? おやめください!」
「はいはーい、みなさん」
シャインが電話を終えたのか、声を上げる。
「スイープの時間っすよ。今から依頼人に会いに行きます」
「今からか。みんなで行くのか?」
ミストが言った。
「今回はほら、仲介人なしでミスター・中宮が直接会いたいとおっしゃってまして。ですので、アンシン・タワーまでみなさんで行きましょう」
「わかった、じゃあ車を出すか」
車と聞いて、光は吐き気がこみ上げるような気がした。
「酔ってないっすか?」
車の後部座席に、光と並んで座ったシャインが声をかけた。
「うん、大丈夫。酔い止めって薬が効いてるみたい」
「昨日は自動車の初体験でしたしね。慣れもあると思うのですが」
「ところで、さっき言ってたスイープってなんだい?」
「ありゃ、そういやこの言葉も新しい概念っすよね」
シャインは頭を抱えた。
「ま、一言でいうと、犯罪行為って言葉をかっこ良くしただけっす」
「犯罪行為!?」
「別に驚くようなことではございませんわ」
「えっとすね、光が魔王をやってた時代と違いまして、いま治安は最悪なんです。国というカテゴリもだんだん薄っぺらくなってしまっていて、企業が力を持つ時代なんですね」
「うわー。せっかく世界統一したのに、三〇〇年でそうなっちゃったのかあ……」
「そういうことっす。で、もう警察とかほとんど動いてないんですよ。で、わたしたちみたいなクリアーが、厄介事を解決する職業をやってるわけっすね」
「ああ、昨日もそんなこと言ってたっけ」
「おかげで、クリアーでもメシが食えるんでありがたいのですが。その代わり、非合法スレスレのこともやらなきゃならないっす。それがスイーパー、掃除人ってわけっすね」
「スイープって、掃除って意味だったのか。なんで掃除なの?」
「すぐにわかる。シャイン、ちょっと運転を替われ」
「わかったす」
答えてすぐ、シャインが力なく倒れて意識を失う。
「シャイン?」
「ああ、安心していいですよ。車をドローン扱いにしてVRで操縦してるだけっすから」
カーオーディオからシャインの声が聞こえてきたので、光はひとまず安心した。だが、なぜ運転席にミストが座ってるのにシャインが運転を替わるのか、その理由がわからない。
「ブルガコフ兄弟社ですの?」
「ああ、おそらくな」
「あれ、それ聞いたことある名前だな。なんだっけ」
「あとで話す」
ミストは腰の大型拳銃を抜いて、窓から身を乗り出すとすぐ発砲した。
タタン。二発の銃声がビルの谷間に響く。
「OK。命中した」
黒塗りのセダンのフロントガラスを貫通して、運転手がぐったりしているのが見える。
銃弾は二発、しかし防弾ガラスを貫通した穴は一つ。一発では貫通力が伴わないため、ミストは二発の弾丸を全く同じ位置に叩き込んだのだ。
ただ狙って出来ることではない。これが魔力によるガンファイトである。遠距離を見る視力の強化、弾道を安定させるための銃身固定、若干の未来予知などの魔法を使っている。
しかし、運転手を撃たれたというのにその車はまったく支障なく進んでくるようだ。
「くそっ、あっちもハッカーが運転してたみたいだな」
「それならわたしの出番っすね。ミスト、運転を」
スピーカーから声が聞こえてすぐ、敵のセダンがスリップ。ハンドルを奪い合うような挙動を見せた後、消火栓にぶつかって水柱を上げた。
「ざっとこんなもんっす」
同時にシャインが目をさます。
「いま何やったの?」
「クラッキングです。相手の車にVRで忍び込んでコントロールを奪ってやりました」
「これがスイープですわ。社会のクズを掃除してやるのがお仕事ですの」
「さっきの車、なんだったの?」
アンシン・タワーと呼ばれる高い高いビルに着くなり、長い長いエレベータで昇る。その間に、光が聞いた。
「ブルガコフ兄弟社ですわ」
そっぽを向いたまま、薫が答える。
「たしかこないだも聞いた覚えがあるんだけど、なんだっけ」
「わたくしの身体をバイオウェアに入れ替えて、化物に改造した連中ですの」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ。採算度外視のバイオなんとかって」
「あなたにも関係があることですから教えてあげますわ」
薫は光に向き直り、言った。心なしか少し苛ついているようにも見える。
「孤児だったわたくしとお兄さまを拾ってくれたのが、ブルガコフ兄弟社でした。ですが、同時に彼らはわたくしとお兄さまを引き離した張本人でもあるのです」
「いいんです? それ言っちゃって」
「かまいません。いずれわかることです」
薫は続けた。
「一年前、わたくしはお兄さまと引き離され、ブルガコフ兄弟社のバイオ研究所に送られました。気がつけばわたくしは、こんな恐るべき怪物になっていたのです。当然、わたくしは復讐しました。研究所を破壊し、逃げ出してきたというわけです」
「それじゃあ、さっきの連中は、きみを捕まえに来たってわけか」
「わたしらが住んでるところはアンシン・コーポレイトの縄張りっすから、連中も表立ってはやってきませんが。でも、そろそろ引越しを考えないとならない時期っすね」
シャインはそこで、薫をみて苦笑いする。
「ま、薫が本物のCRIを使っている時点で、位置を明かしてるようなものなんですが」
