出発
此処はある王国の近くにある小さな村。そこには一人の青年が暮らしていた。
青年「さて、じゃあ俺はもう行くよ」
青年が話している相手は、自分とは血が繋がっていない妹だ。ある日青年が森に食料を取りに来た時、偶然出会ったのだ。その時、彼女は身体中傷だらけで、肉体的にも精神的にも大分参っていた。それを可哀想に思った青年が、彼女を引き取ったのだ。
妹「……もう行っちゃうの?私も行きたいよ……」
妹は目尻に涙を溜めていた。少しでも刺激を与えれば零れてしまいそうだった。だが、この子だけは連れて行く訳にはいかなかった。
青年「駄目だ。俺はお前が嫌いだから連れて行かないんじゃない。むしろ大好きだ。でも、すっごく心配なんだよ」
妹「でも私は魔法使えるよ?」
青年「俺も少しだけど使えるよ」
妹「むぅ……そ、それに料理だって出来るもん」
青年「料理は当番制だったの忘れたか?俺も出来る」
妹「ふぇ……」
青年「わぁぁ!ゴメンゴメン!泣くなって!」
慌てて妹の頭を撫でる。妹は少ししたら笑顔になった。だが、今度は顔が赤くなってきた。
妹「え、えっと、もう大丈夫だよお兄ちゃん?」
青年「ああ、いや、なんか撫で心地が良くって」
妹「うぅ……」
耳まで真っ赤にする妹。青年は優しい笑顔を浮かべると、その手を離した。
青年「大体、俺がそう簡単に死ぬ様に見えるか?」
妹「……うん」
青年「いやそこは否定してくれよ!「……ううん」って言う所だろ!?」
妹「ふふっ……」
青年「……まあ、王様に頼まれて旅に出るだけだし、大丈夫だろ」
青年の旅の理由は、王様からの命令の手紙だった。旅の内容は会ってから詳しく話す、との事だったが、長旅の用意はして来いとだけ最後に書いてあった。
青年「だからお前は俺を信じて待ってればいいんだよ」
妹「うん…………行ってらっしゃい、お兄ちゃん!!」
妹は涙を堪え、精一杯の笑顔で青年を送り出した。
――――青年が村を出てから数分後。
妹「……よし、荷物の準備も出来た!」
妹は、旅の準備を終えた。もちろん、兄に着いて行く為だ。
妹「私だって役に立つってお兄ちゃんに分からせてあげなくちゃ!」
青年は、妹を役に立たないなどと思っていない。むしろ、根が真面目だからか、良く勉強していた為、様々な知識に富んでいる。そして才能もあるのか魔法もかなり扱えてしまうのだ。これで役に立たない訳がない。だが、親の心子知らずならぬ、兄の心妹知らず。
妹「じゃあ早速出発!……そういえば、道中の魔物はどうしよう……」
先が思いやられる妹だった。
一方、青年は順調に歩を進めていた。
青年「よし、この調子なら夕方までには着きそうだな」
青年は疲れた様子を見せる事も無く、歩みを速めていく。幾ら近いとはいえ、ここまで疲れを見せないのはおかしいだろう。
青年「……あ、魔物だ」
そうこうしていると、目の前に魔物が現れた。俗に言うスライム、というやつだ。
青年「うーん、戦った方がいいよな……でも正直戦いたくないしな」
そんな風に考えていると、スライムから先制攻撃を受けてしまった。かと思いきや、それを片手で抑え、どうするかを未だに考えていた。
青年「――――――あ、そっか、逃げればいいのか」
そして結論を出すと、スライムを地面に置き、その場から退散した。スライムは茫然としていたが、すぐにその場を離れた。
青年「あー、メンドくせぇ……」
青年は、基本的に面倒臭がり屋なのか積極的に行動する事はあまりない。だが、いざという時にはとてつもない力を発揮する。それに目を付けられたのだが。
青年「あ、着いた」
スライムから逃げる為に随分走った為、もう王国まで辿り着いてしまった。とりあえず、門番に話しかける。
青年「あのーすいません。王様に呼ばれたんですけど」
門番「ああ、君が青年君?何か身分を証明できるものは?」
青年「ああ、はい」
門番「……うん、問題なし。じゃあ此処から城下町を真っ直ぐ進むと城があるから、そこの見張りにも今みたいに言えば大丈夫だよ」
青年「ありがとうございます」
門番に見送られ、見張りの人間とも似た様なやり取りをした後、城の中に入る。
青年「えっと……」
「おお、青年君。来てくれたか」
