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古堅純一 【前編】

弥佳は教壇に立っていた。少々膨れっ面をしているように見える。傍らには純一が立っていたが、困惑気味だった。純一の背は低く、ちょうど弥佳と同じぐらいだ。こうして二人並んでいると、セットの人形にも見える。髪形はいわゆる坊ちゃん狩りで、細い黒色のフレームをした眼鏡をかけている。おとなしそうで、現状に何も言えず、困っているのだろう。二人がそれぞれ笑顔と程遠い表情をしながら立っている理由は、後ろの黒板に書いてある事柄にある。黒板には学級委員と大きく書かれており、男子として、『立川昇たちかわのぼる』、『古堅純一』、『中野悠太なかのゆうた』の三人の名前が書かれていて、昇の下には『14』、純一の下には『21』と数字が書かれているが、悠太の下には何も書かれていない。たぶん冗談のつもりだろう、純一の名前の上には赤いチョークで『確』の字に丸がついている。一方、女子としては『笹木瀬弥佳』の名前しかなく、下には『(信任)38』、上には、これもまた赤字で『当』の字に丸がふってある。

鏡華に頭をたたかれたのはこれだった。早く教壇に登れと…。学級委員を務めるのは弥佳の他に無い!というクラスの判断だ。これが国会議員などであれば、羨ましい事この上ないだろう。全く選挙活動もせず、こんな結果が出せるなどありえない。いや、考え直してみると自己紹介の時間が選挙活動の時間だったのだ。やってしまった。有名になりすぎた。

(くそー。)

弥佳は純粋にそう思った。

「それでは学級委員が決まりましたので、今からお二人の主導で日直とクラス係を決めていただきます。古堅君、笹木瀬さんお願いね。」

鏡華はそういうと、教員用の席に着いた。


「それでは、改めてホームルームをはじめます。」

弥佳はビシッと言い切る。弥佳のスイッチが珍しくONになったのだ。

「よろしくお願いします。」

「それでは、これからの議案は日直と、クラス係の決定です。」

とここで隣に立っている純一に視線が写る。

「…古堅君、黒板に書く!」

純一はあわてて、学級委員の選挙結果を消しにかかる。この時点で主従関係が決まったように思える。従者一号『古堅純一』。そして、弥佳の不機嫌のとばっちりを受けた被害者一号でもある。自己紹介のときは邪魔されるし、全く迷惑この上ない。しかし、純一は別に気にするでもなく、やるべき事をこなすのに精一杯のようだ。黒板に議案を書き始める。

弥佳は純一の作業状況など無関係に、どんどん議案の説明を始めていく。

「日直の決定に関して決めなければならない要素は二つです。ペアの問題と、順番の問題です。日直は毎日二人で行ってもらいますが、一つ目の問題として、必ず男女ペアで行うか、それとも女子同士のペアを含めるか?です。男女ペアで行う場合、男子生徒が圧倒的に少ない為に回転が速く、男子は女子の三倍の頻度で日直が回ってくると言う、不公平な状況が発生します。更に、男女ペアの目的は、重い物を運んだり、高いところでの作業が発生した場合、男子がいると非常に助かるという事で、その根底には『重い者は男子が持って』という男子への依存を内包しており、この点についても男子への負担の増加を意味し、男子にとって二重の不公平さが発生します。しかし、何らかの問題でトイレのチェックが必要になった場合など、性別的な問題が発生した場合も対応が容易となり、このクラスにおける日直の業務自体の遂行が効率的になるという、組織的なメリットが発生します。」

一旦弥佳は区切る。

「女子のペアを含めた場合、日直の頻度が公平になります。また、女子が男子と同等の力仕事などを行う必要がでてきますが、ある意味それは公平です。それを不公平としてしまうと、社会において女性の業務適正の狭さを意味することになり、女性の立場を弱くするのと同義だからです。デメリットは日直としての業務の効率性が失われる可能性を含むという事です。性別的な問題が発生した場合は、一旦男子を探し、協力を求める必要が出てくることが推測されるからです。次に順番の決定ですが…」

弥佳が順番の件に触れ様とした時、行き成り純一が割り込んできた。

「順番の決定に関しては、このペアの問題により策定の内容が異なってきますので、まずは、ペアの件について決を採りたいと思います。」

弥佳はちょっと驚きながらも、自分のやり方に口を挟んだ純一にカチンと来た。

「どうして?」

カチンと来ているせいか、他の生徒にも聞こえるような、それも明らかに不服そうな声で、理由を純一に問いただす。

「順番って、席順か、出席番号順で考えてない?」

純一のほうは学級委員同士が教壇の上で意を異にすることは、状況としてよくないと考えたようだ。弥佳にだけ聞こえるようにちょっと近づいて小声で確認を取る。

「そうだけど、それじゃダメだって言うの?」

つられたのか、今度は弥佳も小声で答える。

「『女子のペア有』で決定した場合、このクラスは全体で偶数だから、単純に出席番号順だと、ずっと同じ組み合わせになったり、ずっと女子同士の組み合わせになる子が出てくるんだけど、そのあたり考えてる?」

「えっ、だから、クラス全体の人数が偶数のときは、出席番号を半分プラス1で区切って、『A』グループと『B』グループに分けるでしょ。で、『A』、『B』、一人ずつ出席番号順に日直やってもらってもらえば、ほぼ同じ頻度で日直になって、組み合わせもずれて行くでしょ?」