「わたくしはもう、顔も身体も、すべて変わってしまいました。ですから、お兄さまにわたくしだとわかっていただくには、CRIを残しておくしかありませんの」
一行の中に、沈黙が走る。
「嫌でしたら捨ててくれて構いませんわよ。一人でもやっていけますから」
明らかにわかる強がりを言ったところで、五六階に到着。エレベータのドアが開いた。
そこは役員の自宅フロアのようだった。
エレベータの前にエントランスホールがあり、背の高い背広姿の男が待っていた。金髪をやや長く伸ばし、口元には黒い髭をたくわえている。髪の毛と髭の色がちがうことから、おそらくどっちかを染めているのだろう。
「いやこれはこれは、ミス・ストーン。わざわざ来てくださってありがとうございます」
男は人懐っこい笑みを浮かべ、低い姿勢で話しかけてくる。だが、眼の奥が笑っていないことに光は気づいた。
「ご無沙汰しております、ミスター・中宮。本日は……」
「ああ、いやいや。長い挨拶は結構。ささ、中へおいでなさい。ジャパンスタイルだから靴は脱いでくださいねえ」
そう言われるとタタミでもあるのかとおもいきや、中身は普通のフローリング、いや、かなり贅沢な、天然木のフローリングだった。リビングはパーティでもできるかというくらい広く、摩天楼をさらに上から見下ろす景色はさぞ気持ちいいだろう。
「先日は下水道の武力清掃なんていう、文字通り汚れ仕事なんか任せちゃって、いやあ、申し訳なかったですねえ。本来ならわたくしが出向いてお願いするべきなんですが、なにせ忙しくて。ここのところ部下を通しての依頼ばかりで、本当にもうしわけありません。コーヒーでいいですか? いや、ミス・氏原は紅茶でしたねえ。いい茶葉が入りましたので、腕をふるいましょうか。いえね、わたくしも紅茶に関しては勉強したいなと思っていたところなのですよ。ミス・氏原にご教示願いたいものですね」
「あ、いえ、お気遣いなく……」
応答したのはシャインだ。交渉事はリーダーであるシャインが一手に引き受けている。
「いえいえ。お客さまにお茶の一つも出さないなんて言われちゃあアンシン・コーポレイトの名折れです。下品なものですが、高いお茶と高いお茶菓子を自慢してこそ、世界規模企業ってもんです。ぜひ召し上がっていってください。冷房強くないですか? わたくし暑がりなものでしてガンガンかけちゃうんですよね。あ、こりゃいかん。どうぞお座りください。すみませんねえ気が利かなくて」
マシンガンのように言葉を吐く男に圧倒され、さすがのシャインも口を挟めない。そもそも相手は依頼主であり、世界規模企業の役員なのだ。萎縮するのも無理はない。
「おっと、そちらの男性の方ははじめましてですね。ウィステリア、カップとお茶菓子をもう一人前お願いします。新しいメンバーの方ですか? はじめまして、わたくしはこのアンシン・コーポレイトで名目ばかりの役員をしております、バラニナ中宮ともうします。お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「我が名を聞くか、恐れおののけ。魔王バーミリオン……」
光の脇腹に薫の手刀が叩き込まれる。
「げほっ。氏原光です。はじめまして」
「あなたに会えてとても嬉しいです、ミスター・氏原。……おや、氏原ということは?」
「わたくしの兄ですわ」
薫が不本意そうに言った。
「おお、と言うことは行方不明だったという。再びお会いできたのですねえ。いやあ、よかったよかった。おめでとうございます」
薫は何か言いたそうだが、ぐっとこらえている。相手は依頼主だ。しかも直接役員が出てくるのだから、大口の話であることは間違いない。余計な口出しはしないに限る。
「ところで、お話というのは……」
シャインが言った。
「ああ、そうでした。すみませんねえ、話が長くなりまして。まあ、これをどうぞ」
バラニナが虚空に手をかざすと、光のARメガネに紙のようなものが投影された。
「今回やっていただきたいスイープは、ヘッドハンティングです」
「首狩り? 殺しもやるの?」
「あはは。いやもう、最悪の場合、脳ミソだけ持ってきてくださればいいんですけどね。他の会社からの人材引き抜きっていう意味のほうです、もちろん」
光の言葉をジョークと受け取ったか、バラニナは軽快に笑った。
「鳳凰公司はご存知ですよね?」
「ええ。最近、急成長してる華僑系の企業ですよね」
「結構です。そこから日系人のエンジニアをひとり、引きぬいていただきたいんです」
バラニナが書類をめくる動作をしたので、光も慌ててそれに倣う。
二ページ目には、伊藤藤通という、若くはない男のプロフィールが掲載されていた。
経歴に目がとまる。鳳凰公司に入る数カ月前までブルガコフ兄弟社にいたらしい。
「なるほど。交渉の方はどの程度までお進みに?」
シャインが言った。
「ミスター伊藤本人との交渉は済んでおります。ですが鳳凰公司が彼を手放さないようでしてね。監禁しちゃったらしいんですよ、これが」
「誘拐しろ、ということですね」
「保護、と言っていただきたいですねえ。彼も日系人ですから、祖国日本の企業である、アンシン・コーポレイトに保護されたいそうなのですよ。そのほうが安心。なんつって」
バラニナは笑って言った。しかし、最後まで目は笑わななかった。