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魔王さまは時代遅れ  作者: 小野寺広目天
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第二話

「ええと、これはきみのかな? 返すよ」

 青年が起き上がって、胸に刺さった刀を抜く。

「あ、ありがとうございます。お兄さま……」

「お兄さまって……さっきも言ってたけど、僕のこと?」

「お忘れですか、お兄さま。わたくしです。妹の薫でございます」

「ううーん……? ごめん、記憶がないや」

「そんな……」

「それより、その傷……大丈夫なのか?」

 ミストが言った。青年の胸の傷は、じゅくじゅくと音をたてながら塞がっていく。

「え、これ? ああ、うん。大丈夫みたいだね」

「どうやら……魔王かどうかはさておき、なにがしかであるのは間違いないようっすね」

「うわっ、タルが喋った!?」

 シャインのドローンが声を発するのを見て、青年は驚いたようだった。

「ドローンを知らない時代というのもまた信ぴょう性がありますね。こう言ったロボットとかは、一世紀前にはあったらしいですし。これは……使い魔(ファミリアー)って言えば通じますかね」

「ああ、なるほどね」

「んで、それよりも青年。聞きたいことがあるんですけど」

「ええと……僕に?」

「そっす。まず名前を覚えてますか?」

「ええと、うん。僕はバーミリオンスパロウ。覚えてる」

「やはり、あなたは魔王バーミリオンスパロウだったんですか」

 言われた青年は、棺の縁を改めてみやった。そこに書いてある文字を読む。

「魔王、バーミリオンスパロウ……ね。魔王……ふむ」

 硬いものを噛むように何度かつぶやいたあと、青年はおもむろに立ち上がって、言った。

「ふわははははは! 娘たちよ、よく我が封印を解いた! 礼を言うぞ」

 最初に反応したのはミストだった。両手の拳銃を発砲。青年が真後ろに倒れる。

「やっぱりヤバかったか……」

「ミスト! 早すぎますわ」

 倒れた青年を見送りながら、薫が言った。

「そうだそうだ! 名乗りの最中に攻撃するなんてずるいぞ!」

 反論の声は薫だけじゃない。ミストはぎょっとする。

 額のほんの少し前と胸のほんの少し前に、銃弾が固定されたかのように静止している。

「頭にこんな金属球叩きこむなんて……脳ミソ削れて大切なこと忘れたらどうする!」

 やがて、銃弾はそれをつまんでいた手を開くように、下に落下していった。

「今度はこっちから行かせてもらうぞ!」

 青年が指を立てた。

「危ないですわ!」

 ミストの前に、刀を抜いた薫が立ちふさがる。

 青年が指を突き出す。だがしかし、何も起こらない。

「……? なんともありませんわよ」

「そりゃそうですねえ。マナカウンターによれば、さっきの弾丸を止めた段階で、魔力スッカスカになってしまってますもん」

 シャインが冷静に言った。

「てへ」

 青年が舌を出す。その仕草は別に可愛いわけでも何でもない。

「わかっててやったっすね?」

「うん。もう一発そのバンってやつ撃たれてたら、死んでた」

「なんすか、その命がけのジョーク!」

「な、なんですの、このノリは……」

 薫はどっと疲れたようだった。無理もない、生き別れの兄に遺体で対面したと思ったら、それが生きていてコントを見せてくるという非常識な状態なのだ。

「いや、まあ。うん。僕が魔王バーミリオンスパロウってのは、多分間違いないと思う」

「まったく信用出来ませんわ!」

「ううん、それが信用するしかないんですよねえ」

 シャインが言った。

「銃弾を受け止めたのもさることながら、衣服を簡単な年代測定で調べてみたんです。そしたら確かに着てるもの全部、三〇〇年くらい前の絹製品なんですよ、これが」

「三〇〇年といいますと……今日は独立三〇〇年記念のパレードですわよね」

「魔王かどうかはさておき、三〇〇年前の野郎なのは間違いないというわけか」

「あーあ、一張羅に穴開いちゃった。血のりもベッタリだし……」

「あ、あの……それは……ごめんなさい」

「高そうな服っすねえ。絹なんて高級品、なかなかお目にかかれませんよ」

「えっ、三〇〇年も経ってるのに、絹ってまだ安くならないの?」