目の前には、王様。なんと自らが出迎えて来てくれたようだ。
青年「王様、申し訳ありません。王様が自ら出向くなど、何とお詫びしたら良いか……」
王「いやいや、気にすることは無い。私がやりたくてやった事だ。案内しよう、こっちだ」
王に連れられ、玉座の前まで来る。王は玉座に座ると、青年の方を見た。
王「いやはや、実際に見ると、やはり凄いな」
青年「はい?」
王「ああ、占い師が、君が勇者だと予言してね」
青年「ゆう……はい!?」
とんでもない事実をサラリと言われてしまった。青年は驚くが、すぐに冷静さを取り戻した。
王「君は昔の記憶が無かったね?」
青年「ええ、まあ……」
青年は10歳より前の記憶が無かった。そして、その頃には父も母も行方不明だったので、両親の顔を知らない。
王「っと、すまない。失礼な質問だったね」
青年「いえ、気になさらないでください」
王「……それで本題に入るのだが、勇者と言っても、必ずなれるという訳ではない」
青年「はあ」
王「そこで、一つの試練があるのだが、やってみてはくれないか?もちろん嫌なら拒否して良い。そのまま村に戻り、平穏な生活に戻っても誰も責めさせはしない」
青年は、初めて会ったが、この王に尊敬の念を抱いていた。王ならば、命令すれば大抵の事は拒否出来ないだろう。にも拘らず、命令はしなかった。最初の呼び出し自体は命令だったものの、あれはどうしても直接青年を見てみたかっただけかもしれない。だが、王がそう簡単に国を出る事は出来ないだろう。
青年「……いえ、やらせて頂きます」
王「そうか!感謝する!」
王から試練を受ける場所を聞き、城の地下に向かう。一応断ったのだが、王も着いて来た。何と言うか、活動的な人である。
王「此処だ。悪趣味な場所で悪いね」
着いた場所は、試練を受ける、というより儀式を受ける、という方が近いような場所だった。
王「これを」
王から手渡されたのは、一つの腕輪だった。
青年「付ければいいんですか?」
王「その通りだ。それを付けたら真ん中の台に腕輪を付けた腕を掲げてくれ」
言われた通り、とりあえず右腕に腕輪を付けた。初めて付けた筈なのに、やけにしっくりくる。
青年「……」
とりあえず、右腕を台に掲げる。すると、爆発的な光が部屋中を包み込んだ。
青年「な、んだ……っ!?」
王「今まで読んだ書物にも、こんな現象は記載されていなかった!早く離れるのだ!」
言われた通り、腕を離そうとするが、腕は固定されたかのように動かない。まるで腕にだけ別の意志が働いているかのようだった。
青年「やっべぇ……!!く、そっ……っ!?」
どうやっても腕が離れる気配がしない。ふと腕を見ると、腕に紋様が刻まれ始めた。青年はその紋様を目に収めた直後、意識を失った。
青年「……ハッ!」
青年が起き上がると、王がこちらに駆け寄ってきていた。
王「目を覚ましたか!何かおかしい所はないか!?」
青年「え、ええ、強いて言うなら腕に変な紋様が刻まれました」
王「なんと……!それこそ、勇者の証!青年君、いや、勇者よ!此処に、たった今勇者が誕生した!」
勇者「え、この紋様が?」
確かに不思議な雰囲気を纏ってはいるが、同時に、禍々しい何かを、青年、もとい勇者は感じ取っていた。
王「それでは、こちらでも出来る限りの援助はしよう。もう、旅の準備は出来ているか?」
勇者「あ、はい」
王「だが武器がないようだな。まあ当然か、元一介の村人が剣を持っていてはおかしいしな」
王は兵士を呼び、剣を持ってこさせた。
勇者「いや受け取れませんよ」
王「いいや、君は大事な勇者なのだ。必ずや魔王の脅威を取り払ってくれる筈のな」
仕方なく受け取る。だが、やはり元々はただの村人。剣を持つ感覚など分かりはしない。
勇者「意外にずっしりしてますね」
王「服装は、まあその服にマントでもつければ丁度いいかな?」
勇者「いえいえ、もうこの剣だけで充分ですよ。マントもすでにこっちで用意してありますし」
王「そうか?……ならば少ないながらも路銀を―――」
勇者「何処が少ないんですか!?その金額があれば家買えますよ!?」
とりあえず、その金額の四分の一だけ受け取り、城を出ようとする。だが、途中で誰かとぶつかってしまった。