弥佳は当たり前のように答える。

「うん、その場合なんだけど、出席番号は男子からだから、男子は全員『A』グループに納まっちゃうでしょ?で、半分プラス一だから、えっと、残り十人の女子が『A』グループに入るじゃない?」

「ふん、そういうことになるね。」

だから何?弥佳はそう思う。

「その状態で『A』、『B』から一人ずつ日直になると、『A』グループの女子は、永遠に男子との組み合わせにならない。」

「あ。」

当たり前すぎる問題だった。弥佳がこの問題を知らないはずがない。しかし、甘く見ていたのは事実だ。今迄女子だけしかいなかったので、そんな問題にはならなかったのだ。適当な時期にグループ分けを出席番号の奇数と偶数に変たり、やり方自体を席順に変えても問題にはならなかった。どうあがいても相手は女子だったからだ。しかし、男子が絡んでくるとそうは行かないかもしれない。

「やっぱ、それはマズイかな?」

今度は神妙な面持ちで訊く。

「うーん。あれだけペアに関して公平さを強調した後だからね。ペアになる可能性が不公平になるのは良くないよ。途中で日直の順番を変えても良いけど、そうなるとタイミングが難しいな。下手するとほんとに女子としか組んだことが無い子がでてくるから、恨まれるのもいやだしね。」

純一が後半あたりは苦笑気味に答える。

「どうしよう?」

「だから、このまま続けよう。」

「えっ?」

弥佳はなんか、狐に鼻をつままれた感じがする。

「順番についての検討材料や、候補はまだ言ってない。」

純一は一呼吸置いてから続ける。

「だから、『必ず男女ペア』になったら、席順か出席番号順が良いかを決めよう。『女子のペア有』に決まったら、席順のみで選択肢が無いことにしよう。席順だけど、『一巡したら列をどうずらすか』の議案にすればいい。」

「そういうことか。」

「そう。だから、順番についての候補を言うのをとめた。ごめんね。」

純一はそう言って謝った。

「勝手に進行して、こちらこそごめん…。私、古堅君は聞かれるまでは何も言わない、そんな、おとなしいと言うか、陰険と言うか、根性無しかと思ってた。」

弥佳はそう言って、ちょっと笑った。

「出会ってから一時間もたってないのに、それも『思ってた』ってひどいな。」

純一もそう言って、ちょっと笑う。何かいい感じ。いい雰囲気。あちこちで、ひそひそ話が始まり、教室がざわめきかけた。しかし、今の弥佳はスイッチONの状態だ。それを察知した。再開せねば。純一も同じように感じたのか、教卓を離れ黒板に向かおうとする。が、途中で立ち止まると弥佳にむいて言った。

「選択する前に、何を考え、そして投票して欲しいかを伝えておいた方がいいな。」

「いいの?」

弥佳は公平であるべき学級委員が、個人的な考えを発言するのに躊躇いがあった。

「大丈夫、多分笹木瀬さんが思っていることは僕が思っていることと同じで、学校の為でもある。」

そういい終わると、純一は黒板の前に戻った。しかし、投票用紙を準備したりなどはしなかった。いや、必要ないと思っていたのかもしれない。

そして、弥佳は教卓で姿勢を正して言った。純一は目をとじた。

「清陵学院高等部においては、男子生徒と女子生徒の交流を推奨しています。『必ず男女ペア』の方法は交流が深まり、合理的で、本校の方針に従った良いやり方だと思います。しかし、それは学校と言う組織の運営にとっての良いやり方でしかないともいえます。なぜなら、その推奨は手段であって、目的ではないからです。

女の子だからと馬鹿にされず、男の子だからと馬鹿にせず、論じ合うことで交流を成し、より良い方法を見出す事。そして、男女対等にして社会に貢献し、性別とは無関係に実力を持ってキャリアを築ける人材として、卒業させることが本校の目的ではないでしょうか。

出身学校の評価が、個人の能力の根拠とされる時もあります。『あの子は清陵出身のお嬢様だから…』と馬鹿にされる事があると耳にするのです。しかし、学校の評価の基準は私たちにあると思います。私たちが卒業し、その社会活動での個々の評価が集まり、出身学校の評価につながるからです。

だから、考えて欲しいのです。ここを卒業して自分はどんな道を進むのか?それには何が必要か?本件も今後の選択においても、自分の将来のビジョンをもって行って欲しいのです。これが本当の、大きな意味での本校の方針へつながる方法だと思います。」

みんなは真剣に聞いてくれている。そして弥佳は最後の一番重要なことを言わねばならない。だが弥佳は明るく言ってのけた。

「正直、日直のペアの組み方でそんな真剣に考えることは無いです。こんな小さい事で、世の中の事情が変わるものじゃありません。なので、投票ではなく、挙手で決めたいと思います。後だしOK、多い方になびいちゃうのもOK、信念を貫くのもOKです。今回は練習。

ただ、後に大きな選択をせまられたとき、高一の最初に小うるさく言っていたやつがいたな…と、自分の将来を考えろと言っていたな…と、思い出してください。それが私の…」

そこまで言いかけて、純一の方へ振り返った。純一は何も言わず、ただうなずいた。

弥佳は締めくくる。

「それが、本年度清陵学園高等部、1年6組、学級委員からのお願いです!」

そして、それぞれ挙手が行われ、『必ず男女ペア』、『席順』で決定した。


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