「もっと安価で頑丈な人工繊維が作られるようになりましたしね」

「わたくしとしては、三〇〇年も経っていることに驚いていないという方が驚きですわ」

「えっ! 三〇〇年も経ってるの!?」

「今驚くんですの?」

「ちょっと待って、いまはいつなの?」

「二〇八三年の、九月三日っす」

「三〇〇年ちょうどかあ……。まいったな、すると、もう知り合いも誰も居ないよね」

 言った瞬間、ぐう、という間抜けな音がする。

「……三〇〇年寝てたからお腹すいちゃった」

「な、なんか……シリアスな話かと思いましたが。そっちなんですか……」

「だが、そのメシを食うあてもないってことだろう? 金も持ってなさそうだし」

 ミストが言うと、魔王はとぼけたふうに言った。

「まあ、そうだね。頼るあては全然ないし……。第一、ここがどこなのかもわからないんだ」

「それでも、魔王さまなんですよね?」

 シャインは何らかの期待を込めて言った。

「蘇ったからには、人類を再び征服しようとか、そういうのないんですか?」

「ないよ」

 魔王はきっぱりと答えた。

「いや、ほら、寝ぼけてるからなのかな。なんで僕が魔王だったのかとか、いまいち覚えてないからさ。とりあえず、食ってく方法を探さないと」

「まあ、そうっすよね」

「ここで会ったのも何かの縁だし……。なんか、ちょっと食べ物分けてくれない?」

 魔王が言うと、シャインは興味深そうに言った。

「ま、武力清掃もあらかた終わってますし、わたしも魔王様にちょっと興味あるんですよね。昔の話も聞きたいですし、うちへご案内しましょうか」

「うちへですの!? 嫌ですわよ、そんなの」

「あたしは賛成だぜ」

 薫は反対した。だが、ミストがそれを遮るように賛成した。

「本物の魔王かどうかはわからんが、魔力がないならなにも出来ないだろ。このままほったらかしたら寝覚めが悪い」

「それはそうですけれども……。民警に引き渡すのでもよくありません?」

「しかし仮にも魔王です。厄介事になったらかわいそうじゃないですか」

 シャインが言った。確かに、警察に引き渡したとしても、三〇〇年前の人物だ。現代社会に溶けこむのは大変だろうし、その上、かつて人類を支配していた魔王なのだ。

「それになにより、面白そうです」

「これだからエンジニアって嫌なんですわ!」

「あの、それで……僕はどうなるのかな?」

 おずおずと、魔王らしくない態度で魔王が言った。

「やっぱり衛兵かなんかに突き出されちゃうの? だとしたら逃げたいんだけど」

「ほら、薫。衛兵なんか恐れる魔王さまなんか、怖くないっすよね?」

 シャインが言った。薫も少し考えて、返す。

「ま、まあ……そうですけど……」

「ゆっくり考えましょう。焦ることはありませんから」


「うわ、ここが魔王城のあった土地? あのころは何もなかったのに、高い建物がいっぱいある!」

 下水道入り口の階段を登った魔王が最初に見たものは、そびえ立つビルの群れだった。

「そうですねえ。独立戦争のあと、ここに残ってた魔法使いを居留地に押し込んで、人類が街を作ったのが、その一〇〇年くらいあとですね。いまはシアトル市って言います」

 シャインが何かを読み上げるように言った。ワイヤレスネットワークの向こうで情報を検索しているのだろう。

「ああ、あいつの名前がついてるんだ」

「知ってるひとっすか?」

「部下の一人だよ。ってことは、あいつが居留地のチーフだったりしたのかな」

「……なるほど、確かにそのようですね」

「にしても、居留地かあ……。今度は逆に魔法使い差別とか、やっぱりあったのかな」

「ありましたね。今は人類と魔法使いは表向き仲良くしていますが」

「うん、でも表面上だけでも仲良くしてるのはいいことだよ」

 魔王は満足そうにうなずいた。

「それが人類を支配していた魔王の言うことですの?」

「魔王は倒されたんだもの。残ったひとたちまで争うことないでしょ」

「綺麗事ですのね」

「手厳しいなあ……。あれ、そういえばもう一人のエルフの子はどこへ行ったの?」

 そこに、プップと車のクラクションが鳴る。ミストが駐車場から自動車を運んできたのだ。トヨタ・オヒメサマというドローン搭載に特化したミニバンだ。

「え、なにこれ。馬車? それとも小型の機関車?」

「そんなようなもんっす。中にちっちゃいオッサンが入ってて動かしてるっす」