「きゃっ!」
勇者「あ、すいません。大丈夫ですか?」
咄嗟に抱き止める。どうやら地面に身体を打ち付ける事は無かったようで、軽く息を吐いた。
「ちょっと、何処見て歩いてんのよ!」
相手は、こちらより年下、というか妹と同年齢程の少女だった。
勇者「えっと、ゴメンね。飴玉舐める?」
「要らないわよ!」
王「おや、娘よ。こんな所で何をしているのだ?」
娘、という事はこの国の姫だろうか。
姫「コイツが私にぶつかって来たのよ!」
王「……ふむ、まあ怪我もないようだし、大丈夫じゃないか?」
勇者「すいません、自分の不注意で」
王「なに、気にすることは無い。む、そうだ、丁度いい。娘も一緒に連れて行ってはくれぬか」
勇者「は?」
王「安心しろ、娘はこう見えて剣の腕も魔法の腕も中々のものだ。だが少し世情に疎くてな……」
姫の方を見る。確かに世の中を知らなそうな顔だった。恐らく外に出たのも城下町か、城内の庭位だろう。
姫「ちょっとお父様!?何で私がこんな奴と!」
王「そのこんな奴、というのは勇者だぞ?お前が尊敬してやまない、な」
その言葉を聞いて、再び姫の方を見る。姫の顔は真っ赤になっていた。
王「いやなに、予言者がそなたの顔を見た時から、娘はそなたに憧れを抱いていてな。それ以来、勇者はまだか、とずっと――――――」
姫「わーー!!着いて行くから黙っててくれるかしらお父様!?」
勇者「……俺、了承してないんだけど。……ま、いっか」
王「それでは、まあ大丈夫だとは思うが、姫のお目付け役も一人つけよう。魔法使い!」
魔法使い「……はい」
現れたのは、寡黙な少女だった。歳は妹や姫より少しだけ上、と言ったところだろうか。
王「勇者と協力して、魔王の脅威を打ち払ってくれ。それと娘のお目付けもな」
魔法使い「はい」
勇者「えっと、魔法使い、だよな。これからよろしく」
魔法使い「よろしく」
勇者「…………」
魔法使い「…………」
勇者「よ、よし!じゃあ行こう!」
王「そうだ、忘れていた。外に馬車があるから、もし仲間が増えたら利用するといいぞ」
勇者「ありがとうございます」
勇者の旅は、こうして始まった―――
妹「あ!お兄ちゃん見つけた!」
―――――かと思われたが、思わぬ中断を受けてしまった。
勇者「ちょっ、妹!?何でこんな所に!」
妹「着いて来たの!」
妹は服が少しボロボロになっていた。所々を怪我している。
勇者「この距離で何をやったらそんな酷い怪我になるんだよ……」
妹「ちょっと魔物に会って、逃げたら転んじゃったの。で、でも魔物は良い子だったんだよ!」
妹の肩に、毛むくじゃらな魔物が乗った。凄くモフモフしてそうだった。
勇者「懐いたのか?魔物が?」
妹「うん!私、そういう才能があるのかも!」
実際の所、野生に生きる魔物が人に懐くのは珍しい事だった。ある程度上位の存在ともなると、人間の言葉を普通に喋ったりもするが、それらは皆ある程度のプライドがあるので人の仲間になる事は滅多にない。
勇者「魔物が懐く、か。でも全部が全部懐く訳じゃないんだろ?」
妹「うん……」
勇者「なら、その子と一緒に家で待っててくれ。自分の家が守られてる、って思うのも意外と大事なんだぞ」
妹「で、でも……」
勇者「ちゃんと手紙出すからさ。な?」
妹は、何を答えなかったが、最後にコクンッと頷くと、トボトボと、歩いて来た道を引き返していった。
勇者「あ、すいません、そこの兵士さん」
兵士「ん?どうしたんだい勇者殿」
勇者「あの子が家に辿り着くまでの護衛をお願いしていいですか?」
兵士「ああいいよ。最近魔物が活発化して危ないしね」
兵士を見送り、ようやく旅を始める。
姫「……随分と優しいのね」
勇者「本当は連れてってあげたいけど、やっぱり無茶はさせたくないんだ」
魔法使い「……兄バカ、または、シスコン」
勇者「ちょっと黙ろうか魔法使い」
勇者の仲間は、姫と、魔法使い。前途多難な気がしたが、勇者は、楽しくなりそうだ、と笑みを零した。
そんな訳で第一話でした。見て下さってありがとうございます。
次回の更新がいつかは分かりませんが、出来る限り早くするので、それまでゆっくりお待ちください。