「ウソだろ?」

「ウソです」

「なんだ、ウソか。女の子のウソは感じてるフリとかそういうのだけでいいのに」

「破廉恥ですわ!」

 薫が大声をあげた。

「あ、こういうの嫌い?」

「お兄さまの顔でそういうことを言って欲しくないだけですの」

「ま、とりあえず車に乗るっすよ」

 そういうとシャインは、後部ドアを開けてドローンを乗り込ませた。薫は助手席に座る。

「……ボッボボッボって、すごい音だね」

 二一世紀頭にガソリンエンジンに替わるエンジンはいくつも考案されたが、恐るべきことに、現代でもまだガソリン車が主流である。

「シートベルトはしたほうがいいですよ。ミストの運転は荒いっすから」

「え、シートベルト?」

 魔王がシートベルトとやらがなんだろうと考えている間に、ミストがアクセルとクラッチを踏む。急発進急加速。

「うわっ!?」

 魔王の時代にはなかったスピードの乗り物である。ハンドルのきり方も荒く、魔王は社内で激しくシェイクされてしまう。

「んもう、もう少しやさしく運転してほしいものですわ」

 顔色一つ変えず、薫は言った。


 三人が使っているアパートの地下駐車場についた時、当然のように魔王は胃液を吐いた。

「こんな方が魔王なわけありませんわ。ましてお兄さまでもあるわけありません」

 薫はすまして言った。情けないその男が兄に似ていることがそうとう不満なようである。

「ほら、立てるか?」

「うう……ありがとう」

 ミストは魔王に肩を貸して立ち上げた。

「ああ、三〇〇年ぶりの女のにおいだ」

 その言葉を聞いてかどうか、ミストは即座に魔王をシャインのドローンに乗せる。

「乱暴だなあ。もっといたわってよ」

「そうですよ。ドローンに乗せるときは乗せると言って欲しいんですが」

「知るか。そいつが悪い」

 シャインは抗議したが、ミストも薫も知らん顔でエレベータに乗り込んだ。

「随分狭い部屋だね」

 そのエレベーターをみて勘違いしたか、魔王が言った。

「あー、ここはほら、階段の代わりに上下してくれる乗り物っす」

「乗り物? うっぷ」

「エレベータで酔うっすか?」

「いや、乗り物って聞いたら反射的に」

「情けないっすねえ。これが魔王ってんですから世も末……。いや、明るいんですかね」

「馬や女の子に乗るときは別に酔わないんだけど」

「破廉恥ですわ」

 エレベータを五階で降りると、一行の住宅である四LDKの部屋は目の前だ。

「ずいぶん大きな建物だね。何人で住んでるの?」

「さあ? これ、共同住宅なんですよ。大きな建物を仕切ってるんです」

 シャインが説明しつつドアを開ける。

「さあ、我が家へようこそ。魔王さま」

 シャインが招き入れた部屋は、リビングを中心に四つの個室があり、三人がそれぞれの部屋に割り振られていた。

「三人だけで住んでる割には、広いんだね」

「ええ、これでも我々の稼ぎと身分じゃ、ホントは無理な物件なんですけど」

 強盗が入って一家皆殺しがあった部屋だ、ということは、言わなくてもいいだろう。シャインはそう判断した。

「さて、いつまでもドローンで話すのもアレなんで」

 言いながら、部屋の奥から顔色の良くない女が、眠そうな顔をして這い出してきた。

「お疲れ様っす、みなさん」

 その声は間違いなく、さっきまでドローンから発されていた声と同じだ。

「改めてはじめましてですね。シャイン・ストーンです。一応このスイーパーチームのリーダーをやってます。こっちのドローンはフォード・スパイダースリー」

 シャインは魔王の手をとって半ば強制的に握手をした。

「いや、声を聞いたとおりかわいい子でよかったよ」

「やだもう、ほめてもなんもでませんよ? そりゃ嬉しいですけど」

 シャインの見た目は、血行は悪そうだが素材は良い。目鼻立ちははっきりしていて、肌荒れはない。銀色の髪を後ろで縛っていて、着ているものは清潔そうだが飾り気がない。

「そうだな。わたしも自己紹介がまだだった。トワイライトミスト。ラクヨウ族のエルフだ。ミストとかTMとか呼んでくれ」

 ミストは逆に、健康的を絵に描いたようなエルフだ。

 とんがった耳は上向きで、長い髪の隙間から飛び出している。その髪も綺麗な金髪だが、それを太い三つ編みにしているので綺麗というより頑丈そうに見える。体格はやや筋肉質で、背も胸もある程度大きい。

氏原うじはら薫ですわ。日本の産まれですので氏原がファミリーネームでございます」

 薫は三人の中で一番背が低い。キモノを着ているからかもしれないが、体型の凹凸はまったく見られない。

 髪型は黒髪のおかっぱで、いわゆる東洋の市松人形とやらによく似ている。注目すべきはその目だ。よく見ると、猫のように瞳孔が縦に開いている。

「よろしく。もちろんきみたちもかわいいよ」

「嬉しくないわけではないが、声に出されるのは好きとは言いがたいな」

「右に同じです」

 そういう二人も、まんざらでは無さそうな顔をしている。

「いやー、それにしても長丁場のミッションでした。まる三日がかりでしたねえ」

「あなたはいいですわね。家でじっと座ってればいいんですもの」

「そんなことないっすよ。半自動操縦ならともかく、完全遠隔操縦だと、わたしが直接現場に行ってたのとなんらかわらないっすから」

「それでも身体に下水の臭いが染み付いてないのは羨ましいですわ」

 と、薫は帯に手をかけて気づく。

「……わたくし、シャワーを浴びて着替えたいんですの」

「ん? よくわからないけど、いいよ」

 魔王は本当にわかっていないようだった。

「要するに、わたくしが自分の部屋で着物を脱いで、シャワールーム……湯浴みをする部屋まで行く所にあなたがいらっしゃると困る、と言っているのですわ」

「うん、わかった。僕はかまわないよ」

「わたくしがかまうんです!」

「あ、そうか。一緒に入ってくれってことかな?」

「全然違いますわ!」

「東洋のキモノは、パンツはかないって聞いたけど本当なの?」

「三〇〇年の間に変わりましたわ! どうしてそんなことはちゃんと知ってますの?」

「シャワー使わないんならあたしが先に使うぞー」

「あ、ちょっと、ミスト!」

 口論をしている間に、ミストがさっとシャワー室に入ってしまったので、薫は慌ててあとを追う。だがもう脱いでいるかもしれないので、ドアを開けるのは踏みとどまった。

「ああ、もう。あなたのせいですわよ!」

「だったら一緒に入ってくればいいんじゃない?」

「お断りですわ! このアパートのシャワールームは狭いんですもの」

「いいじゃないか、可愛い女の子同士が、裸で、身を寄せ合って、水が肌の上を……」

「ほんとにやめてくださらない? お兄さまの顔でそういうことをおっしゃるのは!」

「薫、うるさいですよ。お隣から怒られたいなら別ですが」

「うう……」

 シャインに注意されて、ようやく薫が矛を収める。

「ところで、さっきから言ってたけど、そのお兄さんって誰なんだい?」

「……本当に、あなたはお兄さまではないのですよね」

「僕? ……いや、きみみたいな可愛い妹がいれば、覚えてると思うんだけど」

「その軽口といい、態度といい……。どちらかと言えば、あなたが兄ではない方がわたくしにとっては幸せなのかもしれません。ですが、あなたが昨年生き別れた兄であると、わたくしにはどうしてかそう思えるのです」

 薫は複雑な顔をして言った。

「うーん……そうは言っても、ほら、僕は魔王じゃん? 三〇〇年寝てたわけじゃん?」

「それも疑わしいのですけれども」

「きみが三〇〇年寝てたんじゃない限り、僕の妹ってことはないと思うんだけどなあ」

「本当に三〇〇年寝ていたのですか? 知らないふりなどいくらでも出来ますわよ」

「うーん、そう言われちゃうと、違うって証拠を持ってくるのは難しいなあ。お兄さん本人を連れてくればいいんだけど。……それって、なんか悪魔の証明っぽいよね」

「悪魔の証明?」

 薫はきょとんとして言った。

「あ、これ死語だった? 悪魔が存在するって証明するためには悪魔を連れてくればいいけど、悪魔が存在しないって証明をすることは出来ないっていう……」

「あ、いや、そのですね」

 シャインが横から言った。

「悪魔の証明って言葉、今はほとんど使わないんすよ」

「ああ、やっぱり慣用句とかって流行り廃りあるんだねえ」

「いや、そうじゃなくてですね。証明されちゃったんです。悪魔いるって」

「え?」

「悪魔、現れちゃったんです。五〇年くらい前に」

「ええ?」

「その様子だと、ほんとに知らないっぽいっすね。いや、いるんすよ悪魔。いつの間にか人間社会に溶け込んでいて、陰から人類を支配してるんです。五〇年くらい前、悪魔だと名乗る男が合衆国大統領選挙に出馬しましてね。まあ、結局選挙では負けたんですけどね。悪魔が実在するってことは、もう全世界中に明らかにされちゃったんですよ」

「……そうか……。やっぱり来ちゃったのか」

「なんすか? 魔王さまには予言できてたんすか?」

「いんや。適当にそれっぽいこと言っただけ」

「期待したわたしがバカでしたよ」

「ばーか」

「はいはい、バカでいいです」

 魔王がシャインを茶化すさまをみて、薫は苛立ちつつもくすりと笑った。

「いいコンビですわね」

「でもさ。それが悪魔だって名乗っただけで、誰も信じなかったんじゃない?」

「手から出した衝撃波で旧魔王城遺跡を粉々にするまでは、誰も信じませんでしたよ」

「ひどい! 僕ん家だったのに!」

「五〇年前にホームレスになってたんですわね、あなた」

 薫が皮肉げに言った。

「まあ、トリックだ何だの言われて信じてないひともいますけど、その後が色々ありまして、例えば生身より優れたサイバーウェアだの、新しいコンピュータだの、薫にインストールされてるようなバイオウェアだの、悪魔がもたらしたと言われる技術が多いんです」

「なるほどね……」

「で、現代では世界規模企業ワールズ・カンパニーって呼ばれてるでかい会社がありましてね、そのなかには、そう言った悪魔の支援を受けて成長したなんて言われてる会社もありまして。薫とお兄さんはその中の一つで育てられたんですが、悪魔と無関係ではないのではないかって」

「少なくともわたくしのお父さまは、悪魔ではありませんでしたわ」

 薫は小さな声で言った。

「失礼。まあ、ですからね、薫のお兄さんなら、悪魔のことを知らないはずがないんです。つまりこれで、あなたが薫のお兄さんじゃないってことが証明できちゃったわけですね。これこそ悪魔の証明ってんですか? たはは。ちなみにその会社にいた悪魔ってのがわたしたちのスポンサーでもありまして……」

「シャイン。おしゃべりがすぎますわよ」

 薫が小さな声で、しかしシャインのおしゃべりを止めるには十分な声量で言った。

「あー……ごめんなさいっす」


 悪魔。

 彼らがいつから歴史の影にいたかは不明だ。だが、彼らは確実に存在している。

 二一世紀頭、急激に科学技術は進歩した。その一つがセルコンである。二一世紀にもスマートフォンは存在していたが、それを操作するためのインターフェイスが、ARと呼ばれる技術だ。

 技術そのものは二一世紀初頭には存在していたが、メガネやコンタクトレンズ、あるいは義眼などで普段から常にARを見ながら生活するというのは、それまでの生活スタイルを大きく変えた。

 そのウェアラブルコンピュータは、それぞれ細胞セルのようにリンクしているため、ひとそろいでセルコンと呼ぶ。

 そしてその次に進んだのがサイバーウェアである。身体の一部を機械に置き換えるというのは、四肢を失ったひとなどのための医学であったが、いつの日か健康な四肢をもっと高性能な義肢に交換するという選択をするものも増えていった。

 サイバーウェアの中でもさらに特殊な技術が、生体パーツを使ったバイオサイバーウェアだ。強化人工筋肉を筋繊維に並行させたり、心肺機能を強化したり。人間の身体を機械に頼らず強化する技術、それがバイオウェアである。

 サイバーウェアとバイオウェアの最大の違いは、肉体に与える影響の大きさだ。機械でできたサイバーウェアのほうが、生身の部分に対する負担が大きい。

 薫はそのバイオウェアの塊である。

 全身の筋肉はもとより、強化心肺は長時間の戦闘にも息を上げず、強化白血球はどんな毒も効かない。もちろん強化血小板は出血を抑えるための役割を果たすし、特徴的な猫目は、低光量での視野を確保するだけではなく、メガネなどの器具なしにARを投影することも可能である。

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